お約束
薄暗い暗闇の中、カノンの息づかいがやけに生々しく聞こえる。
窓から降り注ぐ白い光が、カノンの銀の髪を柔らかく包み込むように輝かせ、解き折る淡い桜色や水色に色を変える。
雲一つ無い紺色の空には、金色の満月が煌々と輝いていた。
カノンの両目と同じ色の満月が。
「レオン……レオン……」
すがるように、レオンの名を呼びながら服を掴み、抱きつくカノン。
そんな幼子のように甘えるカノンを、困ったようにレオンは抱きしめて頭を撫ぜた。
それが気持ち良かったのか、ふにゃと笑って、カノンはレオンの胸に顔をこすり付けてくる。
レオンは本当に困ってしまう。
甘えられるのは良い。
カノンが幸せそうなのも良い。
でもこれは、レオンの忍耐に対して残酷だ。
――俺、何もしていないぞ?。
普通に、レオンが泊まっている一人部屋に連れて来られて、くどくどと道徳観についてお説教をされていただけだ。
神妙な面持ちで、レオンは聞いているふりをして考えていた事といえば、カノンの唇はふっくらして柔らかかったな、とか、何処であんなキス覚えたんだろうと不安になって、カノンの首筋にキスしたらどんな反応をするかなとか、カノンって結構きめ細かくてさわり心地が良い肌をしているよなとか、やましい事ばかりだったのだが。
だって得意げに延々と説教をするカノンが可愛いから仕方が無いじゃないか、とレオンは思う。
その説教に熱が入り過ぎていたらしく気が付くと日が沈み、カノンが突然自分の体を庇うように抱きしめる。
「しまった……」
カノンが焦ったように、部屋から出て行こうとして、へたりと床に座り込む。
それでも這いずるようにドアへと向うカノンにレオンは手を貸そうとして、カノンの手を掴んだ。
「ひゃん!」
やけに甘い声を上げて、カノンがレオンから手を引く。
繰り返すようだが、レオンはカノンの手を握っただけである。
「カノン、体調が悪いのか? 俺の手が冷たかったから驚いたみたいだけど、それならベッドまで運ぼうか?」
それにカノンは答えず俯いたまま、小さく小刻みに体を震わせている。
仕方が無いので、レオンはカノンの腰と足に手を回し、持ち上げようとする。
「やだ……触らないで……」
「少し我慢してく……」
触れた瞬間びくんと体を震わせて拒絶するカノン。
けれどいつまでも床に転がしておくわけにもいかないとレオンは思う。
なので強引に抱き上げたわけだが、不安そうに見上げるカノンの双眸は両方とも金色に輝いている。
魔物としての力が強くなっているのか?。
何故と思って、レオンは先ほど聞いた話を思い出した。
――今日は満月だからもしかしたなら、カノンカースは貴方に食べられに来るかもしれない、気を付けて――
レオンに対して気を付けて、と言っているにしては変な言い回しだと思ったのだ。
満月の夜は魔物の活動が活発になり、特に人型の魔物は好きな相手を貪ろうとするという。
だが、これはどういうことだ?。
上気した頬に、レオンを見つめる潤んだ瞳、敏感な体。
レオンに襲ってくれと言わんばかりではないか。
しかも、抱き上げれば大人しくして、レオンに顔を擦り付けて何処か心地良さげである。
金色の両目をトランやイオ達に見せない方が良いだろう、そもそもカノンはばれていないと思っているし、それに、こんな可愛いカノンを独り占めしたいとレオンは考えた。
一番最後の感情が一番強かった気がするが、それは良いとしてレオンはそのままカノンをベッドに寝かせ、靴を脱がしてやる。
「レオン?」
舌足らずな甘い声で、不思議そうにレオンの名を呼ぶカノン。
どうも意志が曖昧に、混濁しているようだった。
けれどその瞳はレオンをとても愛おしそうに見ている。
「レオン……レオン……」
すがるように、レオンの名を呼びながら服を掴み、抱きつくカノン。
月の光の中で、こんな綺麗な生き物が存在するのだろうかというくらいに、カノンは儚くも、けれど柔らかく鮮烈な存在感を示していた。
こんなカノンを見ればきっと誰だって恋に落ちてしまう。
そう思って、レオンは甘えるカノンを誰にも渡すものかという思いと、このまま襲うわけにはいかない、そもそもここには止める人間がいないという二重の感情で、困ったようにレオンは抱きしめて頭を撫ぜた。
それが気持ち良かったのか、ふにゃと笑って、カノンはレオンの胸に顔をこすり付けてくる。
レオンは本当に困ってしまう。
このままその吸い付くような柔らかい肌を味わい、カノンに啼いて欲しい。
レオンが与えるそれにカノンが応えてくれたなら、どれ程素晴らしい事かと思う。
大好きだ、カノン。
だから、レオンは一線を越えられない。
とても大切で愛おしくて、長い間ずっと温めてきた想いだから。
こんなカノンの意志が無い状態で、カノンを手に入れたくは無い。
レオンは我侭だから。
きちんとカノンに好きといってもらえるまで、レオンが欲しいと言って貰えるまで、それまでは絶対にしない。
そしてその代わりと言うかのように、レオンはカノンを抱きしめたままベッドに横になる。
今日は一日中カノンを抱きしめていようと思った。
そしてカノンは、抱きしめるだけでは不満そうにレオンを見上げる。
そんなカノンにレオンは軽く一回キスをして、
「もう少しだけ、我慢してくれ。俺は、カノンの事を愛しているから、だから、こんな形ではしたくないから」
その言葉に、カノンは躊躇するように瞳を揺らして閉じる。
その代わりとでも言うかのようにレオンに体を密着させて。
そんな様子にレオンは、がんばるんだ俺、と繰り返し唱えながらいつしか眠ってしまう。
そんなカノンが、レオンに抱きしめられている事に気づいて悲鳴を上げそうになるのは、次の日の朝の事だった。
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