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キーリは誰かが来ると言った。アキの想像通りであるなら間違いなくあの子だ。
ベランダから中に入り窓を閉め、ソファーに腰掛けてタブレットを見る振りをする。今まで誰かと話していた事を悟らせるわけにはいかないので、寝る前にだらだらしていた風を装っておく。下手な演技をしたら間違いなく見抜かれる。
そう、勘のいいうちの王女様なら間違いなく見抜いてくる。
「あ、あの……アキさん、少しいいですか?」
やはりベルだった。
ベルは扉を少しだけ開けて、おそるおそる顔を覗かせ、部屋に入っていいか聞いてくる。相変わらず所作がいちいち可愛い王女様だ。
「いいよ、入っておいで。」
アキがそう言うと、ベルは嬉しそうに「やった」と呟きタタタと駆け寄ってくる。
「それで、王女がこんな時間にお忍びでどうしたの?」
「うふふ、夜這いしにきました。」
ベルが軽く微笑む。夜這いというだけあって彼女はいつものドレス姿ではなく、白とピンクのネグリジェのような服を着ている。さすが一国の王女ともなれば寝る時の衣服にも気品がある。色気はあるけど上品だし、とても女の子らしくて可愛い。ミルナのように無駄な色気を垂れ流してない。
「可愛いね、その格好。新鮮だよ。」
「そ、そうですか……。」
すまし顔で返事をするベルだが、褒められてやったやったと言うオーラを出しまくっているので嬉しいのは丸分かりだ。本当にこの王女様はアキの前に限っては感情を隠すのが下手だと苦笑する。
まあそれよりも彼女が来た本当の理由はなんなのだろうか。なんとなく検討はついているが……アキはとりあえずベルに尋ねる。
「それで、どうしたの?」
「だから夜這いです。」
ベルが妖艶に微笑んで誘惑しようとしてくる。だがそんなわけない。
「嘘つけ。ベルが本気で夜這いにくるならもっと顔真っ赤にしてくる。」
「ば、ばか!そんな考察しないで!」
頬を染めて照れながら怒るベル。そう、ベルが夜這いにくるならその表情でくるだろう。そんなことは彼女の性格を知っているからすぐにわかる。
「本当はどうしたの、ベル。」
「……はい。アキさん、お話があります。」
ベルは深く呼吸をし、今まで見た事がないくらいに真剣な表情をする。そして全てを見通すかのような美しい銀色の瞳でアキを真っ直ぐに見つめてくる。普段なら綺麗だなと見惚れるところだが、今日の彼女の眼光はまるで得物を見つけた猛禽類のようだ。「全てわかってます、覚悟しなさい」と言われてるかの如く鋭い視線を浴びせてくる。
「外套の人物との話、ほとんど嘘ですね。」
やはりその件かと小さく溜息を吐く。まあベルならアキの嘘を見抜くだろうとは思っていた。そして文句を言いに来るだろうとも予想していた。だがすぐに「はい、そうです」と認めるわけにはいかない。
「嘘じゃないよ。」
「いいえ、嘘です。一部は本当でしょう。でもほとんど嘘です。」
「そんな事ない。」
「あります。絶対嘘です。諦めて白状してください。」
「ベル、大好きだ。やっぱりベルは可愛いし素敵だね。」
アキが嘘を吐いている事は事実だ。そんな状態でこの問答を乗り切れるとも思えない。とりあえず褒める方向で誤魔化せないものだろうか。
「えへへ……だ、大好き……って!こ、こら……!誤魔化そうとしないでください!今日ばかりはそんな言葉で誤魔化されませんからね!」
残念。やはりベルはソフィー程単純ではない。
「やはり嘘なんですね?アキさんが急に話題を変えようとしましたし、そういうことなんですね?どうなですか?」
ベルはまたアキをキッっと睨みつけてくる。
「なぜ嘘だと思ったの?」
「はい。まずはエリザさんがあそこにいた事です。」
ベルが語る。そもそもエリザがあの場面に偶然通りかかったと言うのがそもそもおかしい。あんな人通りの少ない路地を偶々通りかかるわけがない。アキがあらかじめエリザを手配していたとしか思えない。
「それを言うならベルだってそうだろ?ベルがあそこを通りかかったのだって偶然だ。だからエリザも偶然なんじゃないか?」
確かにベルの言う通り、エリザを手配したのは自分だ。負傷した際の救急要因としてエリザに手当てをお願いしていた。だがそれより不自然なのはベルだ。そもそもベルがあそこを通るはずはない。絶対にない。だからこそベルに助けられたのはアキにとっても想定外の事だった。
「女王陛下が今日はあの道を通って帰るようにと。表通りはレスミア公共事業関連で混雑しているので、あそこを使うように言われました。」
アキは心の中で舌打ちする。女王が余計な気を回してくれたらしい。どうせある程度ベルには話すことになるのだから、彼女にアキを助けさせようと考えたのだろう。
「それにアイリス女王が今日はやたらと時間を引き延ばしてきました。その時は気付きませんでしたけどアキさんの出来事があって……まさかと。」
絶対わざとだ。アイリスであれば自然にベルを引き留める事くらい容易に出来るはず。それなのにベルに「わざとらしく引き伸ばしていた」と思われている時点で、そう思われるようにアイリスは行動したのだ。
「私が考える真実はこうです。アキさんは元々黒幕である外套の人物と接触する予定だった。そして話を聞き出す為、傷を負う事を想定していた。女王陛下やエリザさんを巻き込んでいる事から、黒幕と協力体制でも取る予定だったのでは?どうなんですか?」
どうやらここまでか。これ以上ベルに嘘を吐きたくないし、もう正直に話すしかないだろう。
本来の計画では、アキはエリザに発見される予定だった。そして傷を癒してもらい、意識が戻ったら、何食わぬ顔で歩いて帰るつもりだったのだ。それがベルに発見されたせいで、計画が狂った。そしてミルナやアリア達にも怪我をしているところを見られてしまった。
「アイリス女王め……本当に余計な事を。」
やれやれと呟くアキ。ベルやミルナ達には自傷して情報を聞き出そうとした事までは言いたくなかった。無茶をするなって怒られるし、何より余計な心配をさせてしまう。だからこの子達には「怪我なんてしなかった。意図的に接触はしたけど平和に協力体制を築けたよ」と説明するだけにしたかったのだ。
でもこうなってしまった以上、自分で自分を刺した事まで話す羽目になってしまうだろう。何故ならミルナ達にキーリを紹介する日は必ず来る。だが今のミルナ達の認識は「アキを刺したのはキーリ」なのでこのまま紹介したらキーリが殺される。つまり皆に怪我したのは自傷したからだと告白し、計画の全てを話すしかない。
まあ自分で蒔いた種なので仕方ない。ベルに全て見られた時点で全てを話す選択肢しかアキには残されていないのだから……潔く諦めよう。
「いつ気付いた?」
「最初は全然わかりませんでした。悲しくてずっと泣いてたので。でもアキさんが死なないとわかったら安心して……色々考えたらすぐに気づきました。考えがまとまったのはさっきですけど……。」
一人になって考えたら不思議な事だらけだった。そしていても経ってもいられず、アキのところへ夜這いに来たという事だろう。
「アキさん、いいですね?」
気付いたらベルが目の前にいた。真っ直ぐにアキを見つめてくる。
「そうだな、いいよ。」
「はい。では覚悟しなさい。」
そしてベルは片手を振り上げ、おもいっきりアキの頬を平手打ちする。パァンと渇いた音が部屋に響く。かなり強く叩かれたので、きっと自分の頬は赤くなって腫れあがっている事だろう。結構痛かった。こうやって本気でベルに叩かれ、怒られたのは初めてだ。
「ばか!なんでこんな事するの!どれだけ心配したと思ってるの!」
ベルが素の口調で叫ぶ。我慢していた感情が一気に溢れ出してきたのか、ベルは目に涙を浮かべる。
「ほんとに死んじゃうかと思ったの!いっぱい泣いたんだから!」
「ごめん。」
ベルから視線を逸らし、素直に謝る。怒られる事は覚悟していたが、泣かせるつもりはなかった。女性の涙はずるい。罪悪感が半端ない。
「アキさんが死んだら、死んじゃったら!嫌なの!」
ベルが抱き着いてくる。アキの腕の中で「いやだ、死んだらいや」と涙声で繰り返し呟く。うちの王女様をすっかり泣かせてしまったようだ。
「俺は生きてる。」
ベルを優しく抱きしめ、そっと撫でてやる。
「ぐすっ……ばかぁ……ひっく……王女泣かせるなんて……大罪なのに……ぐすっ。」
涙でもう何を言っているのかわからない。
「ベルを悲しませちゃったな。ごめんね。」
「……もっとギュッってして……。」
彼女の望み通り、さらに強く抱きしめてやる。
「そのままでいいから聞いてくれ。」
とりあえずアキはベルに事の顛末を話してやる。どうやってキーリと接触を計ったか。女王、エリザ、エスタートとどういう話をしたか。そして結果として、無事キーリと協力関係を結ぶことが出来たと伝える。
「詳細は明日話すから、学園にアイリス女王と来なさい。ミルナ達にはまだ内緒だけど、ベルだけにはちゃんと話すから。」
「……ひっく……じゃあ……なんで言ってくれないの。なんで私にも黙ってたの。私王女だもん。偉いもん。」
涙をアキの胸で拭きながら聞いてくる。すっかり服がベルの涙でぐしょぐしょだ。
「ベルは『俺と国』だったら『俺』を取るダメダメ王女様だからな。」
「そ、それは……だ、だってー……。」
ベルが口を尖らせて上目遣いで見つめてくる。
でも仕方ない。彼女はこの計画に間違いなく賛成しなかっただろう。だからこうして事後報告にしたのだ。ベルもアキが彼女に隠していた理由はわかっているはずだ。
アキに抱き着いたままのベルだったが、やっと涙が止まったのか、アキから一旦離れてくれた。涙で目が真っ赤だ。まあもう寝るだけなので問題ないだろう。
「俺はベルの光なんだろ?」
「は……!?え!?気を失ってたんじゃないの?」
ベルが固まる。
「都合よくあの時だけは少し意識あった。」
その後またすぐに意識は飛んだのだが、何故かベルの腕の中にいた事を覚えている。もしかしたら無意識にベルに抱かれて安心したのかもしれない。
「ば、ばかー!だからいつもいつも独り言きくなー!もー!」
ミルナ並みの黒歴史誕生の瞬間だ。そしてベルは恥ずかしさで顔を見られたくないのか、またアキに抱き着いて来た。そして「ばかばか」と胸をぽかぽかと殴ってくる。
「ごめん……許してくれ。」
「特別に許してあげてもいい……。」
「ありがとう。」
「でも……じ、条件がある。」
ベルが小さく呟く。
とりあえず言ってみろと促す。するとベルは少し視線を逸らし、顔を赤らめる。両手でネグリジェの裾をぎゅっと握りしめている。
「キ、キスしてくれたら許す。」
ベルは言い終わるとさらに顔を真っ赤に染め、両手で顔を覆ってしまう。そんなに恥ずかしいのなら言わなきゃいいのに。うちの王女様は本当に初心だなと苦笑する。
「キス?」
「ふ、不満なの!?王女の私のファーストキスを上げるといってるの!」
羞恥に悶えてまた泣きそうになっているベル。
「そんなのでいいの?」
「そんなのがいいの。」
「俺の王女様はしょうがないな。」
「私はアキさんの王女だからいいんだもん。」
ベルが目をそっと瞑る。アキは彼女の両肩を掴み、優しい、ほんの少し触れるだけの、口付けをしてやる。
彼女の唇はとても柔らかくて、甘い味がした。
「今はまだ、ここまでね。」
「う、うん……。嬉しい。」
キスをされたベルはまだ顔を真っ赤にしているが、凄く幸せそうだ。
「でも……なんかアキさん慣れてる。は、初めてじゃないの?」
ちょっと不満そうに頬を膨らませるベル。
「俺の世界ではキスが挨拶っていう国も多かったんだ。だからキス自体は初めてじゃないよ。」
北米や欧米などの外国ではキスは挨拶のような物だ。海外留学していたアキとしてはそれほど珍しいものではない。だが相手がベルなので、さすがにドキドキはしたが。
「そ、そうなの?」
「でも挨拶じゃないキスをするのは初めてかな。あと大切な人とするのも初めて。」
「それならいい。」
でもこんな事をしてしまったのだから、間違いなくミルナ達に殺されるだろう。自分としてはキスをするなら最初はソフィーだと思っていた。前、おでこにキスしたし。あの子達にバレなければと思うが……速攻でバレそうな気がする。
その後ベルはひとしきりアキに甘えたあと、自分の部屋へと軽やかな足取りで帰っていった。すっかり満足して天にも昇る気分になったらしい。
本当にしょうがない王女様だ。




