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異世界の観察者  作者: 天霧翔
第十三章 接触
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13

 さすがにそろそろ可哀そうになってきたので、うちの駄エルフへのお仕置きを適当に切り上げる。15分も抓ってやったからもう十分だろう。


「じゃあセシル、後は任せていいか?俺は一旦部屋に戻りたい。」

「はい、アキさん。お任せください、いつも通りやっておきます。」


 セシルが兎耳をぴくぴくさせながら返事をしてくれる。


「よろしく。」


 アキは後の事をセシルに任せ、自室に引き上げてきた。彼女の言う「いつも通り」と言うのは情報整理の事だ。うちの兎はいつもアキが共有した情報を文書化してくれる。今も机に向かって今日の話を整理して、清書してくれているだろう。振り返りたい情報がある時は、セシルに言えばすぐに書類を出してくれる。本当に優秀な秘書だ、もとい兎だ。


 とりあえずキーリとの1件の真実をミルナ達にちゃんと話す事が出来た。これで王族襲撃事件については完全にひと段落したと言えるだろう。講師依頼も終わったし、ミレーでするべきことは全て片付いた。


 「さて部屋を少し掃除するか。」


 早々に自室に戻ったのは部屋の片づけや整理をする必要があったからだ。荷物はさっき片付けたが、まだやる事はある。アキ達はミレーの屋敷に永住するわけじゃないのだから、ある程度掃除はしておいたほうがいい。それに家具は大方揃っているが、足らない物だって沢山ある。今のうちに必要な物を確認して、明日からの買い物で買い足したい。


 もっとミルナ達と団欒したかったが仕方ない。アキが部屋に戻ると言った瞬間、「え、なんで?もっと構ってよ!」とミルナ達には不満そうな顔をされたが、今日は我慢だ。やる事を今のうちに片付ける。そうすれば明日からのんびりミルナ達とお出掛け出来るし、いっぱい構ってやる事だって出来る。


「あー……そういえばさっき渡すのを忘れていたな。」


 アキは辺りを見渡す。うん、いる。


「キーリ、おいで。」

「なに?アキ。」


 カーテンの影からキーリが姿を現す。いつもはアキの背中に隠れるように登場するのに、今はアキしかいないからだろう、普通に出てきてくれた。まあ相変わらず外套は深く被っているが。


「アキ、なんでいるってわかるの。」

「なんとなくわかる。いそうなときに、なんとなく。」

「そ、そう……ちょっと嬉しい。」


 キーリの表情は外套で見えないが、少し照れている気がする。


「それに隠密能力が高いって言うけどさ……。」


 人間、姿を消すなんてのは物理的に不可能だ。どこかには必ず実態がある。だからいくらキーリの隠密能力が高いと言えど、不可視なわけではない。彼女の場合、隠れて潜むのが特に上手いというだけだ。影が薄いとも言っていたし、多分そのあたりが相互作用して彼女の隠密性を高めているのだろう。


「人間生きている以上、呼吸をする。動くときは音がする。どれだけ静かにしてもそれを0にはできない。俺は観察が得意だからキーリの息遣いとかを無意識に見抜いているのかもしれないな。」

「なるほど……。もっと修行する。」


 ちょっとだけ悔しそうにしているキーリ。エリスと同じで自分の実力不足が嫌いなタイプなのだろうか。常に研鑽して自分を高めようとする真面目な人間なのかもしれない。


「でもあれだよね。部屋のどこかにいたってことは隠れてたわけでしょ?」

「……うん。そうだけど?」

「いや、天井や壁に必死にしがみついて息を殺してるキーリの姿を想像したらちょっとおかしてくて……ね。」


 腕をぷるぷるさせながら天井にキーリが必死にしがみついていたらきっと可愛いに違いない。その姿を想像してついつい可笑しくなってしまったのだ。


「……ば、ばか。それはいっちゃだめなやつ。」


 図星を突かれ恥ずかしかったのか、キーリが珍しく反論してきた。


「そ、それでなに?」


 キーリが話題を変えるように要件はなんだと尋ねてくる。


「キーリに渡すものがあってね……の前にフードって取ってくれたりしない?」

「……?みたい?」


 キーリは不思議そうに首を傾げる。


 そりゃ見たい。ただキーリの顔が見たいというよりは、会話の際、相手の目が見えないのは不安だという単純な理由なだけだが。


「うん。嫌ならいいけど。」

「アキならいい。」


 そう言ってキーリはフードをゆっくりと取る。


「……。」

「……アキ、どうしたの?」

「ごめん、まさかこんな美少女が出てくるとは思わなかった。」


 言葉に詰まってしまうくらいの美貌の持ち主だった。キーリは紫がかった髪色をしており、可愛らしくポニーテールに結んでいる。瞳は赤紫色で、吸い込まれそうになるくらいに澄んでいて美しい。それでいて顔立ちは幼く、小柄な彼女の体系にぴったり合っている。


「……?美少女?私のこと?」

「そうだよ?」

「私って美少女?」


 本気で聞いているようだ。だがそれがまたキーリらしい。


「間違いなくキーリは美人さんだよ?」

「そ、そう……初めていわれた。」


 ほぼ無表情に見えるキーリだが、アキにはわかる。ちょっとだけ頬を染め、照れているのがわかる。普段からアリアを見ているからだろうか。うちの仏頂面のメイドを見ていたら自然とわずかな表情の変化にも気付けるようになったのかもしれない。まあアキが元からこういう観察が得意なのもあるだろうが。


「そうなんだ?」

「見せたのはじめて……かも?」

「そうなのか?こんなに美人さんなんだから姿を見せてもいいんじゃない?」

「やだ……アキにしか見せない。」

「なんで?」

「は、恥ずかしい。」

「俺はいいの?」

「アキは特別だから。いい。」


 キーリは意外に懐いてくれているのかもしれない。


 だがもしこのまま懐かれて慕われるまでになったりなんかしたら……ミルナ達に殺される。未来の自分を想像すると頭が痛い。あれだけ不用意な事は言わない、これ以上増やすのは駄目だと自分に言い聞かせたのになんてざまだ。


 もしかしたら自分は心のどこかでハーレムを作ることを望んでいたのかもしれない。いや、きっとそうだ。そうじゃないならこんな8人も娶る事になっていないはずだ。


 絶対それがいい。そう言う事にしておこう。


 自暴自棄な考えな気はするが……今更あの子達をポイなんて出来ないし、ハーレム願望があったという事にしておこう。というかポイしたら多分本気で殺される。特にソフィーやベルあたりに刺されそうだ。「えへへ、アキさん、逃がしませんよ?」と微笑みながら刺してくる2人の姿が鮮明に想像出来てしまう。怖い。


「そっか……じゃあキーリは俺だけの影でいろ。」

「うん、そうする。」

「じゃあそんな俺の影にプレゼントだ。まずは約束の刀。」


 学園帰りにガランの所へ寄ったのはこの為だ。キーリにガランから受け取っておいた武器を渡す。


「今までの剣と少し形は違うが多分キーリにはこっちのが合うと思う。斬る事に特化した剣。太刀と言う。」


 何となく彼女には太刀の方が合う気がしたので勝手に仕様を変更したのだが、どうだろうか。


 キーリは早速抜刀する。


 「す、すごい。」


 先日渡した短剣の時と同じように、キーリは輝きを放つ刀身に魅入られているようだ。「ふぉぉぉ」と目を輝かせている。なんか小動物みたいでめっちゃ可愛い。


「使えそうか?」


 キーリは軽く太刀を振って感触を確認している。


「……必ず使いこなす。大事にする。アキの為に使う。」

「それは嬉しい、ありがとう。」

「名前ある?」


 やはり気に入った剣には名前を付けるのがこの世界の通例なのだろうか。確かに地球でも名刀と呼ばれている刀には名前が必ずついていたし、不思議な事ではないが。

 

 アキはしばし逡巡してキーリに合う太刀の名前を考える。


「無月。雲に隠れて見えない月って意味だ。」


 影で動くキーリにはぴったりだろう。


「うん。私は好き。短剣もつけて。」


 気に入ってくれたようだ。


 次は短剣だ。ベル、ソフィー、ミルナの短剣には花の名前を付けた。花で何かキーリに似合うものはないだろうか。


「うーん……じゃあユキツバキ。俺の世界の花の名前。ツバキには完全なる美しさという意味があるし、キーリにはぴったりだろ。」

「ユキツバキ。うん、いい。で、でも美人とか恥ずかしいからあんまいっちゃダメ。」


 恥かしそうにそっぽ向くキーリ。こうやって話していると本当に普通の女の子だ。王族暗殺計画の首謀者とはとても思えない。


 彼女を見ていると、早くこの世界を改革してやりたいと思ってしまった。大抵の人は安心して暮らしているのかもしれないが、ミルナ達、ベル、そしてキーリはその中に含まれていない。彼女達が入ってないならこんな世界に意味はない。


「キーリ、これもあげる。」


 そう言ってアキは白金貨が5枚入っている麻袋を渡す。


「ダメ、アキ。お金はこの前もらった。」


 キーリは首をぶんぶんと横に振って金貨を返してきた。だがアキはキーリの両手をそっと掴み、無理矢理お金を握らせる。


「あれは活動資金。これは俺の影としての給金のようなものだ。好きに使いなさい。」

「で、でも……持ち逃げするかも……しれない。」

「そしたら俺の見る目がなかっただけだな。」


 まあ実際あげるつもりで渡しているので問題ない。本当に持ち逃げされても、アキの人を見る目が無かったと諦めるだけだ。それにミルナ達には渡しているのだから、キーリにも同じ金額をあげるべきだろう。


「キーリだって欲しい物はあるだろ?遠慮なく使いなさい。」


 影として生きるのは大変だと思うし、適度な息抜きは絶対に必要だ。それにキーリは女の子。お洒落もきっとしたいはずだ。好きに使えるお金はある程度持たせておきたい。まあ勿論キーリのこれからの働きに期待しているという意味もあるが。


「う、うん……わかった。」

「キーリ、お腹は?」

「……すいた。」


 だろうな。


 彼女に待っていろと伝え、キッチンで適当な物を作ってきてやった。今日はサンドイッチだ。キーリの好物はよくわからないので、口に合えばいいがと心配したが、ソースを口につけながら必死に頬張っている。どうやら気に入ってくれたようだ。


「美味しい……アキの料理好き。」

「それならよかった。ほら、口についてる。」


 アキはナプキンでキーリの口元を拭いてやる。食べる姿が小動物のようで、あまりにも可愛いかったから、つい甘やかしたくなってしまった。


「じ、自分で出来る……。でもありがと。」


 お腹が膨れて満足したのか、ソファーに寝転がりだらしなく寛いでいるキーリ。羽織っていた外套がいつの間にか床に投げ捨ててある。さっきまではちゃんと着ていたのに、何時の間に脱いだんだ。無駄なとこまで隠密性の高いキーリだと呆れる。


「こら、こんなところに脱ぎ捨てるんじゃありません。」


 アキはキーリが投げ捨てた外套を拾って綺麗に畳んでやる。


「別にいい。アキしかいない。」


 そう言う意味で言ったんじゃないんだが。 


 キーリは外套の下には、動きやすそうなノースリーブの、ミニ丈の浴衣のような、黒いワンピースを着ていた。腰には帯紐のような赤いリボンを結び付けており、いかにも忍者だなという感じだ。


 しかしどうやらもうアキの前では隠密する気は一切ないらしい。キーリは生足を惜しげもなくさらけ出して、無防備な姿で楽しそうにソファーでごろごろしている。しかもスカートが短いから色々見えそうだ。目のやり場に困るから正直やめて欲しい。


「よくない。ほら、女の子なんだからちゃんと座りなさい。」

「やだ。別にアキだからいい。」


 アキの注意は無駄に終わった。この美少女、貞操観念がないのか。というよりキーリは色々無頓着過ぎる。可愛いし、目の保養になるし、アキとしては嬉しいが……まあ本人が良いと言ってるならいいかと諦める。どのみちアキに損はない。


 あの子達にバレない限り……という注意書きはつくが。


 しかしキーリのごろごろする姿は確かに可愛いが、どちらかと言うと忠犬を見ているような感覚だ。呼んだらすぐに出てくるし、ご飯与えてやれば大喜びで頬張る。


「とにかく、この屋敷を使う時は俺の部屋にいなさい。他は割り振ったし、ここなら誰にもバレない。」

「わかった。」


 この屋敷の管理を任せたエリザは勝手にアキの部屋を物色したりする子ではないだろう。だからここであれば安全だ。まあエリザはキーリがこの屋敷を使う事を知っているので、バレたところでなんの問題もないのだが。これはどちらかというとキーリが誰にも会いたくないだろうという意味での配慮だ。


「月夜の森にはいつから行く?」

「アキが発った後。その方が目立たない。」

「確かにそうだな。じゃあそれで頼む。」

「それまではアキといる。いい?」

「ああ、もちろんいいよ。」


 寝転がったまま嬉しそうに足をぱたぱたさせるキーリ。感情表現まで小動物のようだと苦笑する。


 その後、キーリは満足するまでひたすらごろごろし、「またね」と言って姿を消した。といっても他に行く当てはないだろうし、さっき「アキといる」と言っていたから、多分この屋敷のどこかにいるんだろう。むしろこの部屋にいそうで怖い。まあ……キーリがちゃんと屋根の下で寝ているのであればそれでいい。


 アキも明日に備えてさっさと寝る事にしよう。3日間ミルナ達に連れまわされることになるのは明白だ。しっかり体力回復しておかねば体が持たない。

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