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異世界の観察者  作者: 天霧翔
第十四章 次手
229/1143

10

 散歩に出ると言っても、この屋敷から出るつもりはない。庭に出てミルナ達と日向ぼっこするくらいだ。


 それに座って話す必要があるだろう。どうせうちの子達は……


「アキさん、お話ですー!」


 ソフィーが楽しそうに叫ぶ。


 まあわかってた。この子達が「俺の女」宣言を聞いて黙っているわけがない。怒っているわけでもないだろうが。多分ただひたすら文句を言いたいだけだ。そんなこの子達に付き合うのも自分の大事な役目だと思っているので、要求通りに応じてやる。


「さすがアキさんですー!」

「ええ、アキさんは私とじっくりお話です。」


 「俺の女」宣言した1号のソフィーと2号のベルが微笑みながら詰め寄ってくる。怖いからその笑顔は止めなさい。


 しかしこれでちゃんと口に出して宣言したのは3人目だ。つまりセシルは「俺の女」3号という事になる。それはいいのだが、こうやって数字で並べると外道の屑野郎にしか見えないのがつらい……。


 ええい、もう面倒だ。


「ミルナ。」

「は、はい!」


 急に呼ばれてビクっとするミルナ。


 アキはそのまま他の子達も呼び上げる。


「そしてエレン、リオナ、エリス、アリア。全員俺の女だ。文句あるか。」


 それだけ言って庭の芝生に寝転がる。


 こんなんで機嫌が直るのならいくらでも言ってやろう。でもやはり結構恥ずかしい。以前この子達を受け入れる宣言をした時も、同じように照れたのを覚えている。何かに対して照れるとか今まで全くなかったのに、こういう色恋関連だけはどうしても慣れない。ある意味自分の弱点なのだろうか。


「い、いえありませんわ……。」

「な、ないわよ!でもしょうがなくよ!しょうがなくなってあげるんだからね!勘違いしないでよね!」

「えへへ、僕もないよ。」


 寝っ転がっているから表情は見えないが、彼女達の声色で喜んでいるのがわかる。まあエレンだけは相変わらずのテンプレツンデレだが。


「もちろんないのだ!」

「あ、あるわけがありません。」


 エリスもアリアも文句はないらしい。これでいいだろう。自分が望んだ事だし、間違っていないはずだ。それになにより彼女達も望んでいるのだから。


 しかしこれで8人か……爺さんの言っていた数字まであと2人。エリザとルティアをいれたら本当に10人になってしまう……と自分の節操のなさに呆れる。でも居心地は悪くない。この子達と居られるならそれでいい。


 アキは仰向けのまま空を見上げる。久々に空を見た気がする。この世界に来て、ミルナ達と4日間森で過ごし、アリステールに到着。その時に見た空は今と同じように青く澄んでいた。


 あれから色々あった。ミルナ達と打ち解け、懐かれた。アリア、セシルが従者に加わり、その後にエリス。闘技大会でSランクになった後にベルと出会い、ミレー王国はレスミアへ。そこでエアル、ミリーと仲良くなり、エリザと出会う。そしてルティアと接触して協力し合う事になった。全部ほんの2か月足らずの出来事なのに、地球で過ごした18年よりずっと濃密で充実した時間だった。


「この世界に来て……やっぱりよかった。」


 目を瞑り、アキは小さく呟く。きっとこれからもっともっと楽しくて充実している日々が待っているはずだ。大変な事も山積みだろうが、今なら何でも出来る気がする。この子達が側にいてくれる今なら。


「アキさん。」


 誰かが静かに声をかけてくる。返事はしなかったが文句は言われない。


 誰かにそっと撫でられた。とても心地がいい。


 しばらく沈黙が続く。するとベルの優しい声が聞こえた。


「アリアさんは妹がいます。セシルさんは今お母さんと会っています。私の両親は今日会いましたね?アキさんは……その……ご両親は大丈夫なのですか?」


 そうかその話はしていなかったなと思い出す。ミルナ達にもしていなかった。ルティアには少しだけ異世界に来た秘密を話したが、それだけだ。


 アキは目を瞑ったまま、自分の過去を話す。


「みんなには何も隠すことはない。全部話そう。まず俺の両親はこの世界に来る少し前に亡くなったよ。」


 淡々と事実だけを話す。海外にアキがまだ居たとき、両親の訃報を聞いた。原因は自殺だそうだ。


「前に俺は迷い人と言ったけど、あれは嘘だ。本当は自分の意思でこの世界に来た。」


 アキは幼少の頃の話から始める。


 ずっと1人で、周りに興味が無かった。趣味も全て1人で嗜んできた。そんな時、研究者である両親の汚名事件があった。それがトラウマになり、さらに人に対する興味を無くした。何をしても報われない下らない世界なんてどうでもよかった。きっと両親も同じで、その時点で死にたかったのかもしれない。


 アキが研究者として独り立ちして暫くしてからの訃報だった。本当はもっと早く死にたかったのに、必死に生きて、アキを育ててくれたんだろう。勿論悲しんだ。でもそんな両親の愛には感謝しかなかった。自ら命を絶った事に恨みなど一切なかった。ただ一言「お疲れ様」と言ってあげられなかったのが心残りだ。


 オリハルコンが転送されたのもそんな時だった。異世界の物だとわかると、アキはすぐさま異世界へ渡航できる装置を作った。行先のこの世界がどんな場所かわからなくて行くかどうかは確かに迷ったが、気持ち的には迷いなどなかった。既にあの世界に興味を無くしていたし、自分の両親を奪ったような場所に未練などあるはずもなかった。


 それに肉親は両親だけだ。兄弟も親戚もいない。アキが地球からいなくなることになんの問題もなかった。誰も悲しむ人はいない。だからあっさりとこの世界への転移を決めたのだ。


 これが誰にも言っていなかった嘘偽りないアキの過去。全ての真実だ。


「それがこの世界にくるまでのくだらない昔話だ。」


 頬に水滴が落ちる。雨が降ってきたのかと思うが、あれほど晴天だったのに雨が降るわけがない。不思議に思い目を開けると、ミルナが大粒の涙を浮かべて泣いている。


「ミルナ、なんで泣いてるの?」

「だって……私はアキさんの世界素晴らしいとかいっぱい言った……。」


 そういうことかとアキは苦笑する。この世界の文明からしたら、地球の技術は確かに進んでいる。素晴らしいと感じるのは当然だろう。


「だから別に泣くことじゃない。」


 周りからも少し鼻を啜るような音が聞こえるので、首を横に向けると、全員が静かに涙しているようだった。


「皆にそうやって泣いて貰えるのは嬉しいな……。」


 アキは仰向けのまま再度目を瞑る。


 多分彼女達は、アキが元いた世界は、本当に素晴らしい場所だと思っていたのだろう。ベルなんかは為政の事を聞いて目を輝かせていた。アリアも誰もが通える学校があるなんて素晴らしいですねと言っていた。


「確かにこの世界にくらべれば凄い世界かもしれない。でも俺はこっちの世界の方が好きだよ。みんな優しい。少なくとも俺が出会った人達はそうだった。」


 汚れをしらないような人間ばかりだった。だが勿論犯罪者はいるし、アリステールで襲ってきたような連中もいる。きっとアキの出会いが良かっただけだ。


 結局どっちの世界も汚れている。そしてどちらの世界もきっと美しい。最近はそんな風に思うようになってきている。


「ミルナ達と出会ってそれに気づいたんだ。」


 きっと前の世界でもミルナ達のような人に出会っていたら、世界はもっと素敵に見えていただろう。でも出会わなかった。だから両親を奪ったような汚い世界にしか見えなかった。


「そして俺はアリアとセシルに出会った。次にエリスやベル。なんでこんな俺の周りにはいい子達ばかり集まるんだって思ったよ。そんなみんなを見ていたら、必死になるしかないよね。」


 ミルナはアキを変わってないと言った。確かにそうかもしれない。地球では気づかなかった自分に気づかせてくれただけかもしれない。


「でもそれは俺にとって大きなことだった。ミルナ、ソフィー、エレン、リオナには感謝している。もちろんアリア、セシル、エリス、ベルにも同じくらい感謝している。ありがとう。俺はこの世界に来てよかったよ。」


 そこまで言うと、アキは体を起こす。少し格好つけて語り過ぎたか。


 すると次の瞬間、ソフィーとエレンが抱き着いきた。


「ふぇえええええん、アキさあああああん!」

「……・ぐすっ……いつもいつも……ごめん、ごめん……ひっく……。」

「そこまでたいした話じゃないって。」


 泣く事じゃないと諫める。涙で顔がぐしゃぐしゃじゃないか。美人が台無しだ。


「僕はそうは思わないもん……うぅ……ぐすん。」

「はい……切なくなりましたわ。」


 ミルナとレオにも抱き着かれてしまった。これは……不味い。


「待て。これ以上は無理だ、来るな。」


 嫌な予感がしたので、残りの子達には来ないように注意するが、既に話を聞いていないうちのアホ剣士が突進して来た。


「アキいいいいい!」


 エリスが鼻水を垂らしながら飛びかかってくる。美人が台無しだ。というか来るなと言っただろうが。


「ちょっと待て、このハナタレ剣士。」


 アキはエリスを躱そうとするが、ミルナ達に抱き着かれているので、エリスの突進を腹で受け止める羽目になってしまった。Sランクで無駄に力があるんだからやめて欲しい。普通に痛かった。


 そして気づいたら、アリアとベルにもくっつかれている。


「ダメです……しばらく揉みくちゃにされてください。ね、ベル様。」

「はい……しばらくこうさせてくださいね。」


 こうなった以上、しょうがないと諦める。ちなみにこの場に居なかったセシルにも後で昔話をしたら、同じように泣かれて思いっきり抱きしめられた。「今日は特別に好きなだけ耳触っていいです。」と甘やかしてくれたので嬉しかったけど。






「ふふ、だからアキさんはそんな性格なんですね?」


 ベルがくすくす笑いながらからかってくる。


 すっかり落ち着いた様子の彼女達。結局あれから15分くらいは泣き止まず、ずっとアキが慰める羽目になっていた。というより何故身の上話をしたアキがミルナ達を慰める事になったのだろうか……。


「以前から不思議でしたが、これで納得がいきましたわ。」


 ベルに続いてミルナも不敵な笑みを浮かべて見つめてくる。なんかムカつく。


 まあ何はともあれすっかりいつもの調子に戻っているミルナやベル達。そろそろ屋敷に戻ってもいいかと思ったが、もう少しのんびりしていこう。それに久々の母娘再会で積もる話はいくらでもあるだろうし、邪魔するのも悪い。


「悪かったな、こんな性格で。」

「ふふ、褒めてるんですよ?ねえ、ミルナさん。」

「ええ、そうですわ。」


 ベルとミルナが意気投合してやがる。こういう時のチームワークは抜群だ。普段からこのくらい仲良しならいいのに。


「アキさんはすぐフラグとやらをバッキバキにします。ダメダメですー。そんなんじゃ物語の主人公にはなれませんよ?やれやれですー。」


 ソフィーが溜息を吐きながら仕方ない人ですと頭《かぶり》を振る。アキの電子書籍を読み漁っているソフィー。すっかり余計な知識まで身に着けてしまったようだ。


 だがまあソフィーの言う通り、アキは物語の主人公になんてなれない。そんな事はわかっている。どこぞやの恋愛小説のような鈍感系主人公や難聴系主人公にはなれない。現実なんてそんなものだ。確かにそういった属性があるほうが、物語に起承転結ができるから話としては面白いだろう。主人公がトラブルに巻き込まれ、それを傷つきながらも乗り越えて仲間達と絆を深めていく。ただそれはフィクションだから成り立つ事だ。


 現実にそんな修羅場はいらない。防げるトラブルは出来るだけ未然に防ぐべきだ。何か計画があって彼女達を意図的に傷つけるならともかく、アキが至らなかったせいでミルナ達が傷つく事なんてあってはならない。だからアキは徹底的にフラグなんてものは折っていく。


 よく小説であるのが、ヒロインを傷つけない為に、誰にも相談せず色々1人で抱え込んで突っ走るやつだ。そして結局そのせいで状況が悪化して相手が傷つく。主人公は悩み、乗り越え、そんな局面を打破する。最終的にヒロインには「私を傷つけない為にしたのはわかってる」と何故か主人公を許し、絆が深まる。


 アキがそのヒロインならその主人公をぶちのめしている事だろう。必要な情報共有をしなかったのはただの怠慢だ。そいつの自己満足だ。相手を傷つけない為というのであれば、最初からちゃんと全てを説明して対応方法を講じるべきだ。本人に言わないにしても、周囲には伝えて何かしらの事前準備は出来る。


 小説と現実は違う。だからソフィーの言う通りなのはわかっている。


 だがこの駄エルフにダメ男扱いされるのは甚だ遺憾だ。そしてソフィーの態度がただただムカつく。

 

「何がやれやれだ。この口か。そんな事を言うのはこの口か。」


 アキはソフィーの頬を掴んでおもいっきり左右に引っ張る。


「ふぁってー(だってー)!」


 なんか面白いので上下左右に動かしながら頬をさらに引っ張る。すると段々と涙目になっていくソフィー。ほんとこのエルフはころころと表情が変わるのでみていて飽きない。


 とりあえず満足したのでソフィーを離してやる。


「ふぇぇ。アキさんのばかー……!」

 

 ソフィーが頬を膨らませて拗ねている。ちくしょう、可愛いなこのエルフ。


「でもまあソフィーの言う通りだ。俺に主人公は無理だ。」


 アキがそう言うと、アリアが同意するように意見を述べる。


「はい。アキさんは計画性が高いですし、不用意な事はしません。過去の経験のせいでしょう、観察力や演技力も飛びぬけていますし、それに何よりしたたかです。そういう意味では確かに物語の主人公には向いてない。でもアキさんがそんな物語の主人公のような人だったらきっと私はここに居ません。他のみんなもそうでしょう。」


 ミルナ達も口々に「その通りです」と言ってくれる。そんなアキだからこそ慕っているのだと。


 嬉しい事だ。


「ありがとう、アリア。」


 アキは礼を言うが、アリアは俯いたままもじもじしている。どうしたのだろうか。彼女がこんな雰囲気なのは珍しい。


 次の瞬間、アリアが目を瞑って意を決したように叫ぶ。


「そ、それに……その……わ、私にとっては主人公ですからっ……!」


 アリアは顔が真っ赤だ。どうやらこれが言いたかったらしい。緊張していたのはその為だろう。まあ彼女がこういう臭いセリフを言うなんて初めてだ。きっと相当勇気を振り絞って言ってくれたに違いない。


「ですですー!アリアさん良い事いいましたー!さあみんなで復唱しましょー!」

「やめんか、この駄エルフが。」


 そんな小っ恥ずかしいことされてたまるかとアキはソフィーを引っ叩く。大体そんな何回も言われたらありがたみが薄れるだろうが。アリアみたいな子が頑張って言ってくれたからこそ感動したのにうちのエルフは……。


 まあでも、この子達の気持ちは嬉しい。

 

「さあ雑談はこれくらにしてそろそろ戻るぞ。」 

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