実の所、精一杯なのさ
天上に輝く白い月。雲ひとつ無い夜空には数多の星々がちりばめられて、不安げに瞬いている。
民家からは遠く、遠くにオレンジ色の明かりが見える。
ここは草原のような場所だった。
おそらくは去年耕して、休ませている畑なのだろう。
生い茂る草の匂い。冷たい夜風。けれど虫の声は息を潜めて隠れているのか、聞こえない。
暗い夜の光の中で、カノンの肌はいつもよりも白く、そして濃い影を作り出している。
けれどそれだけではない異質な、恐怖を感じさせるような夜の闇よりも深く黒々とした、本能に訴えかける恐ろしさがカノンから放たれていた。
けれどレンヤはそれに臆することなく、カノンを見返す。
「それで、お話とは?」
それにカノンは拍子抜けしてしまう。
一応カノンは今、“魔王”として今レンヤに対峙しているのだ。
なのにレンヤは相変わらず穏やかに微笑んだままである。
「……僕が怖くないのか?」
「……貴方はルカの祖父に当たります。恐れる事は何も無い」
カノンがルカの祖父だから、自分には危害を加える事は無いと?。
確かにカノンはルカが好いているこの人間、レンヤをどうこうして、ルカを悲しませたくない。
けれど引っかかるのだ。
“敵”と思える感覚は今は無いが、よくよく考えればあれだけの魔力を人間ごときがどうこうできるのだろうか。
考えれば考えるほど、レンヤに対して疑念を抱く。
目の前のレオンに似た金の髪、昼の明るい空、その蒼穹を映したような青い瞳。
吸い込まれそうに高く深く、底が見えない。
魔族とまったく正反対の生き物。人間という“光の眷属”。
そう考えてカノンの胸はずきりと痛んだ。
レオンは人間でカノンとは違う生き物なのだ。
そして人間は本来なら敵なのだ。カノンにとってどれ程弱く頼りない存在であったとしても。
けれどそれを恋人だと公言する孫のルカ。
何という事だ、駄目だと思う反面、カノンは羨望に似た思いを抱いていた。
そしてその時代には、懸念される危険は確かにあるとはいえ、人と魔族が共に生きていける可能性が示唆されている。
そして呪いも違うものに変わっているという。
きっと、もう、カノンは本当にレオンが大切なのなら、離れなければならない時期に来ているのだろう。
満月の夜に、作り上げた首飾りで完全に防げるという補償は何処にも無い。
レオンを傷つけたくないのなら、確実に守りたいならは離れなければならない。
分かっている、そんな事。
でも、もう、無理なのだ。
「大丈夫ですよ」
まるでカノンの心を読んだかのように、レンヤが告げてはっとカノンは顔を上げる。
レンヤは笑っていた。それも優しげに。
「貴方がそれを望み、手に入れたいと思う限り、貴方は囚われたままで逃げられない」
「……何のことだ」
「欲しいのでしょう? “レオン”が」
「! 別に欲しくなんか無い! ……一緒にいられれば、それで良い」
そう、カノンはそれ以上望んでいない。
ただ自分の隣にレオンがいて、微笑んでくれて、時に冗談を言ったりし、喧嘩したり、レオンがカノンの事を想ってくれて、そんなささやかな物が欲しいだけ。
大それたものを望んでいるわけではない。
なのに、こんなに胸がざわめくのは何故なのだろう。
「きっとすぐに分かりますよ、その意味が」
「……さっきから心を読まれているようだ」
その言葉に、レンヤは噴出して笑う。
それがとても表情豊かで、カノンは敵には思えなくて、疑念すら吹き飛んで、頬を膨らました。
「……失礼な」
「いえ、さっきから百面相をしていて、何を考えているのか丸わかりでしたから」
「! そんな事無い!」
「レオンを想う時の表情とか、後はルカが何かを考えている時と表情が同じなのです」
「……それはそっくりだろう。あの子は僕の血を引く魔王なのだから」
「ええ、本当に良く似ています。性格も」
「だがその程度の事で、全部分かるなんて、どれだけルカの事が……」
言いかけて、カノンは黙った。
だって分かってしまったから。
レンヤがどれ程ルカの事を想って、どれ程ルカを見ていたのかを。
好きなのだ。
レオンが以前カノンに告げたあのように強くて重くて、けれど、とても魅力的なあの想いを。
「……なんで、そんなにルカの事が好きなのだ?」
「……ルカは、俺に希望をくれたのです。そして、ルカが俺の全てになった。あの時、もしもルカが手を差し伸べてくれなかったのなら、俺達の関係も違ったものになっていたでしょう。でも、それでも俺はルカに恋をして、愛して、きっと恋人同士であったと確信しています」
真っ直ぐに、レンヤはカノンを見て迷いなく言い切った。
それがカノンにはとても眩しく見えて、目を細める。
だからだ。
「……もしも、ルカが助けてくれなくても、レンヤ、お前はルカの隣に自分はいたと思うか?」
「ええ。ルカが隣にいない自分なんて考えられません。俺は完璧な人間ではないから、だから、ルカと手を繋げるのだと思っています」
「なるほど、自分に足りない部分をルカが持っていると、そして……」
きっとルカ自身も自分に足りないものを、レンヤが補っているそう思っているのだろう。
あれほど中むつまじいのだから。
二人で一つ。
そう、二人で一つ。
ならばカノンの片割れは誰になるのだろうと考えて、レオンの顔がカノンの頭に浮かんできて、もう駄目かもしれないとカノンは思った。
そして今のレンヤの話を聞いて少しだけ希望を見出した。
もう人とか魔族とか色々な言い訳をしても抑えられない。
好き、レオンが好き。大好き。傍にいたい。傍にいて欲しい。
でもカノンはまだ声に出して言う勇気なんてなくて。
それに、それを言うにはカノンは自分が魔王だと告げなければならない。
でも、期待はしても良いのだと少しだけ前向きになれたから、カノンは今はそれで良いと思う。
「……戻りましょう、風邪をひいても困りますから」
「……一応お前の事は認めておいてやる。……さっきの話しは参考になった、ありがとう」
それにレンヤは微笑んで、どういたしましてと答えたのだった。
お気に入り、評価ありがとうございます。とても励みになります。
次の更新は本日14:00です。よろしくお願いいたします。




