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エリザが涙目になりながらお姉さんの威厳を喚き散らし始めたあたりで、今日の「お話」はお開きとなった。本来であれば訓練もする予定だったのだが、アキ以外の全員が満場一致で今日は解散と言ったので、渋々従った。これだけの女性陣を敵に回す勇気はアキには無い。まあアキを少しでも早く休ませようと言う彼女達の気遣いだろうから、その気持ちを無下には出来ない。
アキは自室へ戻ると窓をあけ、ベランダに出る。レスミアの夜はやはり心地いい。夜風に当たりながらアキはだらだらと星空を眺める。
無事キーリと協力を取り付けることが出来た。まだまだ話すことはあるが、さすがにあれ以上は無理だった。詳細な打ち合わせは次でいいだろう。ただ出来るだけ早めに会いに来てもらいたい。何故ならアキ達はあと数日でエスペラルドに戻るからだ。
キーリとの話し合い以外にも、それまでにしておかなければならない事はいくつかある。その中でも最優先は屋敷の確保。キーリにはミレーで動いてもらうのだから、こちらでも屋敷を1軒調達しておいたほうがいい。明日にでも爺さんやアイリスに相談してみよう。
「キーリ……か。」
「なに、アキ。」
何気なく呟いただけだったのに、本人から反応があってさすがに驚く。まあ貴族の屋敷に忍び込んでいたキーリの隠密能力を考えれば、ここに忍び込むのもお手のものなのだろう。さすがにこんなに早く来るとは思わなかったが。これは好都合。早速話が出来るのは幸いだ。
「こんばんは、キーリ。もういるとは思わなかったよ。」
「心配だった。アキは協力者だから。」
本当に優しい子なんだなと思うアキ。さっき知り合ったばかりのアキの怪我を心配してわざわざ様子を見に来てくれた。
「ありがとう、もう全快したよ。」
「そう、ならいい。」
声はするがキーリの姿は見当たらない。探すのも無粋かと思い、アキは夜空を見上げたまま話を続ける。
「せっかくだし、これからの事少し話そうか。あ、でもその前に今日の貴族の話だ。」
始末するかどうかを決めなければいけない。
「上手く説得できた。」
「さすがだな。」
それならば反逆罪として始末できる。計画をキーリに聞いたところ、女王が王城から出る際に襲撃するという稚拙なものだった。やはりキーリは失敗してもいい、むしろ失敗して欲しいと思っているのだろう。
「わかった、あの貴族は女王と話してこっちで始末しておく。」
「で、でも。」
自分が焚き付けたのに、後始末をアキに任せるのに抵抗があるのだろう。
「いいから任せろ。」
「うん……ごめん、任せる。」
「それでいい。じゃあこれからの事だ。」
ミレーの立ち入り禁止エリアである月夜の森で調査してきてもらいたい事をキーリに伝える。魔法印の形、オリハルコンをどのようにして媒介として使っているのかがアキは知りたい。つまり魔獣召喚印、命令付与印、転送印の基本的な運用方法だ。その他にも、キーリが不審に思った事や感じた疑問を併せて報告するようにお願いする。
「わかった。」
「女王にはキーリが侵入しても揉み消すように言ってある。」
報告も女王にするよう伝える。ミレーに居る間はアキに直接でも構わないが、エスペラルドやサルマリアにいるなら女王を挟んだ方が情報の伝達は確実だ。
「いいよ。アキはサルマリアに行く?」
「その話をもう少ししたかった。キーリ、話せる部分だけでいいからキーリの事を教えてくれ。どうやって魔獣制度を知ったか、どういう依頼だったのか。それによって本当にサルマリアに行くべきかどうか判断する。」
「なるほど、それはもっとも。」
キーリは小さく頷き、自身の過去を話してくれた。
元々サルマリア出身のAランク冒険者であるキーリ。ずっと故郷で活動しており、Sランクまであと一歩というところで指名依頼が入った。内容はサルマリアの立ち入り禁止エリアである十六夜の洞窟での魔獣討伐。勿論難易度はS。特に何も考えずにキーリはその依頼を受けた。
そしていざ十六夜の洞窟へ行ったら、魔獣が突如現れ消える瞬間を偶然目撃したらしい。暫くその様子を影から伺っていたら、直ぐに何が行われているのかに気づいた。魔獣を召喚し、どこかへ転送しているのだと。キーリは即座に十六夜の洞窟から離脱、サルマリアの王都へ向かった。そしてサルマリア王立図書館の閲覧禁止文献保管庫に忍び込み、魔獣政策の全てを知ったらしい。
「立ち入り禁止エリアと閲覧禁止文献。Sランクは許可されてる。だから何か繋がりがあると思った。」
「キーリは良い勘してるね。それに隠密能力も凄い。」
「そ、それほどでも……。」
キーリは恥ずかしそうに謙遜するが、その勘のよさや隠密能力は密偵としては必須だ。しかも王立図書館に忍び込めるレベルともなれば、立ち入り禁止エリアすら可能だろう。実際ベル所有のこの屋敷に忍び込めているのが何よりの証拠だ。これならキーリの隠密性は相当頼りに出来る。
「で、その後のキーリの行動は?」
「うん、えっと……。」
魔獣政策の事実を知ったキーリ。そんなことをしている国が許せなかった。だからなんとかして潰してやろうと考えたという。
彼女は十六夜の洞窟の魔法印を消してしまえばいいんだと画策した。依頼を遂行中という理由にかこつけて、早速キーリは十六夜の洞窟へ戻った。だがいざ現地についたら、何をどうすればいいのかわからなくなったという。まあ魔法印の仕組みが分からない以上、しょうがない。
そこでキーリは魔法印に刺さっているオリハルコンを片っ端から抜いてみた。魔獣が転送されていた魔法印の上におけば消せるかもと考え、オリハルコンを一所懸命、転送印の上に運んだらしい。そしたら予想通り、急に消えてしまったのだとキーリが教えてくれた。
「理由はよくわからない。ごめん。」
「それは俺が補足しよう。予想だけどね。」
命令付与印、召喚印に使われているオリハルコンを抜いて、転送印の上に集めた。転送印の上に置いた事により、複数のオリハルコンがなんらかの相互作用を起こして転送の行き先が地球になった。細かい原因はわからないが大筋は大体こんなところだろう。
「なるほど、納得。アキ凄い。」
「ありがと。それでキーリはその後王家を潰して回ろうとしたわけだね?」
キーリがそうだと頷く。
魔獣政策を施行しているのが王族という事はわかっている。だから王族を消せばいいのではという結論に達したのだとキーリが呟く。
「でも本当にそれで正しいのかわからなくて迷っていたんだね。」
「うん……。なんでわかった?」
不思議そうに尋ねてくるキーリ。
「キーリの交渉術、そして隠密能力は本当に凄い。屋敷に忍び込んで王族襲撃を唆したんだから。だからこそ襲撃計画の稚拙さが不思議だった。ちょっと考えればすぐにわかったよ。」
キーリの性格や考えを推測するに到った要素を教えてやる。黙ってアキの話を聞いていたキーリは「なるほど」と納得したような声を上げる。
そして実際に今日キーリと話してわかった事も沢山ある。
「そうなの?例えば?」
「まずキーリは偽名だよね。多分、人を斬る、きる、キーリかな?」
「うそ……なんでわかった。」
キーリは驚いているようだが、なんとなくこの子の性格からしてそんな気がしただけだ。ただの語呂合わせ。深く考えずに思いついた名前を使っただけだろう。
「キーリと話してたらそうだろうなって。他にもわかった事はあるぞ。キーリは女の子でしょ?無理して男っぽい話し方してる。」
不自然な男言葉を使おうとしていたし、一人称を使うのを出来るだけ避けていた。実際使った際は、俺と私を言い間違えそうにもなっていた。それに女とバレないように単語単語を言うだけの話し方からも推測出来る。まあこの話し方はどうやらこの子の性格ぽいので、演技している言う訳ではなさそうだが。
「むぅ……見抜かれたの悔しい。」
「だから、俺の前では気楽にするといい。誰にも言わないから心配するな。」
声色でちょっと拗ねているのがわかる。
「わかった……。でも私の本当の名前……聞かないの?」
「キーリが言いたくなったら教えてくれ。」
「うん、ありがと。そうする。」
無理に聞き出そうとは思わない。ただ確認しておきたい事はある。
「名前を言えとは言わないけど、合っているかどうか教えて欲しい。今から2つ質問する。俺のこれからの行動に関わってくるからね。」
「そういう事ならいい。なんでも聞いて。」
アキは早速、ミルナ達の目的にも繋がるであろう重要な事をキーリに問う。
「キーリの本当の名はイリア?」
「違う。イリアじゃない。」
即答。声色からも嘘は言ってないとわかる。まあ予想通りなので、続けて2つ目の質問をする。
「イリアという人物を知っている?」
「名前だけは聞いた。私の依頼の前任者。」
キーリ曰く、十六夜の洞窟の依頼を受ける際、協会の支部長と受付嬢が「未達成の依頼で前任者がイリア」だと話をしているのを耳にしたのだという。イリアから長期間報告がないので、未達成扱いにして新しい冒険者を手配するのだと言っていたらしい。
「私、影薄いから。いてもあまり気づかれない。」
キーリが盗み聞きしたと言うよりは、誰もいないと思った協会職員が公共の場でうっかり話をしていたと言った感じのようだ。
とりあえずこれでイリアが受けた依頼はサルマリアで確定した。アキ達の次の行き先はサルマリアで決定だ。後は依頼主がサルマリア冒険者協会支部なのか王家なのか。
「依頼は協会から?王家から?」
「……?どういう意味?」
キーリは意味が分からないと首を傾げる。どうやら依頼を受けた際、依頼主までは聞いていないらしい。というよりもしかしたら教えてもらえないのかもしれない。指名依頼は基本的に協会を通して発行される。国家発行の物も例外ではない。通常ならそこから依頼主に直接会って依頼確認をするが、王家の場合はその限りではないのだろう。もしかしたら国家発行の指名依頼は依頼主を隠蔽して協会のものとして発行されるのかもしれない。今度ベルに聞いてみるとしよう。
「わからないなら大丈夫、こっちで調べる。」
一先ずベルに確認した上で、セシルの母親からの返事を待ってどう動くか決める必要がありそうだ。それによってサルマリアでの行動が変わってくる。しかし調べれば調べる程冒険者協会は何か隠していそうな気がしてくる。
「冒険者協会はなんかきな臭いな。」
「うん、私もそう思う。」
「俺の動きはその手紙の返事が来てから決めるよ。」
キーリもアキに同意らしく、問題ないと頷いてくれた。
そしてミルナ達にもこの話は共有しておこう。キーリの話を聞いてそう思った。黒幕がイリアでないと確定した以上、彼女達にも話しておくべきだ。話しておくことで余計な混乱や不安を招くことはないだろう。ミルナ達が冷静さを失うような情報だったら隠すが、そうでない限りは全て共有しておくべきだ。知っていればこんな悲劇は起こらなかったのに……というフラグは回避しなければならない。アキが情報を隠蔽したせいで状況が悪化するなんて事はあってはならない。
いつどうやってミルナ達に話すかはまた考えよう。今はキーリとの話が先だ。
「そういやキーリってまだ冒険者?」
「ううん、もう剥奪されているはず。」
Aランクの冒険者だったが「依頼放棄します」と違約金も何も払わず、書置きだけして逃げてきたらしい。そんな事せずに放置して出てくれば、イリアのように未報告扱いで冒険者証はしばらく維持出来たのに真面目な子だなと苦笑する。まあキーリ曰く、そんな犯罪抑制制度に利用されるのは嫌だったので冒険者に未練は1ミリもないそうだ。
「俺としても影として動いてもらうには好都合だな。ちなみにお金はある?」
「あ、あんまりない……。」
「よし、なら話は早い。ちょっと姿見せてくれ。」
アキがそう言うと、ベランダの影から外套を深くかぶったキーリが姿を見せてくれる。ちょっと待っていろとキーリに伝え、部屋の中にある物を取りに行く。
「はい、これ活動資金。」
キーリにあげる為にと用意しておいた麻袋を彼女に渡す。
「……・?」
キーリは首を傾げつつも黙って麻袋を受け取り、中身を確認する。白金貨を2枚程入れておいた。
「ダ、ダメ。こ、こんなにいらない。」
キーリが戸惑いながら白金貨が入った袋を突き返してくる。
「いいから持ってろ。金はあっても困らない。ちゃんと食べてベッドで寝てるか?無理してないか?協力者である以上、キーリには規則正しく生活してもらうからな。」
「で、でも……。」
「あとこのレスミアで屋敷を調達しておくから、ここにいる間はそこに住め。」
どのみちミレーにも頻繁に来ることになる。誰かに住んで貰えるのであれば埃も溜まらないしアキとしても都合がいい。キーリは掃除も家事も出来るそうなので問題ないだろう。
「うん……。ありがと、アキ。」
「お腹空いてないか?」
「……だ、大丈夫。」
キーリが我慢してるのは丸分かりなので、再度待っていろと伝え、キッチンで簡単な夜食を用意してくる。途中アリアとすれ違い「どうしたんですか?」と心配されたが、小腹が空いたと言ったら納得してくれた。普段から自分で料理をしているからアリアも気にならなかったのだろう。
「簡単なものだけど食べなさい。」
アキがパンとスープを差し出すと、キーリは相当お腹がすいていたのか一気に平らげた。やはり影で生活している上、金もないからあまり食事も満足にとれていないのだろう。
「温かい。心がぽかぽかして落ち着く。」
「いつでもおいで、ご飯くらいこっそり作ってやるから。」
キーリの表情は外套でよく見えないが、少し微笑んでくれた気がした。
「あとキーリの得物は剣?」
「うん、短剣も使う。」
「ならちょうどいい、これもやるから使え。」
ガランから定期的に貰っている短剣を1対キーリに渡しておく。キーリは早速短剣を鞘から抜くと、刀身をまじまじと見つめている。まさかこんな輝く刀身が出てるとは思わなかったのか、唖然としているようだ。
「こ、こんな武器……初めて見る。」
エリスやエアル達も似たような反応してたなと苦笑する。女の子が剣を見て喜ぶ姿はやはり異様だが、やはり冒険者はレベルの高い武器に憧れるものなのだろうか。まあ地球でこんなプレゼントを女性に渡したら「なにこいつ、正気?」的な評価を頂く事になるだろうし、きっとこの世界特有の事なのかもしれない。
「俺の世界の知識がで作った。俺の影として動くなら必要だ。剣の方も用意するからちょっと見せてくれないか?」
「うん。アキにならいい。」
キーリは素直に自分の得物を手渡してくれた。自分の武器を抵抗なく渡してくれる程度には信頼されているようだ。アキは早速キーリの剣を確認する。エアルやエリスのよりは少し短くて軽い。彼女は小柄なのでこれくらいの方がいいのだろう。
「ありがとう。明後日までに剣と屋敷を用意しておくから、また来て。」
キーリに剣を返し、次の逢引きの予定を伝えておく。
「いっぱいありがと。私頑張る。アキの為に頑張る。まかせて。」
「ああ、期待してる。」
「……誰か来る。アキ、またね。」
キーリはそれだけ言うと、一瞬で姿を消す。
この隠密能力は本当に良い武器になる。アキとしてはこんな最高の影と協力出来た事が何よりの収穫だ。自分を頑張って刺した甲斐がある。
しかし誰か来るって事は……その頑張りの代償も支払う事になりそうだ。




