【織田信長編】第15章:近代国軍の胎動、兵農分離と鉄砲隊の量産
オリエント大経済圏の確立を成し遂げた覇王・織田信長の前で、光の書物はさらに不穏な、しかし彼にとっては最も馴染み深い熱量を帯びて回転した。ページが映し出したのは、ペルシア帝国の辺境で勃発する、各部族の残党や新興の武装集団による小競り合いの幻影であった。元の歴史では、エルサレムに還った民は近隣の敵の不意打ちを恐れ、片手に武器を持ち、もう片方の手で城壁を築くという、極めて非効率な民兵組織での防衛を強いられていた。「片手で鍬を持ち、片手で槍を握るなど、戦を舐めているのか」信長は不敵に笑い、腰の二振りの太刀を誇示するようにマントを払った。「農業に生きる者は土を耕し、戦に生きる者は日々武芸を磨く。これが余の編み出した『兵農分離』の法だ。戦の素人を戦場に駆り出すなど、国力を無駄にすり潰す愚行の極み。さらに、刀や槍の時代は終わった。余が種子島で見たあの興奮を、このオリエントの地に再現してくれよう。これより、黒色火薬と最新の鋳造技術を駆使し、数千挺の鉄砲を揃えた『常備軍』を組織せよ。神の奇跡ではなく、圧倒的な数による斉射(一斉射撃)の火力を前に、敵を文字通り塵に換えてやるのだ」信長は自らの苛烈な武断の意志を万年筆へと込め、光の文字を侵食していった。彼が刻み込んだのは、中世の部族的な武力を完全に解体し、近代国家の独占的な暴力を形作るための決定的な概念であった。――「軍隊」(ぐんたい)――「国費」(こくひ)戦国覇王の荒々しい筆致が、聖典に眠る古い「神の戦士」の記述を、組織化された暴力の記述へと塗り替えていった。『総督ゼルバベルは、民衆を不必要な役務から解放し、志願者による完全な常備の「軍隊」を創設した。これに伴い、兵士への給与や最新の火器製造に要する莫大な費用は、すべて市場の税収から得た「国費」によって賄われることとなった。王は布告した。「神のために戦うな。汝らの規律と、整然たる鉄砲の弾列こそが、この国の主権を守る唯一の盾である。血統や部族の別は問わぬ。能力ある者が部隊を率い、新時代の武を証明せよ」』信長が改訂を終えた瞬間、エルサレムの練兵場に、一糸乱れぬ黒い甲冑を身に纏った近代兵士の隊列が浮かび上がった。彼らが一斉に掲げた鉄砲が火を噴くと、轟音と共に幻影の敵陣が一瞬で消滅した。神の加護にすがる民兵の姿はどこにもなく、そこには冷徹な組織力で国土を死守する、世界最強の軍事システムが構築されていた。「フハハ! 祈る暇があるなら弾を込めよ!」信長は豪快に笑い、次の頁を指差した。「これで、いかなる帝国といえども、我が楽市楽座の都に一歩も踏み込むことはできぬわ」【伊藤博文編】第17章:憲政の番人、三権分立と最高裁判所の設立一方、時空の対極でその軍事の奔流を眺めていた伊藤博文は、国家が肥大化した「武力」によって内側から崩壊するのを防ぐため、次なる不滅の「安全装置」の構築に着手していた。信長が最強の軍隊を作り出したのに対し、伊藤が目指したのは、その暴力をも統制下に置く、近代的な「法の番人」の確立であった。元の聖書では、統治者や司祭たちが自らの都合で法を解釈し、民を私刑に処したり、王権が暴走して不当な弾圧を行ったりする場面が散見された。「武力を得た国家が、その銃口を自国民に向けてしまっては、近代国家の敗北です」伊藤は眼鏡の奥の目を鋭く光らせ、万年筆を静かに構えた。彼の脳裏には、明治の日本において、大日本帝国憲法の下で行政、立法、そして「司法」の独立をいかに担保し、国家の暴走を防ぐシステムを作り上げるか、法制官僚たちと夜を徹して激論を交わしたあの苦闘の日々があった。「国会が法を造り、政府が軍を動かす。しかし、その双方が憲法を逸脱した時、それを正す独立した機関が必要です。王や総督といえども、自らの都合で人間を裁くことは許されない。ここに、三権分立の要たる『司法権の独立』を刻み込みましょう。神の法廷ではなく、人間の理性による最高裁判所の設立です」伊藤の筆先から、青く澄んだ知性の光がページへと迸った。明治の日本が欧米の近代法学を血肉化し、国民の基本的人権と法の支配を確固たるものにするために生み出した最高概念が、今、古代の聖典に刻まれる。――「司法」(しほう)――「行政」(ぎょうせい)これらの言葉が、聖書に描かれていた「支配者の独断による裁き」の記述を、完全に塗り替えていった。『総督ネヘミヤは、自らの権力から裁判の全権を切り離し、独立した「最高法院」をエルサレムに設置した。憲法には以下の条項が追加された。「司法の権能は、政府の『行政』の干渉を一切受けず、ただ法と良心にのみ従う。何人も、法に基づかない裁判によって生命や財産を脅かされることはない。最高裁判所は、国会が創る法、および政府の行動が憲法に違反していないかを審査する最高権威である」』伊藤の万年筆が最後の条文を綴ると、エルサレムの法廷を包んでいた宗教的な不透明さが一掃された。そこには、神託を告げる神官の代わりに、六法全書のような重厚な法典を掲げた裁判官たちが威厳を持って並び立っていた。王権の暴走も、軍隊の過走も、すべてはこの法廷の「違憲審査」によって平時の中で制御されることとなったのである。「これで、持続可能な法治の骨組みが完成しました」伊藤は万年筆を胸に収め、誇らしげに微笑んだ。「信長公の武力がどれほど強大になろうとも、この法廷が国家の輪郭を永久に守り続けるでしょう」




