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異世界の観察者  作者: 天霧翔
第十四章 次手
228/1143

9

 馬車は程なくしてアキの屋敷に到着した。


「アキさん、おかえりなさいませー!」


 玄関を入ると、シャルがお出迎えしてくれた。どうやら仕事を中断してわざわざ出迎えに来てくれたらしい。出来たメイドだ。


「わざわざお出迎えありがとう、シャルちゃん。」

「いえ!リビングでお客様がお待ちです!」


 シャルがアキに告げる。


 彼女が出迎えに来てくれた理由はそれもあったのかと納得する。何も知らずにリビングに行って見知らぬ人がいたら戸惑っていた事だろう。


 しかし来客など予定していなかったので不思議に思う。エスタートは昨日来たし、もし来客が爺さんならシャルは客人ではなく「エスタート」と言うはずだ。つまり爺さんではない。とりあえずアキはリビングへと向かう。






「お、お母さん!」


 リビングに入るなり声を上げたのはセシル。


 どうやら客人というのはセシルの母親だったようだ。しかし母親のレイアは、アリステール冒険者協会の支部長だ。まさか本人が直接出向いて来るとはさすがに思ってもみなかった。というか仕事はいいのだろうか……。


「おお、愛しのセシル!元気にしておったかい!」


 セシルを見たレイアが嬉しそうに微笑む。


「おい、ババア。うちの屋敷に招いた覚えはない、さっさと帰れ。」

「相変わらずいい根性してるね、小僧!感動の母娘の再会に泥を塗るんじゃないよ!」

「ちっ……しょうがない。アリア、シャルちゃん。お茶の用意を。ババアには雨水でいいぞ。」


 アリア達に指示を出して、レイアの対面のソファーに座るアキ。


「あんたね!客に対してなんて扱いだい!わざわざ直接報告に来てやったんだよ!」

「別にババアの顔なんて見たくないし手紙でよかったぞ。」


 しかしサルマリアに出立するまでにレイアから連絡がくれば儲けものくらいに考えていた矢先だ。これはラッキーだ。まあ連絡どころかこうして本人ごと来てしまったが……。


 とりあえずアキはセシルを隣に座らせる。


「まあ……俺は見たくないがセシルは見たかっただろうな。」

「は、はい!」


 アキの言葉に嬉しそうに頷くセシル。


「セシルに会う為に直接来たのか?仕事 放り出して。」

「仕事は片付けてきたさ。まあ……我が愛娘に会う為も当然ある。ただね、小僧!お前に直接文句を言いたくて来たんだよ!」


 レイアはソファーから立ち上がり、アキを指差し怒鳴ってくる。


「うちの子と従者登録したんだって!?ふざけんじゃないよ!私の娘をあんたにあげた覚えはこれっぽっちもないんだ!どういう事なんだい!場合によっちゃ覚悟するんだね!」


 ババアが威圧してくる。セシルに近況報告もしておけと言ったので、きっと手紙にアキと従者登録した事を記していたのだろう。それが大層不満のようだ。


「ふええええ、なんでいま触るのおおおお!」

「俺の兎耳を堪能してるんだ。」


 ただなんかもう面倒だったので、ババアの話は途中で聞くのをやめ、アキはセシルの耳で遊んでいた。


「あんた人の話を聞かんかい!このクソ餓鬼が!」

「ババアの話が長いんだよ。そんな時間使うくらいならセシルの耳を愛でるという有意義な時間を過ごしたい。」


 ミルナ達は相変わらずのアキに呆れ顔だ。ベルはいつもの雰囲気とは全く違うアキに一瞬驚いていたが、すぐに何故この態度なのかちゃんと理解したようだ。


 そう、このババアはこういうやり取りが好きだ。だからこれでいい。


「ベル、このババアうるさいから極刑にしよ。」

「お、王女殿下!?何故ここに!こ、これは失礼しました!」


 レイアは興奮していてベルの存在に今の今まで気づかなかったらしく、慌ててカーテシーを行う。さすが支部長だけあって動きに卒がない。


「はい、アキさんが望むなら。極刑にしましょう。」


 ベルがクスクス笑いながら刑を言い渡す。


「小僧!今すぐ取り消させるんだ!このお方ならほんとに出来きちゃうだろうが!」


 レイアが焦ってアキに懇願してくる。ババアの懇願なんて何も可愛くない。


「ババアにお願いされてもグッっと来ないから駄目だな。」

「アキさん、お母さん許してあげてください。」


 レイアに代わり、娘のセシルが兎耳を可愛く動かしながらお願いしてくる。これは可愛い。


「セシルは可愛い。よし許す。」

「よかったね!お母さん!」


 セシルは嬉しそうにしているが、レイア本人はどうも納得いってないようだ。


「ちょっと待ちな……!よく考えれば私はこれっぽっちも悪くないだろうが!あたしがなんで許される事になってるんだい!ふざけんじゃないよ!」

「おお、気づいたか。さすがババア。伊達に長く生きてるだけあるな。」

「相変わらずいい度胸してる餓鬼だね……!そんな酷い扱いするならせっかく持ってきてやった情報教えてやらないよ!」


 レイアが情報を盾に反撃してきた。だが甘い。アキには可愛い兎の人質がいるのを忘れてはならない。


「アキさんに意地悪しないで。お母さん嫌い。」


 セシルが頬を膨らませてそっぽを向く。どう考えてもアキのほうが悪いが、基本的にセシルはアキ絶対主義なので、こちら側についてくれる。


「そ、そんな!セシル!どう考えても悪いのはその餓鬼なんだよ!むしろあたしは被害者だよ!わかるだろ?我が愛しの娘よ!」


 至極全うな意見だ。


「ほら、お母さんを許してあげようね。セシルに会いたくて来てくれたんだ。」


 アキがそっとセシルを撫でて洗脳してやる。


「えへへ、はい。そうします。」


 可愛らしく微笑むセシル。なんていい子だ。


「こ、こ、こんのクソ餓鬼があああああ!娘を洗脳するとは覚悟は出来てるんだろうね!」

「落ち着けババア。セシル嬉しそうだろが。約束通りちゃんと悲しませてない。」


 レイアもなんだかんだちゃんとわかっている。従者登録なんてアキの独断で出来るものではない。セシルが同意して初めて可能なものだ。それにレイアは口では騒いでいるが、隣で笑っている自分の娘を満足気に見つめているんだから丸分かりだ。


「ふんっ……それは当然さね。」


 不承不承ながら納得をしめすレイア。


「イリアの依頼はサルマリアの冒険者協会からの依頼だろ。魔獣討伐。場所は十六夜の洞窟。」

「なんだい、知ってるのかい。」


 あっさりレイアが認めるという事は、やはり協会はこの事実を隠す気は元々なかったという事になる。これでエルミラの言葉の裏付けが取れた。協会長やサルマリア国王との会合の調整がつき次第、サルマリアに出立でいいだろう。しかしこれならもっと早くレイアを使って調べればよかった。自分の無能さを悔いる。


「偶然知っただけだ。ミレーの女王やエスペラルドの王とも最近は懇意にさせてもらっていてね。」

「呆れるわ小僧。暫く合わない間にどんだけの人脈作ってるんだい。」


 レイアが相変わらず出鱈目な奴だと鼻で笑う。でもこれくらいしないときっとイリアは探せない。それにイリアの事を追っている限り、どの道を選んでいても今いる場所に辿り着いていた気がする。


「準備が整ったらサルマリアに行く。ババアはいつまでいられるんだ?可能な限りセシルとの時間を作ってやれ。」


 レイアがミスミルドに居る間、少しでも母親と一緒にいるようにとセシルにも伝える。またしばらく会えなくなるんだしゆっくり母娘水入らずの時間を過ごせばいい。


「俺の手伝いとかはしなくていいから。」

「はい、アキさん!ありがとうございます!」

「別に礼を言われることはしてないな。」

「ふふ、そうかもしれませんね。」


 照れ臭かったのでついそっけなくなってしまったが、セシルは嬉しそうだ。くすくす笑っているし、どうやらアキの照れ隠しはバレバレらしい。


「ふんっ、感謝するよ。小僧。」

「ババアは床に這いつくばって礼を言え。」

「いい度胸の餓鬼め!セシルとあたしの扱い差はなんだい!」


 レイアは文句を言ってくるが、当然ではないだろうか。こんな可愛い兎耳のセシルを化け物と一緒にしては可哀そうだ。


「誰が化け物だい!」


 相変わらずうるさいババアだ。


 だが言いたいことを言ってスッキリしたらしく、レイアは満足気にアリアが出したお茶を啜り始めた。アキは雨水を出せと言ったのに、ちゃんとお茶を出すアリアは流石だ。うちのメイドはアキの事をちゃんとわかっている。


「セシル、あんたはこれからもこの小僧と一緒にいるつもりなのかい?」


 お茶を飲み終えてひと息ついたレイアがセシルに改めて尋ねる。


「うん、ずっとアキさんの従者でいたい。アリステールでは専属の受付嬢になるって勢いで言っちゃったけど、今は本当にそう思うよ。アキさんの役に立ちたい。」


 セシルは迷う事なく、はっきりと、自分の意思を告げる。娘の答えを聞いたレイアは溜息を一つ吐いて、アキを睨む。


「そうかい……。餓鬼、うちの娘を泣かすんじゃないよ。」


 レイアの言い換えるなら「娘を任せた」だ。相変わらず素直じゃないババアだ。


「俺の女だからな、泣かせるわけないだろう。」


 そんなアキの言葉を聞いたうちの兎は、頬を染めて嬉しそうに耳をぴくぴく動かしている。やっぱり可愛い。


「ちっ、根性叩きなおしてやろうと思ったが……セシルの幸せそうな顔をみたらそんな気も失せたよ。まあセシルが選んだ道ならあたしは文句ないさね。」


 セシルの幸せそうな目を見れば、彼女が今どれだけ充実しているかレイアにもわかったのだろう。腐っても母親だ。自分の娘が幸せならそれが一番。きっとそういう感情なのかもしれない。アキは親になった事はまだ当然ないが、なんとなくレイアの気持ちがわかる気がした。


「でもババアの感傷に浸る姿を見ていても気持ち悪いだけだ。やめろ。」

「ふんっ、好きに言うといいさ。あたしはセシルが大好きなんだい。」


 レイアは嬉しそうにセシルを見つめている。まあこれ以上の邪魔は無粋だろう。


 アキはミルナ達に散歩に行くぞと告げる。


「セシル、散歩してくるからババアと留守番していてくれ。」

「は、はい……!」


 セシルがありがとうございますとアキに微笑む。どうやらアキの気遣いに気付いたらしい。まああらかさまだし、気付かない方がおかしいか。


 だから当然レイアにもアキの気遣いはバレている。


「全く、可愛くない餓鬼さね。」


 鼻で笑うレイア。だがきっとこれがババアなりの礼なのだろう。

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