21
エリザの機嫌はすっかり直り、軽やかな足取りで自分の部屋へと戻って行った。プレゼントの効果は覿面だったようだ。
「荷物の後片付け終わらせないとな。」
アキは独り言のようにそう呟く。
「そういやキーリとも明日からしばらく会えなくなるな。」
挨拶くらいはしておくべきか。アキは気配を探るようにあたりを見回す。
うん、多分いる気がする。
「キーリ。」
「なに、アキ。」
キーリがいつの間にかアキの隣に座っていた。外套は被っておらず、先日見た紫髪の美少女がそこにはいた。
「フード、被ってないんだね。」
「うん、今はアキだけだから。別にいい。」
呼んだら出てきてくれるのは嬉しい事だが、もうアキしかいない時は隠密する気が完全になくなっている気がする。先ほどの実験の時は姿すら見せなかったくせに。まあそれだけ信用してくれているという事なのだろうが。
「それで、なに?」
「明日から会えなくなるから挨拶しておきたかった。」
特に用はない。別れの挨拶くらいはしておくべきだろうと思っただけだ。それに彼女には暫くの間、完全に影として動き続けてもらう。アキもミレーを離れるのでフォローが一切出来ない。そのお礼と激励も兼ねているのだと伝えると、少しはにかんだような表情を浮かべるキーリ。無表情のままだからほとんどわからないが、間違いなく少し笑ってくれた気がする。
「そ、そう……ありがと。私、頑張るね。」
「ああ、頼りにしてる。」
「早く終わらせて!すぐ合流する!」
力強くそう宣言すると、キーリは急にソファーに寝っ転がり、アキの膝に頭を乗せてくる。ごろごろしたいようだが……何故に膝枕なのだろうか。
「どうした?」
「だめ?」
「別にいいけど。」
「落ち着くから。またしばらく1人だから。」
「そっか。」
膝に頭を乗せているキーリを少しだけ撫でてやる。嫌がるかなと思ったが、そんなことはなく、目を細めて気持ちよさそうにしている。なにこれ、小動物のようでめっちゃ可愛い。
多分キーリは冒険者を辞めた時からずっと1人だったのだろう。もしかしたらこうやって人と接することに飢えていたのかもしれない。地球に居た頃はアキも1人だったが、日常的に表面上は人と接していた。だがキーリの場合は本当にずっと孤独だったわけだ。まだ少女と言ってもおかしくない年の子がずっと1人だったのだから、寂しくなってしまうのも仕方ない。また明日から彼女は孤独になる。だから今はキーリの好きにさせてやろう。
「アキ。」
膝枕していたキーリがアキを真っ直ぐに見上げてくる。そんな彼女の赤紫色の澄んだ瞳に吸い込まれそうになる。
「なに?」
「えっと……私の名前はね、ルティア。」
「そう。ルティア、いい名前だね。」
「うん、ありがと。」
それだけ言うと、ルティアは満足したように目を瞑る。無言だがどこか緩やかな時間が2人の間に流れる。
暫くして、ルティアがそっと呟くように話しかけてくる。
「なんで教えたと思う?」
「うーん、信用してくれたから?」
「それもある。あのね……。」
なんでもアキがルティアの事を一切調べなかった事が嬉しかったそうだ。彼女からサルマリアのSランクの依頼を受けた事を聞いていたのだから、イリアの時と同じように協会を調べれば名前くらいはすぐにわかっただろう。そしてベルやアイリスを使えば名前から大抵の事は調べる事が可能だ。だがアキはそれをしなかった。それがルティアには何より嬉しかったそうだ。
「私が言うまで待ってくれた。」
「そう言ったからね。」
「うん。だからアキが気に入った。私、頑張る。」
だから日に日に懐いて来たのかとアキは苦笑する。何日経ってもルティアの事を調べようとしなかったアキを見て、彼女の中のアキの株が右肩上がりで急上昇したのだろう。別に狙ってやっていたわけじゃない。単純に「言いたくなったら言え」と言った手前、自分から調べる事はルール違反の気がしただけだ。
「これからはキーリがいい?ルティアがいい?」
「うーん……2人だけの時はルティアがいい。」
「わかった。」
レオと同じように使い分ければいいだけだ。大した手間ではない。
「変えられるかな?」
ルティアがちょっと不安そうな声色でアキに尋ねてくる。
「勿論。ルティアが影、俺が表で動くんだから当然だろ。」
彼女が聞きたかったのは「この世界を本当に変えられるかな」という事だ。そしてそれはミルナ達、ベル、アイリスの望みでもある。だから当然、何としてでも変えてみせる。さっさとイリアを見つけてミルナ達を安心させてやりたい。魔獣政策を廃止してベルとアイリスに改革を実行させてやりたい。そうすればその頃にはルティアの望む世界へと変わっているに違いない。
「うん。さっきのアキ凄かった。大丈夫だよね?」
今度はオリハルコンの事だろう。確かにあの力は自分でも正直ありえないと思った。だがあれは強い武器になる。オリハルコンの力が十全に引き出せるのであれば、最悪立ち入り禁止エリアごと消滅させる事だった出来る。まあそれはほんとの最終手段だが。とりあえず着実に前進はしているので、そこまで急ぐ必要もない。急がば回れという諺が今の自分達にはぴったりだろう。肩の力を抜いて皆で足並みを揃えて確実に事を進めるべきだ。
「無理してもよくないからのんびり、楽しみながらやろうな。」
「いいの、楽しんで?」
「当然だろ。」
自分の人生なんだから楽しまなきゃ損だ。アキは地球で自分が歩んでいたのと同じような人生をルティアには歩ませたくない。今の彼女はまるであの頃の自分のようだ。ルティアを見ているとそんな気分になる。だからついつい過去の自分に言いたいことをルティアに言ってしまった。「見方を変えれば世界は思ったほど悪くない」と今の自分なら間違いなく言うだろう。
「今度、どっかお出かけ。」
「そうだな、合流したら遊びに行こうか。」
「うん。」
ルティアからのデートのお誘いをアキは悩むことなく受けた。
もうこれに関しては開き直る事にしたのでいい。節操がないのがどうした。ハーレム上等。爺さんも「アキの嫁は10人くらい」と言っていたし……大丈夫だ。まだ大丈夫。そう思う事にした。その方が精神的ににも楽だしな。
しかしこの世界の女性達は相変わらずみんなチョロい。エリザのようなお姉さんですらあの始末だ。まあ寧ろこんな世界だからなのかもしれない。もしベルやアイリスの改革が進んで、文明が発展しっていったら色恋関連もきっと発展するだろう。
そんなまだ見ぬ未来へと思いを馳せるアキ。
「考え事?」
「俺もなんか心地よくてぼーっとしてた。」
「そう。私、そろそろ行くね。アキ成分補充完了。」
ソフィーみたいなことを言うルティア。頼むからあの方向には進まないでくれと心の底から願っておく。あれは1人で十分だ。
「ああ、待ってる。早く来い。」
「うん、またね。アキ。」
いつもの言葉を残し、ルティアはスッと姿を消す。彼女に負けないようにアキも頑張らなければと改めて決意を固める。目標はアイリスの言っていたように音楽祭までに全てを終わらす事だ。そしてルティアも音楽祭に連れて行ってやりたい。




