8
「俺の猫!どこだ!」
アキは学園長室の扉を乱暴に開けて叫ぶ。朝からミルナ達に弄られて散々だったので、エリザの尻尾で癒されなければ今日を乗り切れない。
「こほっ……なんなのよ!その挨拶は!日に日に私の扱いが乱雑になってるじゃない!……こほっ」
優雅に朝のティータイムを楽しんでいたエリザ。飲んでいた紅茶が気管に入ったのかむせている。アキを差し置いてお茶なんか飲んでいた罰だ。
「けほ……こほっ……。」
「1人で優雅な事してるからだ。この猫め。」
「おかしいわよね!なんで私が悪いみたいになってるのよ!?」
「ざまあみやがれ。」
「だから扱い!おねーさんへの扱いを改めなさいってば!」
エリザが尻尾を逆立て、威嚇してくる。まあ至極正論だ。
「朝から色々あってな。」
「まったく……自業自得よ。昨日私を見捨てた罰ね。ふんっ。」
うちの子達に「お話」されるエリザを助けないで放置したのをまだ根にもっているようだ。仕方がない猫さんだ。
アキは彼女の隣へ腰掛け、尻尾を撫でてやる。
「な、な、なにしてんのよ!勝手に!」
「お詫びに尻尾を撫でている。」
「何でそれがお詫びなのよ!お、おかしいでしょ!」
口ではそう言いつつも、尻尾をアキの膝の上にそっと置いてくる。もっと撫でろという事だろう。相変わらず素直じゃない猫だ。でもエリザには本当に感謝しているので黙って要求に応じる。
暫く撫でた後、アキは改めて昨日のお礼を告げる。エリザのおかげで一命を取りとめたのは間違いない。今アキがこうしてエリザの尻尾を愛でていられるのもエリザが来てくれたからだ。
「ありがとう。エリザ。本当に助かった。」
「どういたしまして。でもアキ君、無茶ばっかしないで。心配なのよ。」
優しい目でアキを見つめてくる。こういう時のエリザは本当に頼りになるお姉さんだ。普段からこの雰囲気を出せばいいのに。まあ直ぐに取り乱すエリザが可愛いから絶対に言ってあげないけど。
「でも無茶したらエリザに抱きしめて貰えるからな。いい匂いするし、柔らかいし、心地いい。あれは無茶する価値がある。」
「ばか!」
顔を赤面させ顔を逸らすエリザ。「言ってくれたらいつでもしてあげるわよ」と小さく呟いたのが聞こえたが、エリザの独り言に突っ込むのは何故か可哀そうな気がしたのでやめておく。相手がベルなら容赦なく弄れるのに不思議なものだ。
「それでどうなったの?」
「今日の午前中、つまりこれからだな、ベルにアイリス女王を連れてくるよう言ってある。後、爺さんにも声掛けてたから来るはずだよ。」
「確かに一回で済ませた方が楽でいいわね。じゃあそれまでは2人でのんびりしましょう?」
「ああ、エリザとのこの時間、俺は好きだ。紅茶くれ。」
エリザは「はいはい、しょうがないわね」と苦笑しながらもアキに紅茶をいれてくれた。ただこれは今日に限った事ではなく、エリザはいつもアキの為に自らお茶を用意してくれる。もしかしたら授業やお弁当のお礼なのかもしれない。それにエリザ自身、この時間を楽しんでいるのだろう。いつも嬉しそうに尻尾をぶんぶん振っているのだから。
エリザの尻尾で遊びつつ紅茶を啜っていたら、ベルとアイリスが到着した。
「アキさん、何をしているんですか?」
入ってくるなり早々に不機嫌モードの王女様。ベルといいうちの子達といい本当に朝っぱらから元気な子達だ。
「優雅な朝のティー猫タイムだけど?」
「アキさん!なんでそんな『当然でしょ?』みたいな顔で言うんですか!それを聞いて私が『ああ、そうだったんですね。素敵です。』と言うとでも思っているんですか!」
お話ですと騒ぐベルを適当に落ち着かせ、アキは引き続き尻尾を愛でる。爺さんの到着がまだだ。つまり今は尻尾を愛でる時間という事だ。
「なんでこの状況で尻尾触るのよ!おかしいでしょ!いい加減離しなさい!そういうのは2人きり……!」
エリザが口を滑らせた。途中でこれは不味いと思い留まったようだが、既に手遅れだ。ベルの目が「いますぐお仕置きです」と言っている。すぐにそう言う目をするの止めなさい。本当に困った王女様だ。
「エリザ学園長、アキさんとどんなご関係ですか?」
「何回言えばわかる!俺のペットだって言っているだろうが!」
「なんでアキさんが答えるんですか!そしてなぜそんな本気!?」
「ぺ、ペットじゃないから!」
一気に学園長室が騒がしくなる。その様子をアイリスはくすくす笑いながら見守っている。もうベルの焼きもちにもすっかり慣れたのだろう。
丁度その時、エスタートも到着したらしく、豪快に笑いながらイリアナを連れ立って学園長室に入って来た。
「ほほほ、アキよ。朝っぱらから元気じゃの。」
「爺ちゃんも息災か?」
「うむ、おかげ様での。」
爺さんは早速ベルとアイリスに平身低頭して挨拶する。爺さんはさすがの礼節ぶりだ。そういや爺さんをベルに会わせるのは今日が初めてだ。もっと早く紹介しておくべきだったと反省する。だが機会もなかったので仕方ない。
「そんな畏まらないでください。私はアキさんのつ、つ、妻ですから!」
やめんかこのバカ王女。何を堂々と宣言しているんだと頭を引っ叩く。ベルは口を尖らせて「だってー」と言い訳してくる。確かに今朝娶るとは言ったけど、早々に他国に情報をばら撒くなと呆れる。
「おお、アキ!とうとう王女様も落としたのか!」
「黙れクソジジイ。」
とりあえずベルもアイリスも無礼講でいいらしい。まあそれに爺さんの方が年配だし、敬意を払いたいのは彼女達の方だろう。それに爺さんは大手商会長だ。ベルやアイリスのような若い王族は逆に緊張するのかもしれない。
「エスタートさんの方が年長者ですので気にしないでください。アキさんに接してるように私にも接してください。そんな畏まられるとこっちが委縮してしまいます。」
「女王陛下のおっしゃるとおりです。若輩者の私達が敬意を表したいくらいです。」
それを聞いた爺さんは「そうかの」とすぐにいつもの調子に戻る。確かにこっちの方が親しみやすいだろう。
とはいってもこのジジイはただの好々爺だし、そんなに気にする事はないと思うが。気楽に接してやればいいんだ。
「ベル、これはただの死にかけジジイだから気にしない方がいいぞ。」
「アキさんの言う通り、ただの死にかけ耄碌ジジイです。」
イリアナもアキに同意するように頷く。相変わらずの毒舌メイドだ。王女や女王の前でばっさりいきやがった。
「王女殿下……最近孫とうちのメイドが冷たいんじゃ……。どうしたもんかの……?」
ベルに悲しそうな目で訴えるエスタート。
「え、ええっと……あの……アキさん……私はどうすれば……。」
どうすればいいのかわからない困惑した表情でベルが助けを求めてくる。やめろジジイ。うちの王女を困らせるな。
「とりあえず皆でエリザの尻尾を愛でよう。」
皆で仲良くなれる素晴らしい打開策だと思うのだが、駄目だろうか。
「な、なんでよ!!おかしいわよ!あとほんとにいい加減尻尾離しなさい!」
おかしなんてない。エリザの尻尾はきっと世界を救う。そう、世界平和だ。
「救えないわよ!そんな大層な尻尾じゃないわよ!」
「ほほほ、アキよ。また1人増やしたのかの?」
「うるさいジジイ。」
エリザがアキに懐いているのを一目で見抜いたようだ。まあ誰が見てもバレバレなのだが。
とりあえず爺さんにエリザを紹介する。
「爺さん、こちらエリザ。俺のペット。」
「さも当然かのようにそう紹介するのはやめなさいよ!!!」
納得いかないらしい、騒がしい猫だ。そもそも爺さんは紹介するまでもなくエリザが誰だかなんて分かっている。あくまで形式上、紹介しただけだ。だから紹介文なんてなんでもよかったのだ。
「それじゃ紹介も終わったし早速話を始めよう。」
アキはエリザの尻尾をくるくる回して開始の合図をする。
「だからそうやって私の尻尾で遊ぶのもやめなさい!!!」
さっきから元気な猫だ。元気すぎて呆れてしまう。
「むしろ何があっても動じずにずっと尻尾を愛で続けているアキさんに呆れます。とういうよりそろそろ尊敬すらしてきました。全く……もうばかっ。」
ベルが拗ねながらも苦笑いをするという器用な事をしている。
さて冗談はこれくらいにして話を進めよう。皆ある程度打ち解けたしもう大丈夫だろう。爺さんもそれを察してくれたようで、すぐさまイリアナを退出させた。扉の前に立たせて盗聴されないよう見張らせてくれるらしい。
「話始める前に……アイリス女王、余計な事をしてくれたんですね?」
別に怒っているわけではない。一言くらい文句を言っておきたかっただけだ。
「ふふ……お節介が過ぎましたか?」
「頬を見ればわかるでしょう?」
まだベルに叩かれたところが少し赤い。それを見たアイリスはくすくす笑う。やれやれ、お節介な女王だ。ちなみに叩いた調本人であるベルは恥ずかしそうに赤面して俯いている。
「ほほほ。アキの自業自得じゃの。まあ、アキの無事を祝おう。」
「そうだな、爺ちゃんも協力ありがとう。色々助かったよ。じゃあ本題だ。結論から言うと話し合いは無事成功した。」




