第七話 幸運度低下の恐怖にかられ
それから臍を曲げてしまった黒猫のアレクサンダーは、神から与えられた使命を放り出して、五歳の幼女ティアラの膝の上で、ぽかぽかと温かな日差しを満喫する毎日を送っていた。
お腹が空けば食べ物が与えられ、眠くなればティアラや召使の女達の膝の上で丸くなり、ティアラや召使達に「可愛い」「可愛い」と口々に褒めそやされ、ちやほやされている。
(考えてみれば、六回勇者業をやってきたわけで、七回目は勇者をやりたくないといってそれが認められていたわけで、普通の黒猫が神の遣いとして仕事を請けるのもおかしい。そうだ。俺は可愛い・無害な黒猫に転生したんだ。勇者業じゃないんだから、神の仕事だって引き受けなくてもいいはずじゃないか)
天啓を受けたように、ハッとアレクサンダーはそのことに気が付いた。
先方(神)から、たまには仕事をして欲しいと請われていたけれど、「働かず、日がな陽なたぼっこができる猫になりたい」が自分の希望だったわけで、当初は神の仕事を引き受ける契約にはなっていなかったはず(←気付くのが遅い。そんなんだから六回も勇者をやらされる)。
ただ、神から依頼を請けてしまったことは確かなのである。
アレクサンダーは過去の苦い経験から、神との契約や約束事を放置することの、後々の悪影響を知っていた。ぐんと幸運度が下がるのである。水たまりに足を思い切り踏み入れたり、頭上から洗濯物が落ちて頭を直撃したり、家具の角に小指をぶつけたりすることが頻繁に起こるのである。地味にすごく嫌な影響である。反対に幸運度が高いとそうしたことは一切起きない。過去六回の勇者業の際は、神の恩寵が与えられ、幸運度も馬鹿上がりしていたため、水たまりや洗濯物や家具の角に苦しめられることはなかった。
それで、アレクサンダーは深くため息をついて、本当に仕方なしにもう一度、王国最大級の神殿である、ウルシアン神殿へ、またしても、とっぷりとくれた夜に足を運ぶことにしたのだった。
屋敷ではティアラや召使達が眠りに落ちている深夜、黒猫アレクサンダーはウルシアン神殿の最奥部に単身でやって来ていた。前回と同様、神官長のいる部屋の扉を猫の頭で押して入る。前回は説明をしている最中に神官長が、神聖魔法の上級攻撃魔法“光の槍”で攻撃してきたのである。恐ろしく殺意が高い神官長であったため、今回アレクサンダーは用心していた。入室の際も「二ャア」と声を上げずに、音もさせずに神官長の部屋に入る。
今回も見つかって再度攻撃魔法を振るわれることがあれば、今回は神官長が攻撃魔法を完成させる前に神官長を無力化しようと、黒猫アレクサンダーは考えていた。アレクサンダーは腐っても六回もの勇者業の経験者なのである。猫の癖にアレクサンダーは無詠唱で攻撃魔法を放てるのだ。
(とりあえず、こいつが攻撃魔法の呪文を唱え始めた時点で、部分石化させればいい)
(手を部分石化させて攻撃を無効化させる。上級攻撃魔法“光の槍”は詠唱の他、手印の動きが必要となっているから、手も石化させれば魔法を使えなくなる。全身を石化させると話を聞いてもらえなくなるからな。一応手加減してやるんだ)
アレクサンダーはそう思っていたが、王国最大の神殿の神官長を石化させることがそもそもマズイということにアレクサンダーは気が回っていなかった。
アレクサンダーは机に向かうクリスティアン神官長の正面からぬっと現れ、突然の黒猫の出現に驚いた神官長は「きゃあ」とまったく男らしくない悲鳴を上げていた。




