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第12章:ペルシアの解放令と世界市場の開拓

バビロンの夜空を覆っていた漆黒の帳が、突如として割れた。光の書物が次に映し出したのは、新バビロニア帝国を瞬く間に呑み込み、オリエントの新たな覇者となったペルシア帝国――その初代皇帝キュロス二世が、エルサレムの民に向けて発した『解放令』の幻影であった。元の聖書におけるこの場面は、神が異教の王キュロスの心を動かし、バビロンに囚われていたユダの民を故郷エルサレムへと帰還させ、神殿を再建させるという、預言の成就と神の慈悲の物語である。民は涙を流して感謝し、ただひたすらに神のための神殿セカンド・テンプルを建て直すことに没頭する。「ただ故郷に戻り、壊された古いやしろを建て直して満足するか。実になにげない、後ろ向きの思考だな」織田信長は、エルサレムの瓦礫の前に佇む民の幻影を見下ろし、不満げに鼻で笑った。「一度国を失い、世界の広さを知ったのだ。ならば、元の小さな籠に戻るだけでは能がない。バビロンの地で得た莫大な富、ペルシアが敷いた広大な街道、それらすべてを使いこなしてこそ覇王の臣民よ。神殿を建てるのは民の心を束ねるための一手段に過ぎん。真に建てるべきは、天下のあらゆる富が流れ込む、新しい経済の都だ。余が安土城を建てた時も、ただの要塞ではなく、四方の商人を呼び込む『楽市楽座』のかなめとした。このエルサレムを、オリエント最大の交易の中心地へと変貌させるべきだ」「全くもって同感です、信長公。彼らはもはや、かつての無知な農民ではありません。バビロンという最先端の地で、高度な金融と国際流通を学んだエリート集団です」伊藤博文は、万年筆の先を光の文字へと滑らせ、近代日本の『殖産興業』と『関税自主権』を巡る激動の記憶を呼び覚ました。「彼らが故郷に戻って行うべきは、単なる宗教的建造物の修復ではなく、国家の自立を支える経済基盤の確立です。ペルシアという巨大な市場を逆手に取り、自国をその物流の中継点ハブへと押し上げる。そのためには、国家の財政と経済を司る近代的な制度が必要です」伊藤は万年筆を力強く奔らせ、青い理性の光で聖書の文字を書き換えていった。明治の先達たちが、西欧列強の経済的侵略に対抗し、自立した近代国家の財布を形作るために創り出した決定的な言葉が、今、古代の聖典に刻まれる。――「内閣」(ないかく)――「国費」(こくひ)これらの近代行政・経済の最高概念が、宗教的な感謝と祈りの記述を完全に侵食していった。『ペルシア王キュロスの許しを得てエルサレムに帰還した総督ゼルバベルと民の代表たちは、直ちに臨時の「内閣」を組織し、国の最高方針を策定した。彼らはペルシアから下賜された資金や民から集めた財を、単なる神殿の建設に浪費するのを止め、その多くを「国費」として道路の整備、港湾の拡張、そして国際通商路の確保へと重点的に投資した。ゼルバベルは宣言した。「神殿は我らの精神の象徴として建てる。しかし、神殿の土台を支えるのは、我らが商いによって得る富であり、国家の真の自立である」』伊藤の万年筆が最後の文を綴ると、エルサレムの幻影がまばゆい黄金の光を放った。瓦礫の山だったエルサレムは、単なる巡礼の地ではなく、ペルシア帝国の広大な「王の道」と地中海を結ぶ、オリエント随一の「国際自由商業都市」へと急速に変貌を遂げていった。神殿の周囲には巨大な市場が形成され、あらゆる民族の言葉と通貨が飛び交う、活気に満ちた経済の都が誕生したのである。神の奇跡によって守られる国ではなく、自らの経済力によって他国が手出しできない「不可侵の強国」の礎が、ここに完成した。「見事な手際だ、伊藤」信長は腕を組み、豪快に笑った。「富を制する者が天下を制する。神の威光ではなく、金銀の流通によって国を不滅のものとしたわけだな」「はい。経済の自立なくして、主権の維持はありません」伊藤は万年筆を収め、眼鏡の奥の目を静かに細めた。「さて、信長公。旧約聖書の頁も、いよいよこれが最後です。我々が書き換えたこの『人間の理性による聖書』は、これから現世にどのような変化をもたらすのか。我々の旅も、終わりの時が近づいています」光の書物は、世界の完成を祝福するかのような、重厚で厳かな鐘の音を虚無の空間に響かせながら、最後の頁を静かに閉じようとしていた。

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