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第11章:新バビロニアの襲来と亡命立憲政府の誕生

イスラエル連邦共和国が「信教の自由」を確立し、内政の安定を極めていた頃、オリエントの地平にはそれを遥かに凌駕する超大国の影が蠢いていた。光の書物が次に映し出したのは、漆黒の鎧に身を包んだ無数の兵車と、天をも突くバベルの末裔たる巨城――新バビロニア帝国の王ネブカドネザルによるエルサレム包囲の幻影であった。元の聖書におけるこの場面は、ユダ王国の不信仰と不義が極まったことに対する神の最終的な審判、すなわち「バビロン捕囚」の悲劇である。エルサレムの城壁は無残に破壊され、ソロモンが築いた壮麗な神殿は跡形もなく焼き払われ、王や貴族、熟練の職人たちを含む数万の民が、鎖に繋がれて異郷の地バビロンへと連行される。国家の完全な消滅と、絶望の物語であった。「フン、圧倒的な大軍の前に、城に籠って座して死を待つとはな」織田信長はマントを激しく翻し、燃え盛るエルサレムの幻影を冷酷な眼光で見下ろした。「余が武田の騎馬軍団や毛利の水軍と対峙した時、ただ城の守りを固めて神仏に縋るような真似はせんだ。敵の力がこちらの十倍であれば、正面からぶつかるのは下策の極み。城を枕に討ち死にするのは一時の満足に過ぎず、天下の民を路頭に迷わせる不忠なり。国家の器たる王の本質は、領土という『土』にあるのではない。そこに生きる民の智恵と、統治の仕組みそのものにあるのだ。土地を奪われるなら、その仕組みを丸ごと別の場所へ移し、再起の機を窺えばよいではないか」「まさにその通りです、信長公」伊藤博文の目が、近代国際政治の極限状態を生き抜いた元勲の輝きを取り戻した。彼の脳裏には、日清・日露の激戦において、国家の存亡を賭けて戦時財政をやりくりし、万が一の遷都や亡命政府の可能性すら想定しながら、法と組織の力で日本を守り抜いた激動の記憶が巡っていた。「国土が一時的に占領されたとしても、国家の『主権の形』が法的に維持されている限り、その国は死にません。バビロンの暴力を止めることはできずとも、捕囚の屈辱を、未来の独立へ向けた『亡命立憲政府』の組織化へと書き換えることは可能です。ここに近代の政治制度を組み込みましょう」伊藤は万年筆の先から、かつてないほど濃厚な青い理性の光を放った。明治の先達たちが、欧米の列強に伍して「日本の独立」を永久に担保するために創り出した、最も重厚にして不可欠な言葉が、今、破滅の運命に瀕した聖典のページへと刻み込まれる。――「憲法」(けんぽう)――「国会」(こっかい)これらの近代統治機構の最高概念が、絶望と隷属の記述を急速に侵食し、全く新しい歴史の骨組みを構築していった。『ネブカドネザルの大軍がエルサレムの城門を破る直前、ユダの王と元老たちは神殿の地下に集まり、厳粛なる国家存続の儀式を執り行っていた。王は涙を流す民に向かって力強く宣言した。「エルサレムの土は敵に奪われ、我らの身体はバビロンへ連行される。しかし、我らの国家は死なない。ここにある『憲法』こそが我らの主権の証明であり、我らがどこに居ようとも、この法に従う限り、我らはイスラエル連邦の臣民である」彼らは捕囚として連行される道中も、密かに「亡命国会(部族長評議会)」の組織を維持し、異郷の地バビロンを、奴隷の収容所ではなく、未来の共和国を再建するための「準備の場」へと変貌させたのである』伊藤の万年筆が最後の文を綴ると、聖書の幻影から「鎖に繋がれた哀れな奴隷」の姿が消え失せた。バビロンに連行されたイスラエルの民は、絶望の歌を歌って泣き崩れるのではなく、整然とした組織力を保ち、バビロニアの行政機構の内部に深く食い込んでいった。彼らは独自の法廷と議会をバビロンの地に維持し、経済活動の自由を駆使して莫大な富を蓄え、むしろ帝国の中枢を支える頭脳集団へと成長していったのである。神の罰による破滅の物語は、過酷な環境下で磨かれる「組織のサバイバル」の物語へと完全に再定義された。「見事なものだ」信長は腕を組み、豪快に笑った。「形ある城は焼かれても、法という目に見えぬ城は焼けぬというわけだな。これならば、敵の懐の中で牙を研ぎ、時期が来ればより強大になって故郷へ戻ることができる」「はい。国家の本質は土地ではなく、憲法と議会、そして民の意志にあります」伊藤は万年筆を収め、眼鏡を指で押し上げた。「さて、信長公。旧約聖書の改訂も、いよいよ大詰めです。バビロンの夜が明け、ペルシア帝国が台頭し、民が再び故郷へと還る『解放と神殿再建』の時代が近づいています。我々が創り出した『人間の歴史』が、どのような結末を迎えるか、その目で確かめようではありませんか」光の書物は、夜明けの凱歌のような厳かなトランペットの音色を響かせながら、次なるペルシア王キュロスの登場を描く頁をめくり始めた。虚無の空間に、新世界のまばゆい光が差し込みつつあった。

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