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アキ達が乗った馬車は商業地区を抜け、居住地区のとある屋敷の前で停車した。
「ここがアキ達に用意した屋敷じゃ。」
先導していた馬車から降りてきた爺さんが説明してくれる。
屋敷の大きさはいつも通りで、庭も広く、外壁もしっかりある。今回は急に決まった旅だったから細かい指定はしなかったのだが、いつも通りの条件に合致した屋敷を準備してくれたようだ。さすが爺さん。これもきっとミレンド商会の力の一端なのだろう。
「ミレンド商会はやっぱり力あるね。」
「ふはは、ここ最近は特にな。お主のおかげとも言う。」
最初爺さんに会った時は大陸3位の商会だったが、すぐに2位を交わした。最近はトップをも追い詰める勢いで、抜かすのも時間の問題だそうだ。爺さんもとうとう大陸一の商会になるのかと感心する。ますます忙しくなるだろう。アキの旅にも同行してられないくらいに。
「何をいっておる。商会より孫に同行じゃ!」
「仕事しろ、ジジイ。」
相変らずの好々爺だ。
だが側に控えているイリアナ曰く、仕事もちゃんとしているらしい。本当かよと思ったが、商会の上層部が優秀なので、爺さんはアキのアイデアを報告するだけで十分なのだとか。つまりこのジジイは半分アーリーリタイアしていて老後を楽しんでいるという事だ。
「ずっと屋敷にいるので邪魔なのです。アキさん何とかしてください。」
いつも通り爺さんには辛辣なイリアナだ。
「ジジイ、イリアナさんを困らすな。」
「アキよ!お主はわしの味方じゃないのか!」
爺さんが拗ねる。だがジジイの拗ね顔なんぞ見ても癒されないのでやめて欲しい。
「うふふ、私がアキさんのメイドになる日も近いですね。」
「そんな日は一生来ません。」
イリアナの発言をアリアがバッサリと切り捨てる。そしてもの凄い殺気を放ちながらアキを睨んでくる。
「来ませんよね?来ませんって言ってください。言いなさい。」
獣人が増えるとなったらレオやセシルの性格が変わるように、アリアの場合はメイドが増えるとなると性格が変わるようだ。この子達は自分のアイデンティティが奪われる時はそれはもう本気になるので困ったものだ。
「俺のメイドはアリアだけだ。あとシャルちゃんな。」
「そ、それならいいんです。」
その言葉で満足したらしく、アリアは殺気を収めてくれた。ああ怖かった。うちのメイドほんと怖い。
「それより爺さんの屋敷はどこなんだ?」
「うむ、屋敷は少し先じゃ。いつも通りわしの別宅じゃな。」
じゃあアキに貸してくれたこの屋敷はいったい何なんだ。そもそも爺さんはいくつ屋敷を持ってるんだ。まあ深く考えるのはやめておこう。金持ちの思考はよくわからん。きっとそれなりの意味があるんだろう。
ちなみにガランは爺さんの屋敷に滞在するそうだ。今回はそんな長期間いる予定はないので、ガランも工房は借りず、爺さんの別宅にある小屋で鍛冶をするらしい。そこまでしてアキについてくる必要もないと思うのだが、まあそれが本人の希望だし、アキとしてもガランがいると何かと便利なので文句はない。
「じゃあわしは行くでの。何かあったらいつでも来るといい。」
爺さんはそれだけ言うと、イリアナを連れて早々に引き上げていった。アキ達がのんびり出来るようにと気を遣ってくれたのだろう。
アキは爺さんを見送り、早速屋敷へ入る。
屋敷の造りはベルの言っていた通り、エスペラルドと大差がなかった。少し違うのが、窓が大きく造られている事だ。そして窓には木の扉のような物が取り付けられている。どうやら日中は窓から太陽光を取り込み、夜中は冷えるので木の扉を閉じる。熱が外に逃げるのを防止する役割を果たしているらしい。
「なるほど、暖房がないからこその知恵だな。」
電気が通ってない地球の発展途上国でも似たような工夫がされているのは聞いた事がある。やはり知恵を持った人間であれば、どこの世界でも行きつくところは一緒なのだろう。
「でも……家具が本当に凄いね。さすがサルマリア。」
エスペラルドとは違い、家具のクオリティが凄い。もちろん爺さんの屋敷だからという事もあるだろう。ただエスペラルドの爺さんの屋敷に比べても、ミレーで見たベルの屋敷に比べても、家具の装飾が細かくて美しい。それでいてエスペラルドの家具と値段はほぼ変わらないらしい。つまりこれがサルマリアで購入できるレベルの家具という事になる。
「これ、ミレーとかに持って行ったら凄い価値になるんじゃない?」
「ええ、間違いなく。」
ベルが頷く。
ただ大型家具などを馬車で運ぶのは結構な手間なので、他国ではほとんど流通してないらしい。富裕層が個人で気に入ったのを自分用に運んでいるだけで、市場に出回ることはまずない。
「ベルは使ってないの?」
「さすがに王族が他国の家具を使うのも……。」
苦笑いするベル。それもそうか。考えてもみれば当然かもしれない。王家は民の税金で生活しているわけだから、自国の家具にお金を使うのならともかく、他国製品にお金を流していたらきっと反感を買う。さらに他国製品を好んで使っていたら自国の職人達はいい顔をしないし、王家をよく思わなくなるだろう。
「もっと貿易が盛んになればいいのにね。輸送手段はいくらでもあるんだけど。」
「ほんとですか!」
ベルが是非是非とアキに懇願してくる。
彼女の頼みとあらば紹介したいのは山々だが、そんな他世界の技術をおいそれと提供するわけにはいかない。この世界にはこの世界の流儀があるわけで、それを害さない方法を考えるべきだ。例えば列車のような長距離輸送手段の知識を提供したとしよう。そうなると馬車の必要性は間違いなく下がる。馬車の需要が下がると、馬や車台の価値が下がる。そしてそれに伴い、馬車職人達の仕事を奪ってしまう事になりかねない。勿論その分代替輸送手段により生まれる職業はあるが、今まで馬を扱っていた人が次の日から機関車の運転手に鞍替えできるわけがない。
「確かに……なるほど……、難しいですね。」
「でもそれを考えるのがベルの仕事だろ?」
アキがそう指摘するとベルがハッと顔をあげる。
王家というのはそういうものだ。全ての決断を背負い、その結果についてくる全ての責任を取らなければならない。かなりの重圧だろう。だからこそ民の税金で裕福な暮らしをしているし、それが許される。一般的な仕事でも、高い賃金を貰える仕事程、責任が比例して増えていく。そう言った責任を負いたくないのであれば庶民でいるのが一番だ。
アキの言葉をベルは真剣な表情で聞いていた。
「はい。アキさんの言う通りです。本当にその通りです。」
税金や自分の暮らしについて深く考えた事がなかったようで、ベルは自分の浅慮さを反省しているようだ。やはり素晴らしい王女様だ。自分の悪いところをちゃんと理解し、認めて、その上で反省と改善をしようとする。
「そんなベルだから俺は安心してエスペラルドにいられるんだよ。」
アキがフォローのつもりでベルに声をかけると、彼女は不敵な笑みを浮かべる。
「うふふ、何言ってるんですか?これからはアキさんもこちら側になるんですよ?」
そう言って腕を絡ませてくる。ベルの柔らかい胸が腕に当たるのでやめて欲しい。いや……男としては嬉しいけど。
しかし彼女の言う通りだ。ベルといる為に王にでもなんでもなってやると言ってしまったわけだし、自分の言葉には責任を取らなければならない。
「ああ、そうだな。」
「ええ。ちゃんと私を支えてくださいね。」
ベルが微笑む。
「さっさと離れてください!この腹黒王女!」
ソフィーが凄い勢いでアキとベルの間に割って入ってくる。さすが猪突猛進エルフ。
「なにが『支えてくださいね』ですか!パステルカラーの癖に!」
ソフィーの言葉に顔を真っ赤にして反論するベル。
「なっ……そ、それは今関係ないでしょう!黒とか赤とか派手な色の人に言われたくありません!」
「そ、それが何ですか!!」
「何か文句でもあるんですか!」
「「なんですってー!!!!」」
2人が激しく火花を散らし始めたので、取っ組み合いになる前に2人の頭を殴って黙らせる。
「2人ともポイするよ。」
「「それは嫌!」」
アキの一言に声を合わせて仲良く反応する2人。なんだかんだ意気投合している。まあ友達する事は一生無さそうだが、前に比べて仲間意識をちゃんと持っているようなのでよしとしよう。
「じゃあ握手して仲直り。ハグでも可。」
前にも一度やらせようと思った事を再度提案してみる。
「えっ……」
「えー……。」
やはり「そこまで嫌そうな顔って人間できるんだな」と思うレベルの表情を浮かべる2人。うん、こればかりはあと何十年経っても無理そうだ。
「そこまで嫌な顔すんな。まあ、いいよしなくて。ちゃんと最近はお互いを尊重して貶したりしてないようだし、文句はない。2人ともいい子だね。」
ソフィーとベルを撫でてやると2人とも嬉しそうに「はい!」と返事してくれた。これがアキ流の飴と鞭の使い方だ。この子達にはかなりの効果が見込めるのでよく使う。しかも飴が撫でるだけでいいというお手軽さだ。
その様子を眺めていたミルナとレオがアキの背後でぼそぼそと何かを話している。
「アキさんの飴と鞭は恐ろしいですわ……。」
「僕達もあれには弱いもんね。」
聞こえているよと視線を向けると慌てて口を噤む2人。
「アキー……私は飴だけが欲しいのだ……。」
エリスだけは思考が斜め上だ。今のやり取りでどうしてその結論に辿り着くのか不思議でならない。まあエリスは基本いい子だし、常に一歩引いてアキに迷惑かけないようにしてくれている。だからそんなエリスも飴ついでに撫でておいてやる。
「エリスはいい子だから鞭いらないもんね。」
「うん!」
飴を受け取って嬉しそうにしているエリス。
「アキさん、私はむしろ鞭が欲しいです。もちろん物理的な意味で。」
「黙れ、このど変態メイドが。」
アリアはアリアで考えがぶっとんでいるので頭が痛い。
こういう時はやはり兎耳に限る。
「だから……!せめて……!聞いてから掴んでよおおお!」
急に撫でられるのに弱いセシル。その反応が可愛いのでついついやってしまう。
「こんなところで立ち話をしていてもしょうがない。屋敷を見て回ろう。」
アキは皆に声をかけ、屋敷の奥へと歩みを進める。結局玄関以外まだ見れていない。さっさと探索を終わらせてリビングでのんびりしたい。
「え?あれ?ねえ、もしかしてこのまま?このままで見回るの?私の耳はなしてえええ!!!」
とりあえずセシルの兎耳は離すつもりはないので、問答無用にそのまま連行した。
アキが離す気がないとわかるとセシルも諦めて黙ってついて来てくれた。そして最終的には「もっと撫でてください」と素直に兎耳を差し出してきたので、本人もなんだかんだで満足しているらしい。やっぱセシルもチョロ……いやいい子だ。
「チョロいって言おうとしました!耳禁止!……15分!」




