↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/15

この世界でも人間は変わらない

「余所者なら金を出せ」


男が手を差し出した。


カイルはその手を見下ろした。


胼胝。


指の関節にある小さな傷。


剣を多く握った手だった。


視線を少し上げた。


革の鎧。


腰の剣。


鎧の左胸に結ばれた赤い布切れ。


男の両脇に立つ二人にも同じ布切れがあった。


衛兵ではないようだった。


カイルは黙って目の前の男に集中した。


【観察】


半透明の画面が浮かんだ。


【ブラン】


種族 : 人間

年齢 : 31

職業 : 傭兵


Lv.9


筋力 : 22

体力 : 20

敏捷 : 18

感覚 : 16

魔力 : 2


状態 : 退屈 / 警戒


カイルの視線が筋力で止まった。


22。


自分は7。


(殴られたらかなり痛そうだな)


両脇の傭兵たちも調べた。


レベル7。


レベル8。


三人とも自分よりはるかに強かった。


カイルは戦うという選択肢をすぐに消した。


「いくらですか」


ブランがにやりと笑った。


「話が早いな」


「いくらかと聞いています」


「余所者は銀貨2枚」


カイルはヘルンを見た。


ヘルンの表情が強張っていた。


「いつから余所者から通行料を取るようになったんだ」


ブランが顔を向けた。


「ヘルンのおっさん」


「聞いてるだろう」


「最近周りが物騒じゃないですか」


「それで?」


「警備代です」


ヘルンが呆れた笑いを漏らした。


「衛兵隊が別にいるだろうが」


ブランの表情がほんの少し変わった。


「俺たちの方があいつらより走り回ってますよ」


口調は軽かった。


だがカイルはその短い反応を見逃さなかった。


(衛兵隊と仲が悪いのか)


とりあえず覚えておいた。


ブランが再びカイルを見た。


「で、金は?」


「ありません」


ブランが目を瞬かせた。


「ない?」


「はい」


「なら入れない」


「それは困ります」


「知ったこっちゃない」


カイルはしばらく考えた。


金。


身分。


人脈。


何もない。


前世だったら数言で片がついたことだ。


どの機関の管轄か確認する。


規定があるか見る。


担当者を呼ぶ。


それでも解決しなければその上の人間に連絡する。


だが今は。


そのすべてがなかった。


残っているのは口だけだった。


カイルが尋ねた。


「この通行料は誰が決めたんですか」


ブランの眉が上がった。


「は?」


「村の規則ですか」


「なぜだ」


「規則なら理解します」


ブランがせせら笑った。


「金もないくせに」


「それとこれとは別の話です」


カイルが冷静に言った。


「誰が決めた規則なのかを聞いています」


ブランの笑いが少し減った。


「口が達者だな」


カイルは止まらなかった。


「村長が決めましたか」


答えがなかった。


「それともセルバン伯爵家からの命令ですか」


ブランの表情が強張った。


それで十分だった。


カイルはうなずいた。


「どちらでもないんですね」


ブランの隣の傭兵の一人が思わず笑った。


ブランがそちらをにらむと笑いはすぐに消えた。


カイルはそこまで目に入れた。


(序列ははっきりしてるな)


そしてもう一つ。


村長でもない。


伯爵家でもない。


だとすれば自分たちで作った規則だ。


見覚えがあった。


公式な権限はないが現場で力を持っているため人々が従う構造。


前世でもそういう人間や組織はいくらでもあった。


肩書きより実際の影響力の方が大きい存在たち。


形が違うだけだった。


「では」


カイルが言った。


「税金ではないですね」


ブランの目が細くなった。


「何だと?」


「村が徴収する金でも領主が徴収する金でもないんですから」


「それで?」


「単にあなたたちが受け取っている金だという意味です」


ヘルンが小さく息を吸い込んだ。


「カイル」


やめろという意味だった。


カイルもわかっていた。


だが相手の反応から必要な答えはもう得ていた。


ブランが一歩近づいた。


「初めて来た奴なら初めて来た奴らしく大人しくしてる方がいいぞ」


カイルは彼の剣の柄を一度見てから、また顔を見た。


「助言はありがたく」


「表情はあまりありがたそうに見えないが」


「元々こういう顔です」


隣の傭兵の一人が笑いを堪えた。


ブランはしばらくカイルを見下ろしていた。


「面白い奴だな」


カイルは内心思った。


(俺は全然面白くないんだが)


ヘルンが前に出た。


「もういいだろう」


ブランを見ながら言った。


「俺が連れてきた人間だ。今日はそのまま通してくれ」


ブランがヘルンを見た。


「おっさん」


「俺の顔を立ててくれ」


ブランはしばらく考えた。


カイルが口を開こうとすると、ヘルンが肘で脇腹を突いた。


「お前は黙ってろ」


「俺はまだ―」


「黙ってろ」


ブランがついに片側にどいた。


「いいでしょう」


そしてカイルを指差した。


「今日はヘルンのおっさんに免じて通してやる」


カイルはその言葉を聞いてもしばらく動かなかった。


ブランが付け加えた。


「あと村に入ったら余計なこと言って回るなよ」


カイルが尋ねた。


「余計なことの基準は何ですか」


ヘルンがすぐにカイルの腕をつかんだ。


「行くぞ」


「まだ話が―」


「行くんだ」


ヘルンが引っ張った。


カイルは力で抵抗できなかった。


筋力15の農夫にそのまま引きずられていった。


後ろにいた二人の傭兵の間から笑いが弾けた。


「ヘルンのおっさん!」


ブランが叫んだ。


ヘルンは振り返らなかった。


「そいつの口、ちょっと気をつけさせろ!」


「お前こそ口に気をつけろ!」


ヘルンが言い返した。


カイルは一瞬後ろを振り返った。


ブランはすでに村の入り口の方へ体を向けていた。


カイルはその顔を覚えておいた。


***


ラベルンはカイルが思っていたより大きかった。


家が200軒以上あるというヘルンの話は本当のようだった。


木と石を混ぜて作った建物が狭い道に沿って続いていた。


奥に入るほど人が増えていった。


子供たちが走り回っていた。


薪を運ぶ男。


籠を持つ女。


馬車を引く商人。


鎧を着た人間もちらほら見えた。


カイルの目は休まなかった。


市場。


鍛冶屋。


宿屋。


小さな神殿らしき建物。


そして少し離れた所には、周りよりずっと大きな二階建ての石造りの建物があった。


「あれは何ですか」


「村長の家」


ヘルンが答えた。


カイルが建物を眺めた。


「村で一番大きく見えますが」


「村長だからな」


門の前には槍を持った男が二人立っていた。


服装も統一されていた。


「あの人たちが衛兵隊ですか」


「そうだ」


カイルがうなずいた。


ちょうど通りかかった傭兵一人と衛兵が出くわした。


二人は挨拶をしなかった。


そのまますれ違った。


だが互いに通り過ぎた後も目は相手を追っていた。


カイルは歩調を少し緩めた。


(やっぱりな)


さっきブランが衛兵隊の話に見せた反応とつながった。


二人の間には何かある。


正確な理由はわからない。


今はそれで十分だった。


情報は先に積み上げておけばいい。


もう少し歩くと市場が現れた。


急に音が大きくなった。


「3個で銅貨4枚!」


「昨日は3枚だったろ!」


「だから昨日買うべきだったんだよ!」


品物の値段を巡って争う人。


果物の値段を値切る人。


客を奪ったと声を荒げる商人。


馬車が道を塞いだと悪態をつく人。


カイルはしばらくその光景を眺めた。


妙に見慣れていた。


その時、一人の商人が衛兵に近づくのが見えた。


数言交わすと小さな物を手に握らせた。


硬貨のように見えた。


衛兵は周囲を一度見回すと、自然に懐へ入れた。


カイルの口角がほんの少し上がった。


ヘルンが尋ねた。


「今度は何だ」


「何でもありません」


「その台詞、今日何回目だ」


カイルは市場を見回した。


服も違う。


建物も違う。


金も違う。


剣と魔法が存在する。


貴族もいる。


なのに。


人間のやることはあまりにも見慣れていた。


権力を持つ者は金を受け取り。


金を持つ者は権力を買う。


力を持つ者は規則より先に動く。


そして平凡な人々は不満を言いながらもその間で生きていく。


黒田総一郎が生涯見てきた世界だった。


カイルが小さく言った。


「人の住むところはどこも同じだな」


「何?」


「何でもありません」


ヘルンがため息をついた。


「記憶をなくしてから独り言が増えたな」


カイルは言い返さなかった。


むしろ少し気持ちが楽になった。


森では何もわからなかった。


ゴブリン一匹すら自分より強かった。


どこへ行けばいいのかもわからなかった。


だがここには人間がいた。


人間が集まれば組織ができる。


組織ができれば利害関係ができる。


利害関係ができる瞬間。


それは自分の知る世界だった。


カイルは初めて思った。


(もしかしたら生きていけるかもしれない)


***


ヘルンと市場の端を通り過ぎていた時だった。


「おい」


聞き覚えのある声。


カイルが振り返った。


ブランだった。


村の入り口で一緒にいた二人の傭兵も脇にいた。


ヘルンの顔が強張った。


「また何だ」


ブランはヘルンには答えなかった。


カイルだけを見つめていた。


「さっきはヘルンのおっさんに免じてそのまま通してやったが」


ブランがゆっくりと近づいてきた。


「考えれば考えるほどお前の口の利き方が引っかかってな」


カイルが目を細めた。


「口の利き方が気に入らなくて戻ってきたんですか」


「そうだ」


ブランが笑った。


「誰の前で口を叩いてるのか、少し教えてやらなきゃいけないと思ってな」


ヘルンが前に出た。


「ブラン」


「おっさんは今回は引っ込んでてくれ」


ブランはカイルから目を離さなかった。


「村の中でもそういう口を利いて回られたら困るんだよ」


カイルはブランを見つめた。


恐怖より先に苛立ちが込み上げた。


見覚えのある種類の人間だった。


小さな権力を手にした後。


その権力を軽んじられることを何より我慢できない人間。


カイルが前へ一歩出た。


ブランの口角が上がった。


「何だ」


カイルが言った。


「さっきの話がまだ終わっていない気がしたので」


ブランの顔から笑みが消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。