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「私、ミルナはエスペラルド出身です。生れは南方にある港街ですわ。」
ミルナの故郷の名前はレインバースらしい。ミルナの家名と一緒だ。どうやら彼女はただの庶民というわけではないらしい。
「お察しかと思いますが、領主の娘ですわ。」
やはりそうか。しかし領主の娘が冒険者とはちょっと驚きだ。
「両親と喧嘩して家を飛び出しました。」
ミルナが苦笑いしながら呟く。
何でもミルナはずっと箱入り娘で、厳しい両親の元で育てられたそうだ。決して悪い両親ではないが、規律を重んじる人達で、自由が一切なかったらしい。何を食べて、何を着て、誰と結婚して等、全て決められていたのだ。
「それがどうしても嫌でした。」
ミルナは小さい頃に読んだ冒険者の旅日記にずっと憧れていた。自分もこの人のように自由に生きたいと。鳥籠の鳥が自由を求めて羽ばたこうとするように、ミルナも外の世界へ飛び出せる日を夢見ていた。
ただミルナは戦闘なんて出来ないし、戦闘訓練なんてさせてもらえない。このままでは冒険者になるなんて到底無理だ。そんなミルナが思いついたのが魔法。魔法なら隠れてこっそり練習できると思った。
そう決めたら早かった。ミルナはひたすら1人で魔法の練習をしたのだという。
「ある程度魔法を覚えた頃、結婚させようとしてきた両親と大喧嘩したんですの。それが切欠で家を飛び出し、そのまま冒険者になりましたわ。」
「領主を継がなくてもよかったのか?」
「はい、兄がいるので私は元々お嫁に行かせられる予定でした。」
家を飛び出してからはエスペラルドの色々な街を転々としたのだという。そしてイリテアという北東の街に居た時、エレンと出会った。
「男に絡まれていいたらエレンがいきなり割って入ってきたんですの。そこから一緒にいるようになり、いつの間にか仲良くなって、チームを組むことにしたのですわ。私の話はこんなところでしょうか。」
そう話を締めくくり、ミルナは憂いを帯びた顔をしながら窓の外を眺める。そんな彼女の姿は本当に絵になるくらいに美しい。どこか儚げで、それでいて上品で気品がある。アキはついつい見惚れてしまう。
普段はポンコツぶりが目立つので、つい忘れがちだが、彼女は本当に美しい。こうして黙っていれば絶世の美女だ。ただ何かさせるとすぐにボロを出すし、不器用だし、部屋は片づけられないし、ほっとくと自堕落生活してるしで手のかかる美女だ。
まあそれもしょうがないのかもしれない。
「領主の娘か。気品があるはずだよ。あと通りでポンコツなわけだ。」
多分、両親が家事等は一切させなかったのだろう。領主の娘として必要な英才教育だけをして、身の回りの事はメイドにさせていた。きっと部屋の片づけだってした事がなかったに違いない。実際ベルがそうだったからな。
「ポ、ポンコツは余計ですわ!」
ミルナが頬を赤面させて怒鳴ってくる。
「でも家を飛び出してくれてよかった。」
「え?どういうことですの?」
「だってそうじゃなかったら嫁に行ってたんだろ?」
思ったことを正直に伝えてやる。たださすがに少し照れ臭かったので視線を逸らしてしまったが。
「うふふ……ヤキモチって焼かれる側は嬉しいですわね。」
そんなアキの姿を見たミルナは目を輝かせている。いつもの意地悪な笑みを浮かべてきやがった。まったく、この暗黒物質はすぐ調子に乗るんだから。でもまあミルナが幸せそうなのでいいか。
「イリアの件が終わったらミルナの両親に会いに行くか。」
「え、いや……別に会わなくても……。」
「本当は仲直りしたいんだろ?完全に決別したならレインバースなんて名乗っているわけがない。そういうことなんだろ?」
話を聞く限り、悪い両親ではなさそうだ。ただちょっと頑固なだけ。そんな娘のミルナも当然のように頑固だ。結局お互いに上手く折り合いがつけられず、喧嘩別れしてしまった。彼女はどうもそれを悔やんでいるように見える。だから仲を取り持つくらいはしてやりたい。
「で、でも……また喧嘩になりますわ……。」
ミルナの顔が曇る。だがその表情をするという事は、やはり両親とのわだかまりを悔いているのだろう。
「ばか。Sランクの俺がいるんだ。ミレンド商会長とも懇意にしていて取引実績もある。十分に稼いでるだろ。文句あるか?」
ミルナの両親が彼女の婚約者としてどんな人物を望んでいるのかはわからないが、彼女を養えるだけの力は今のアキには十分にあるはずだ。
「い、いえ……でも……。」
それでも煮え切らないミルナ。ならアキは最強の手札を出すだけだ。
「こっちにはベルがいるんだぞ。ミスミルド王家がついてるんだ。必要ならベルの権力を全力で使うから安心しろ。」
「ええ、私の王女としての力は全てアキさんのものです。自由に使ってくださいね?」
ベルがいつもの意地悪な笑みではなく、優しい微笑みを浮かべながら、快く協力を約束してくれた。両親と良好な関係であるベルだからこそ、そうでないミルナに何か思うとこがあるのかもしれない。
アキはうちの子達の為ならば、使える物は何でも使うつもりだ。アキの力では難しい事も、ベルや爺さんの力を使えば大抵の事は何とでもできるだろう。
「それにミルナを俺にくれって言いに行かないとね。」
「……!う、うん!」
ミルナは胸の前で両手をギュッと握りしめ、花のような笑顔を浮かべる。滅多に見る事が出来ないミルナの屈託のない真っ直ぐな笑顔。不覚にもドキっとしてしまう。普段はすぐに真っ黒な笑みを浮かべたがるから、このギャップはずるい。
「まあ、任せとけ。」
「うん。アキさんの言う通りにする。」
「じゃあ次はエレン……いや絶壁の番だ。」
「な、何で言い直したのよ!喧嘩売ってんの!?ぶっ殺すわよ!」
エレンがこういう反応がをしてくれるのが好きでついつい弄ってしまう。うちの可愛い猛獣だ。
「冗談だ。」
「まったく!しょうがないから話してあげるわ!心して聞きなさい!」
しかし相変わらず偉そうな口調のエレン。ただ少し頬が赤いので、きっと自分の話をするのが恥ずかしくて誤魔化しているだけだろう。素直じゃないところがやはりエレンらしい。
「そうね、どこから話そうかしら……そう言えばエリスは孤児だったわよね?」
チラッとエリスの方を見るエレン。
「うむ、そうだな。」
エリスは平然とした顔で頷く。彼女の身の上話はみんな知っている。エリス本人も話して構わないと言ってくれたので、一緒に行動を共にするようになってからミルナ達に伝えておいたのだ。
「それと同じ。でも逆と言えばわかるかしら。」
エレンもエスペラルド出身。そしてエリスと同じ孤児だったそうだ。ただエリスとは違い、物心がつく前に一度拾われたのだという。
「生みの親は知らないわ。だから拾ってくれた2人が私の本当の両親。私の家名、エンフレンもその両親のものよ。」
そんなエンフレン家は裕福とは程遠く、貧困最下層と言っても差し支えないくらいの家だった。毎日を生きるのが精いっぱいの暮らし。でもとても幸せだったとエレンは言う。両親はエレンの事を一生懸命に、大事に大事に育ててくれた。彼女にとっては最高の居場所だった。
「ただ……私が12の頃に2人とも亡くなったわ。」
エレンの父親は仕事中の不慮の事故で亡くなった。そして母親は元から体が弱かった。父親の死でショックを受け、体調を崩してそのまま死んだらしい。
「私はまた1人になったのよ。そういう意味でエリスと逆ね。」
エレンは少しだけ寂しそうな表情を浮かべる。
エリスの場合は12~13くらいまで孤児で、その後拾われた。エレンは小さい頃に拾われたが、また世界に1人で放り出されてしまった。
エンフレン家は裕福では無かったから貯蓄なんて無い。つまりエレンは生きる為に働くしかなかったという事だ。
「12の子供が出来る事なんてほとんどなかったわ。」
でも必死に働いた。仕事なら何でもした。ゴミ拾いやドブ掃除でもなんでもしたとエレンが辛そうに呟く。彼女にとってあまり思い出したくない過去なのだろう。
「そんな仕事ばかりしていたからかしら。色んな大人から誘いを受けたわ。」
妾になれ、娼婦になれ。でもそれらはまだいいほうだった。エレンを騙して道を踏み外させようとした輩も大勢いたという。
エレンは気が強くて、猛獣と言われているが、間違いなく美少女だ。彼女に目を付ける大人も多かったのだろう。
「アキ……また失礼な事考えてるわね?もう……私、昔は気弱だったのよ。こんな性格じゃなかったんだからね。」
エレンが頬を膨らませ、ソフィーのように拗ねる。彼女がこんな表情をするのは珍しい。しかし昔は猛獣じゃなかったのか。それは知らなかった。でももしそうだったなら、確かにエレンは目を付けるだろう。可憐で気弱な美少女。強引に誘えば断らないだろうと踏んで近付いて来た連中は多かったに違いない。
「でも……絶対そんな誘いに乗ってやるかと思ったわ。」
ただその頃から芯だけはしっかりしていたらしく、何があってもエレンは首を縦には振らなかったようだ。
正直ちょっと安心した。エレンに何もなくて安心した。
だがそんな誘いを受ける毎日。何も出来ないエレンはそんな自分に嫌気がさした。
絶対1人で生きてやる。
そう心に決めたエレン。誰にも頼らないでいいように、必死に強くなったのだという。
「強くなってそんな大人達を片っ端からぶっ飛ばしてやりたかった。」
何も出来ずに逃げるだけの自分が嫌で必死に強くなった。そして気づいたら今の性格になっていたらしい。誰にでも噛みつく猛獣の誕生というわけだ。
まあ彼女の生い立ちを聞くとそれもしょうがないのかもしれない。それがエレンなりの自己防衛だったのだろう。
「頑張って強くなったわ。もう自分で自分を守れると思った。だから私は冒険者になったわ。丁度その時くらいかしら、ミルナに出会ったのは。」
そんな感じよとエレンは話を締め括る。
「あの時のエレンは本当に手が付けられませんでしたわ。誰にでも飛びかかってましたもの。大変だったんですのよ?」
ミルナがくすくすと笑う。
「し、しょうがないでしょ!」
エレンが顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまう。可愛い猛獣だ。
でも彼女の過去はどこか胸にくるものがある。今となっては元気で楽しそうにしているエレンだが、それはある意味凄い。エレンの過去を聞いて強くそう思った。
「エレン、ちょっとおいで。」
「な、なによ!」
エレンに声を掛け、アキの側へ来るように言う。口では相変わらず文句を言ってくるが、行動は素直なもので、ちゃんと側に来てくれた。そんなエレンをそっと抱きかかえて、自分の膝の上に乗せる。
「な、なにするのよ!へ、変態!」
急に膝に乗せられ、慌てて逃げようとするエレン。暴れるなとアキは強引に彼女を抱きしめる。
「今日のエレンの席はここ。嫌か?」
「い、嫌じゃないわよ……。」
「1人で頑張ったんだな。何もなくてよかった。でももう俺がいるから安心しろ。ミルナ達もいるし、エレンはもう1人じゃないからな。」
そう言ってエレンの綺麗な銀髪を優しく撫でてやる。
アキがエレンを抱きしめているにもかかわらず、誰からも文句がでない。皆がアキとエレンを静かに見守っている。普段ならソフィーやベルあたりが「私も!」って突進してくるのに不思議なものだ。もしかしたらエレンの昔話を聞いて、今日はアキを彼女に譲ろうと決めたのかもしれない。
「うん……ありがと。」
膝の上にいるエレンが綺麗なオッドアイで見上げてくる。ただいつもの気が強い猛獣エレンの目じゃない。どこか安心したような、穏やかな目だ。
「誰にも頼らないんじゃなかったのか?」
「アキはいいの。アキだけはいいの。ばか……意地悪しないで。」
そう言うと今度はエレンの方からギュッと抱き着いてくる。どうやら泣いているようだ。見られているのに気づいたのか、エレンはアキの胸に顔を埋めてくる。きっと涙を見られたくないのだろう。
「エレンの事は俺が守ってやるから猛獣は卒業してもいいよ。無理しなくてもいい。でも猛獣エレン、俺は結構好きだけどな。」
エレンが胸の中でコクコクと小さく頷く。
そんな彼女の様子を見たミルナがクスリと微笑む。
「出会った頃は手が付けられないくらい短気で乱暴だったのにすっかり変わりましたわ。エレンがこんな素直に、可愛くなるなんて。」
確かに今のエレンはしおらしくて物凄く可愛い。普段はまだまだ跳ねっ返り娘で手が付けられないが。
まあそれでも昔にくらべれば遥かにマシになったのだろう。
「アキ、ちゃんと側にいてよね……?」
「エレンがそれでいいなら。」
「うん。それがいい。」
ギュッとアキを掴むようにしてさらにくっついてくるエレン。まだ涙は止まらないようだ。人間、安心すると涙腺が緩むというから仕方ない。それに彼女がこうして泣いている時、誰よりも彼女の側にいる事を許してもらえているのだから、これ程嬉しい事はない。
「ならずっと俺の側にいろ。」
「いる。ずっといる。」
エレンが泣き止むまで少し昔話は中断しよう。




