第9章:大国の脅威と近代的同盟外交
新しく生まれ変わったイスラエル連邦共和国の頭上には、巨大な嵐の雲が近づいていた。光の書物が次に映し出したのは、砂漠の彼方から地平線を埋め尽くすようにして進軍してくる、エジプト王シシャクの圧倒的な大軍勢の幻影であった。元の聖書において、シシャクの襲来はソロモンの不信仰に対する神の「怒りの杖」として描かれている。レハブアム王や臣下たちが神の前で自らを低くし、悔い改めたため、エルサレムの完全な破滅こそ免れたものの、宮殿や神殿にあったソロモンの黄金の盾はすべて略奪され、国家は莫大な貢ぎ物をむしり取られる屈辱的な隷属を強いられる。「神の機嫌取りのために、国の富をそっくり敵に差し出すとはな」織田信長は、エジプト軍に黄金の盾を差し出して平伏するレハブアムの幻影を睨みつけ、激しい怒りを露わにした。「奪われた盾の代わりに青銅の盾を作って取り繕うなど、実に見苦しい。武を忘れた国がたどる、哀れな末路だ。余が足利義昭の背後にいた毛利や武田、上杉などの大国に囲まれた時も、ただ怯えて貢ぎ物を差し出すような真似はせんだ。敵が強大であればこそ、こちらの鉄砲の数を揃え、防衛の拠点を築き、敵の同盟を切り崩す策を練るべきだ。神に祈って敵の憐れみを乞うなど、統治者のすることではない」「全くもって同感です、信長公」伊藤博文の目が、国際政治の荒波を泳ぎ切った冷徹な外交官のそれに変わった。彼の脳裏には、明治の日本が欧米列強の脅威に晒され、不平等条約の改正やロシア帝国の南下に怯えながらも、知略を尽くして「日英同盟」を締結し、国家の独立を守り抜いた激動の記憶が蘇っていた。「大国の脅威に対し、ただ平伏して主権を明け渡すのは外交ではありません。国際社会において一国が生き残るためには、武備を整えるだけでなく、他国との利害を一致させる『条約』と『勢力均衡』が必要です。ここを書き換えましょう。エジプトの独走を阻むため、北のアラムやフェニキアを巻き込んだ『近代的同盟外交』の幕開けです」伊藤は万年筆を抜き、青い光の軌跡をページに走らせた。列強ひしめく世界で日本という弱小国を守るために、明治の先達たちが創り出した決定的な言葉が、今、古代の聖典に刻まれる。――「主権」(しゅけん)この重厚な概念が、神の怒りと罰の記述を完全に消し去っていった。『エジプトの大軍が迫る中、レハブアム王は神殿に籠るのを止め、直ちに閣僚会議を招集した。王は宣言した。「我が連邦の主権は、いかなる外国の脅威にも屈しない。エジプトの狙いは我が国の富だけでなく、この交易路を独占することにある。これは、北のアラムや沿岸のフェニキアにとっても死活問題だ」王は直ちに俊足の使者を各都市国家へ派遣し、「対エジプト共同防衛条約」の締結を提案した。さらに、ソロモン時代に培った鉄器技術をフル稼働させ、国境の要塞線に最新の防衛設備を配備したのである』伊藤の万年筆が最後の文を綴ると、エルサレムの幻影が激しく明滅した。略奪にやってきたエジプト王シシャクは、かつてのような烏合の衆ではなく、強固な城壁と、北方の同盟軍による挟撃の構えを前にして進軍を停止せざるを得なかった。黄金の盾は奪われることなく宮殿に留まり、イスラエルは対等な外交交渉によって、エジプトとの間に平和通商条約を結ぶことに成功した。神の気まぐれによる救済ではなく、人間が自らの知恵で掴み取った「独立」の瞬間であった。「見事だ、伊藤」信長は満足そうに声をあげた。「敵の欲を逆手に取り、周囲を巻き込んで足すくみを起こさせる。これぞ天下の兵法だ。これでこの国は、大国の顔色を伺う奴隷から、地政学の主役に躍り出たな」「はい。神の罰に怯える中世の思考を脱し、国際法と防衛の概念を取り入れました」伊藤は万年筆を収め、眼鏡の奥の目を鋭く光らせた。「しかし、外敵を防いだ後には、往々にして内なる精神の腐敗が始まるものです。次なる頁には、あの悪名高きアハブ王と、王妃イゼベルの『精神の狂乱』が待っています」光の書物は、嵐の予兆のような激しい光を放ちながら、次なる予言者エリヤの時代へとページをめくり始めた。




