裏切りには理由が必要だ
「あの人にはかなり不満があるようですが」
森が静かになった。
ボルトの目が大きくなった。
テルンがボルトを見た。
そして。
バルクがゆっくりと顔を向けた。
「何?」
カイルは答えなかった。
代わりにボルトを見た。
さっきまで苛立ちに満ちていた顔。
今は違った。
動揺していた。
正確に刺した。
問題は。
どこを刺したのか自分でも分からないことだった。
【不満】
システムが教えてくれたのはそれだけだった。
理由はなかった。
カイルは思った。
(探さなければ)
ここからは自分の仕事だった。
バルクがカイルの胸元を掴み上げた。
「何言ってんだって聞いたんだよ」
カイルの体が前に引き寄せられた。
刃が近かった。
カイルはバルクの目を見た。
「私が間違っていますか」
「何?」
「二人があなたに何の不満もないと言うんですか」
バルクが呆れたように笑った。
「当然だろ」
早すぎた。
カイルはその答えを頭から消した。
本人に聞いても意味がない。
カイルはボルトを見た。
「そうだそうです」
「何?」
「あなたもそう思いますか」
「急に何言ってんだ」
「何の不満もないのかと聞いています」
ボルトが口を開いた。
「な――」
一瞬。
本当に短い間だった。
だがカイルは見た。
ボルトの視線がバルクに向いた。
それからようやく答えが出た。
「ない」
カイルの口角がほんの少し上がった。
(一つ)
不満がないという人間は、答える前に上司の表情を確認する。
いい兆候だった。
テルンはカイルと目を合わせようともしなかった。
(二つ)
バルクがカイルを押した。
「ふざけるのはもう終わりだ」
「私もそうしたいです」
「じゃあ黙って死ね」
「でも、おかしいので」
バルクの顔が歪んだ。
「今度は何だ」
カイルはわざと周りを一度見回した。
そして言った。
「食べ物が足りないと言っていましたよね」
三人の表情がわずかに変わった。
(反応する)
カイルは続けた。
「さっきドルマンさんが言っていました」
「兄貴の名前をむやみに呼ぶな」
「最近食べ物も足りないと」
カイルはボルトを見た。
「あなたも腹が空いているように見えますし」
ボルトの表情が固まった。
【空腹】
ステータス画面で見た情報だった。
だがボルトはその事実を知るはずがない。
「何言ってんだ」
「さっきからずっと口を舐めていましたので」
カイルは平然と理由をこしらえた。
ボルトが口をつぐんだ。
人は自分が見抜かれた理由に納得すると。
その裏に何があるかはあまり疑わない。
カイルが言った。
「盗みをしているのに、食べ物が足りない」
バルクの目が冷たくなった。
「それで?」
「おかしくありませんか」
「最近は物が貴重なんだよ」
「それは知っています」
カイルは言った。
「ラベルンでも物の値段が上がっているようですね」
テルンが初めてカイルをまっすぐ見た。
「村も?」
「はい」
「どれくらい」
バルクが怒鳴った。
「テルン」
テルンが口をつぐんだ。
カイルはその様子を見ながら思った。
(食べ物)
三人全員にとって重要な問題だ。
だがそれだけでは、バルクへの不満は説明できない。
理由を探さなければならない。
直接聞けば隠す。
それなら。
間違った答えを先に投げればいい。
人は質問には嘘をついても。
自分の知っていることと違う話を聞くと、正したくなる。
韓再国はそういう人間を数え切れないほど相手にしてきた。
カイルが言った。
「それなら理解しました」
ボルトが聞いた。
「何を」
「あなたたちが怒っている理由」
ボルトの表情が固まった。
カイルは何でもないように言った。
「ドルマンさんがきちんと分配していないようですね」
バルクがすぐに言った。
「ふざけたことを言うな」
ボルトも顔をしかめた。
「兄貴はちゃんと分けてる」
カイルは内心笑った。
(違うか)
ドルマンではない。
可能性が一つ消えた。
カイルは首をかしげた。
「それではバルクが?」
静寂。
今度は。
誰もすぐには答えなかった。
カイルの目つきが変わった。
(ここだな)
バルクが剣を抜いた。
「この野郎が」
「待って」
ボルトだった。
バルクが顔を向けた。
「何」
「あいつが何を知ってて言ってるのか、聞くだけ聞いてみようぜ」
「何を聞くんだ!」
「さっきラベルンから来たって言ってたろ」
「それで?」
「何か聞いたかもしれないじゃないか」
バルクの顔が固まった。
カイルはボルトを見た。
【関係感知】
ボルト → バルク
【不満】
依然としてそれだけだった。
理由も。
強さも。
どれくらい前からの感情かも出てこなかった。
だが今はもう関係なかった。
方向は見つけた。
金。
食糧。
あるいは両方。
正確には。
分配。
カイルが言った。
「私が間違っていたら言ってください」
バルクがカイルを睨んだ。
「お前は何も知らないだろ」
「そうです」
カイルは素直に認めた。
バルクが一瞬言葉を失った。
「何?」
「何も知りません」
カイルは笑った。
「だから見ているんです」
ボルトの表情が妙になった。
テルンも同じだった。
カイルは続けた。
「私がドルマンさんの名前を出した時は、二人ともすぐに違うと言いました」
バルクの顔が固まった。
「なのに」
カイルがバルクを見た。
「あなたの名前が出たら、誰も違うと言いませんでしたね」
ボルトの顔から表情が消えた。
テルンが唾を飲んだ。
バルクが一歩近づいた。
「黙れ」
カイルは引かなかった。
引く場所もなかった。
「どれくらい抜きましたか」
「何?」
「金ですか」
カイルはボルトを見た。
特に反応はない。
「食糧?」
テルンの目が動いた。
(食糧)
カイルはすぐに続けた。
「それとも両方?」
今度はボルトの顎が固まった。
カイルはその反応を記憶した。
確定はできない。
だが少なくとも。
二人はすでに似たような疑いを持ったことがある。
バルクがカイルの胸元を掴んだ。
「死にたいのか」
「さっきから殺そうとしていませんでしたか」
「この野郎、本当に」
「バルク」
ボルトが再び呼んだ。
バルクが振り返った。
「何だよ!」
ボルトの声が低くなった。
「前のことも」
バルクの顔が固まった。
カイルは口をつぐんだ。
今だ。
自分が話す時ではない。
相手に話させなければならない。
ボルトが続けた。
「本当にそれで全部だったのか」
「急に何の話だ」
「商団を襲った時のこと」
テルンが不安な顔で周りを見回した。
「ボルト」
「お前は黙ってろ」
ボルトがバルクに一歩近づいた。
「穀物袋8個だったって言ったよな」
カイルはその数字を記憶した。
8。
バルクが答えた。
「そうだ」
「本当に?」
「何回言えばいいんだ!」
「馬車の大きさを見ると、もっとあったような気がして」
「お前が直接見たのか」
「だから聞いてるんだろ」
バルクが剣を握った手に力を込めた。
「兄貴にはもう報告済みのことだ」
ボルトが冷笑した。
「報告はお前がしたんだろ」
カイルの目が細くなった。
パズルが少しずつ合ってきた。
バルクが襲撃の結果をドルマンに報告する。
ドルマンはその報告を基準に物を管理し、分け前を決める。
だとすれば。
途中で数字を変えることは不可能ではない。
重要なのは、実際にバルクが抜いたかどうかではなかった。
ボルトとテルンがすでにその可能性を疑っているという事実だった。
カイルが静かに聞いた。
「ドルマンさんは直接確認しないんですか」
バルクが振り向いた。
「黙れ!」
だがボルトが答えた。
「兄貴が毎回出て数えるとでも思うか」
「ボルト!」
「何だよ! 間違ったこと言ったか?」
ボルトの声が大きくなった。
カイルは確信した。
(構造は見えた)
ドルマンはバルクの報告を信じる。
バルクは途中で人を連れて動く。
そして下にいるボルトとテルンは、分配が公正かどうか疑っている。
証拠はない。
だから今までは不満のままで残っていた。
カイルにも証拠はない。
だが。
疑いはあった。
政治において疑いは、時に事実より長く生き残る。
バルクがボルトに近づいた。
「お前、今俺を疑ってるのか」
ボルトも引かなかった。
「じゃあ違うって言えばいいだろ」
「違うって言ったろ!」
「じゃあなんでこいつの数言葉にそんなに怒るんだ」
バルクが止まった。
カイルは内心思った。
(もう私が言わなくてもいいな)
一度疑い始めた人間は。
自分で根拠を探す。
横では方向だけ少し示せばいい。
テルンが言った。
「もうやめて」
声が震えていた。
「兄貴に聞かれたら皆殺しだよ」
ボルトがテルンを睨んだ。
「何で俺たちが殺されるんだ」
「ドルマン兄貴がこういうの嫌がるの知ってるだろ」
「俺はただ聞いてるだけだ」
テルンは不安な顔でバルクを見た。
カイルは何気なくその関係に注目した。
かすかな文字が浮かんだ。
テルン → ドルマン
【恐怖】
カイルの目がわずかに動いた。
(恐怖)
ボルトは?
ボルト → ドルマン
【警戒】
バルクとは違った。
バルク → ドルマン
【忠誠】
同じ頭目の下にいても。
関係は全く違った。
カイルはその違いを頭に入れた。
ドルマンに忠誠を誓うバルク。
ドルマンを恐れるテルン。
ドルマンを警戒するボルト。
使える。
まだ方法が分からないだけだ。
バルクが剣をカイルの方に向けた。
「もういい」
声が低くなった。
「この野郎のせいで余計な話ばかり増えたな」
カイルの表情が固まった。
バルクが近づいた。
「殺して終わりにしろ」
ボルトが言った。
「待って」
「またなんだ!」
「本当に何か知ってるかもしれないだろ」
「何も知らない奴だ!」
「それをお前がどうして分かるんだ」
バルクの口が閉じた。
ボルトが言った。
「さっきラベルンで一日中歩き回ってたって言ったろ」
カイルは静かにしていた。
ボルトが自分を助けようとしているわけではない。
ただ。
バルクが殺そうとするから反対しているだけだ。
それを勘違いしてはいけない。
今、ボルトは自分の味方ではない。
バルクの反対側に一歩動いただけだ。
その差は大きかった。
カイルが言った。
「私を殺すのはいつでもできます」
バルクが睨んだ。
「黙れ」
「でも殺してしまえば確認できませんよね」
「何を」
カイルは答えなかった。
わざと。
ボルトが聞いた。
「何を確認するんだ」
カイルは少し迷うふりをした。
そしてバルクを見た。
「あの人が本当にあなたたちの分だけ手を出したのか」
静寂。
バルクの顔が歪んだ。
「どういう意味だ」
カイルはその質問を待っていた。
「あなたたちの分だけ手を出したでしょうか」
ボルトの表情が固まった。
テルンもカイルを見た。
カイルはゆっくりと言った。
「ドルマンさんに報告する分まで減らしていたとしたら」
バルクが怒鳴った。
「ふざけたことを言うな!」
早すぎた。
大きすぎた。
ボルトの目つきが変わった。
カイルはそれを見た。
(かかった)
事実かどうかは分からない。
バルクが本当にドルマンの分まで抜いたのか。
カイルには分からない。
重要ではなかった。
重要なのは。
ボルトがそれを可能だと思い始めたということだった。
テルンが小さく言った。
「まさか」
バルクが彼を睨んだ。
「お前までこいつの言葉を信じるのか」
「いや、俺はただ……」
「ただ何だ!」
テルンが口をつぐんだ。
カイルはバルクを見た。
今必要なのはもう少し。
だが押しすぎてはいけない。
嘘は事実より少しだけ先を行けばいい。
あまり遠くまで行くと見破られる。
カイルは言った。
「私が間違っている可能性もあります」
バルクが呆れたように笑った。
「当然間違ってる」
「それなら確認すればいいですね」
ボルトが聞いた。
「どうやって」
カイルは答えなかった。
代わりにバルクを見た。
バルクが言った。
「何を見てる」
カイルはゆっくりと笑った。
「隠しているものがないなら」
そしてボルトとテルンを順に見た。
「確認するのが怖い理由もないでしょう」
バルクの顔が固まった。
ボルトの目つきが変わった。
テルンは唇を噛んだ。
カイルはその瞬間分かった。
生き延びた。
少なくとも。
今この瞬間は。
*
しばらくして。
カイルは広場の隅の木に縛られていた。
死んではいなかった。
バルクは最後まで殺そうと言った。
だがボルトが反対した。
テルンも積極的には賛成しなかった。
結局、騒ぎを聞いたドルマンが近づいてきて。
ボルトが言った。
「あいつ、ラベルンの内部の情報を少し知ってるらしいんです」
ドルマンは少しの間カイルを見つめて言った。
「縛っておけ」
その一言で終わりだった。
カイルは生き延びた。
情報があったからではない。
ボルトがバルクの意見に反対したかったからだ。
その違いをカイルは正確に理解していた。
焚き火の向こう側。
バルクとボルトは依然として何かを巡って言い争っていた。
テルンはその間でおろおろしていた。
カイルは木に背をもたせて座り、その様子を見つめた。
手首はまだ縛られていた。
腹も減っていた。
殴られた顔と胃のあたりも痛かった。
状況は依然として最悪だった。
だが。
少し前と変わったことが一つあった。
最初は9人の盗賊と自分だった。
今は違った。
ドルマン。
バルク。
ボルト。
テルン。
そして残りの者たち。
同じ盗賊団という名の下にまとまっているだけで。
全員が同じ側というわけではなかった。
カイルはゆっくりと目を閉じた。
前世で数えきれないほど見てきた光景だった。
人は裏切りには大した理由が必要だと思っている。
間違いだ。
大した理由である必要はない。
わずかな金。
無視された一言。
自分より後に入ってきた者の出世。
分けてもらえなかった功績。
長く積もった小さな不満。
それだけで十分だった。
ただ。
裏切るには自分自身を納得させる理由が必要だ。
(自分が悪人だから裏切るわけではない)
(向こうが先に自分を欺いた)
(自分の取り分を守ろうとしただけだ)
人はそんな理由が一つできれば。
昨日まで兄貴と呼んでいた相手にも背を向けることができた。
カイルが目を開けた。
バルクが見えた。
ボルトも。
テルンも。
まだ足りない。
不満は見つけた。
疑いも作った。
だが互いに剣を向け合わせるには。
もう一つ必要だった。
恐怖。
(あいつがお前たちの分を抜いている)
それだけでは足りない。
金のことで愚痴をこぼすことはあっても、命までは賭けない。
だが。
(バルクがお前たちが疑っていることに気づいた)
そして。
(だからお前たちの口を封じようとしている)
そう信じさせれば?
話が変わる。
金の問題ではなくなるからだ。
カイルの口角がゆっくりと上がった。
政治において最も動かしやすい人間は。
欲深い人間ではなかった。
自分がもうすぐ切り捨てられると信じている人間だった。




