第6章:ウリヤの死と王権への法的制裁
エルサレムの王宮に、不穏な影が落ちていた。光の書物が映し出したのは、ダビデ王が忠臣ウリヤの妻であるバテシバを奪うため、ウリヤを激戦地の最前線に送り込んで意図的に見殺しにするという、王権の腐敗を描いた場面である。元の聖書では、この悪行に対して神の預言者ナタンが派遣され、「貴方がその男だ」とダビデの罪を激しく糾弾する。ダビデは罪を認めて涙を流し、神の赦しを請う。これは神の絶対的な倫理観が、地上の王をも支配することを示す象徴的なエピソードであった。「己の欲のために、忠義の臣下を謀殺するとはな」織田信長は、幻影の中のダビデを冷酷な眼光で見下ろした。「余とて、謀反を起こした者や敵対する者には容赦しなかったが、理不尽に忠臣の命を奪うような真似はせんだ。そのようなことをすれば、家臣団の信頼は崩壊し、国は内側から腐る。ダビデよ、お前は王としての最低限の『器量』を失ったのだ」「おっしゃる通りです、信長公」伊藤博文は、万年筆の先をきつく握りしめ、近代法治国家の原則を思い浮かべた。「これは単なる倫理的な『罪』ではありません。最高権力者による、明確な『法の濫用』であり『殺人教唆罪』です。元の歴史のように、預言者に叱責されて涙を流せば、神が精神的な罰(子供の死など)を与えてそれで幕引き、などという解決では、法治国家の面目が立ちません。王といえども、法を犯せば『法的手続き』によって裁かれねばならないのです」「そうだ」信長が強く頷いた。「神の言葉で脅すのではない。人間が作った『法』によって、王の権力を縛るのだ。伊藤、ここに近代の『弾劾裁判』の仕組みを書き込め。王の不祥事を裁くのは、神の怒りではなく、法に基づいた議会と裁判所だ」伊藤は頷き、青い光のインクで、聖書のナタンの弾劾を「法的な最高裁判所」の審理へと書き換えていった。『預言者ナタンは、神の託宣を告げる者としてではなく、国家の法を司る「最高法官」としてダビデの前に立った。ナタンは言った。「王よ、汝は国家の最高権力者でありながら、個人の欲望のために忠良なる臣下の生命を奪うという、重大な憲法違反を犯した。法の下の平等の原則に基づき、汝の行為を弾劾する」』元の聖書では、ダビデが「私は主に罪を犯した」と言ってすぐに赦されるが、書き換えられた物語では、より冷徹な司法的制裁が下される。『ダビデは自らの罪を認め、法の前に平伏した。最高法廷は、王のこれまでの功績を鑑みて廃位こそ免じたものの、王権の「一部制限」と、被害者遺族への莫大な国家賠償、そして王直属の近衛軍の指揮権を閣僚会議(議会)へと移譲する判決を下した。王は法を超える存在ではなく、法によって統治される一機関であることを、自らの身をもって証明させられたのである』書き換えが完了した瞬間、エルサレムの王宮を包んでいた重苦しい空気が、張り詰めた「法の秩序」へと昇華した。幻影の中のダビデは、神への恐怖に怯えて泣き崩れるのではなく、自らの犯した罪の重さと、それを厳格に裁いた「法の重み」を厳粛に受け止め、静かに判決文に署名した。これにより、王権は絶対的なものではなくなり、地上における「立憲君主制」の確固たる礎が、この古代イスラエルにおいて完成したのである。「これでよし」信長はマントを払った。「王が法に従う姿を見て、民はより一層、法を信じるようになる。私欲で動く王は消え、システムとしての国家が残るわけだ」「はい。これでダビデの血統は、神の呪いというオカルト的な因果ではなく、法を守る『象徴』としての重みを持つことになります」伊藤は万年筆をポケットに収め、眼鏡を拭きながら前方を凝視した。「さあ、信長公。ダビデの次はいよいよ、あの『栄華を極めたソロモン王』の時代です。智恵の王と呼ばれ、同時に国家を最大の繁栄と、その後の『分裂』へと導いた男。彼が我々の法治国家をどう扱うか、見ものですな」光の書物は、黄金の輝きを放ちながら、壮大なエルサレム神殿の建設へと向かうソロモンの時代を映し出し、次なるチャプターの頁をめくった。




