現実からは逃げられない
帰りには一方通行方の転送陣が用意されており、意外に楽に戻れたのは良かった。
まだ日付の変わらない深夜。
ホーリィロウのようにお金の余裕が無いので、部屋をキープ出来なかったカノン達だが、どうにか眠そうな宿の女将さんに頼み込んで泊めてもらえることになった。
「空いているのは三人部屋と、一人部屋だって」
四人部屋は満杯なのだと、カノンがレオン達の報告をすると、
「ようし、網だくじで決めよう!」
そしてレオンが一人部屋に決まった。
「イオと同室……」
先ほどの件がトラウマになっているのか、見るからに重い空気のカノンがしくしくと三人部屋に入っていった。
レオンは代わってやりたいのは山々だったが、それでは細工をした意味がなくなるので仕方なくそれを見送った。
「……イオのあの性癖ってどれくらいで収まるんだ?」
こそこそとレオンがトランに聞くと、トランは困ったように、
「……普通はその時で終了なんだが、物凄く気に入ってしまったりすると、目的を果たすまで追い掛け回す傾向が」
「あんまり、カノンを苛めないでくれ」
「……一応俺も、イオを止めるようにはする」
そう、背中におぶったイオを優しく見やる。
かの魔族の城でキスして、そのままなし崩しで気絶および眠ってしまったイオ。
どんなに気丈に振舞っていたとしても、やはり不安は大きかったのだろう。
「それじゃあ、お疲れ」
「ああ、お疲れ」
そうお互いに言い合って分かれる。レオンの部屋は一つ上の階だった。
だから、都合が良い。
「さてと、ホーリィロウにと少し話をしてくるか」
レオンが疲れているので寝たいのは山々なのだが、これは話しておくべきだろう。
「“未来の魔王”に予知能力ね」
何だか体が疼く。
「満月が近いからかな……」
頬を赤らめて、疼く体を自身の手で抱きしめるようにカノンは横に向きになる。
背筋がぞくぞくする。
「……今まではこんなじゃなかった気がする」
もっと、喰らい尽くしてしまいそうな破壊したい衝動だ。
元々多少は自制出来ていたし、父の恋人である人間のレイルは嫌いであるけれど父の恋人なので恋愛的な意味では無く、好きになろうとしていたかいがあって幾らかはその衝動を覚え始めて最近ちょっと不味いかな、と思っていたりもしたのだが。
そのたびに、父にレイルがのしかかっているのを何となく感じ取り、乱入するごとに、バナナの皮で引っ掛けられたあの痛みを思い出して今まで耐えてきた。
普通に一緒にいるのはまだ良いのだが、あれはいけない気がするのだ。
よく分からないけれどカノンはそう感じたので、できる限り邪魔をする。
それは良いとして、この疼きは一体なんだろう。
体が熱くて頭がくらくらして……疲れているのもあるだろうけれど、何となく肌に直接触れて欲しいような。
そう思って先ほどレオンに触れられたことをカノンは思い出した。
やけに優しく、何処か陶酔したように瞳で、カノンに誘惑してと責めながら触れたレオン。
その甘さを感じる声を思い出して、カノンは焦った。
焦ってベッドの枕に顔を埋めて、シーツをぎゅっと握ってしばらくその状態で顔をぐりぐりと枕に押し付ける。
そこでこの部屋には他にも二人がいることを思い出してちらりとその二人を見やると、一つのベッドにイオとトランが寝ていた。
一つベッド要らないじゃん。
「馬鹿みたいだ……」
カノンがどきどきするのは、いつもレオンのせい。
心が乱されるのはレオンのせい。
この不安は、レオンを自分だけの物にしてしまえばなくなるだろうか。
でもカノンは仲間達といるレオンが好きで。今の関係の中でのレオンも大好きで。
「わけがわからない」
疲れている時に考えるものではないなと思って、カノンは再び目を閉じる。
そこで部屋の戸が静かに開いた。
カノンは条件反射で寝たふりをする。
すぐ傍に人の気配を感じて、甘い香りがする。レオンだ。
レオンの気配はカノンの顔のすぐ傍まで来て、唇に生暖かいものが触れた。
起きている時に自分からするのも、されるのも慣れてきた気がするのに。
なのに眠っている時に触れてくるとか。今までもそうだったのだろうか。
キスは親愛の証。
“幼馴染”だから当然で、だから恋愛なはずは無くて……でもこれではまるで恋愛だとカノンは錯覚してしまいそうになる。
そしてそうであったら良いのにと思っている自分がいる事に、カノンは気付いた。
そんなはず無い、無いから、ないない。ない。無くて……ええっと。
がんばって否定しようとする先から、正直になってしまえ、と言葉が浮かんできて、けれどああそうか、きっと満月が近くて、疲れているからこんな気持ちになるのだと繰り返し考えて……嘘、本当はと、溢れてくる考えを必死に押さえ込む。
そんなカノンの心中も知らずに、唇を放したレオンがカノンに囁いた。
「カノン、愛してる……」
カノンは、もう駄目だと思った。
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