第六話 神の遣い(下)
前足を揃えて鎮座した黒猫が、薄闇の中、エメラルドの瞳を輝かせながら「お前が、この神殿の一番偉い奴か。俺は、ウルスィーの遣いでやってきた」と、男の声で語り始めたことには驚いた。
神官長クリスティアンはその怪異に驚きのあまりよろけ、後ずさっていた。
「なっ……な」
「ウルスィーは、お前の話を聞いて……」
神殿は神域であり、魔に入られぬよう幾重にも結界を張っている。
このような不吉な黒猫の怪異が現れるはずがないのである。これは決してあってはならない怪異だ。
ここは王国で最も大きい、そして由緒正しき歴史がある大神殿であり、神具などを収めた宝物庫も備えている。幼い神官見習い達も少し離れた宿舎で眠っているだろう。不埒なもの、不浄なものが入ってきてはならぬ場所。誰もが安心・安全だと信じているはずの場所。
そこに在るはずのない存在は、排除しなければならない。
神官長クリスティアンが呪文を唱え、手早く胸元で印を切り始めるのを見て今度はアレクサンダーが後ずさった。
「おいおいおいおいおいおい、俺はウルスィーの使いだって言っているだろう!!」
「女神さまを呼び捨てになさるなんてあり得ないでしょう!! この騙りが!! 本性を現すがいい!!」
そう言って神官長クリスティアンが神聖魔法の攻撃魔法を繰り出したものだから、アレクサンダーは慌てて部屋から逃げ出し、そのアレクサンダーの後を「待て、この魔物が!!」と神官長クリスティアンが追いかけ、そしてその声を聞いて複数の神殿兵までもが駆け付ける事態になった。
神官長と神殿兵に追いかけられつつも、アレクサンダーはほうほうの体でウルスィーの大神殿から逃げ出し、その夜遅くにやっとのことティアラの眠る部屋へと戻って来たのだった。
アレクサンダーはティアラの枕許に戻ると、エメラルドの両眼を怒りに吊り上げ、ティアラの枕を両足でふみふみしながら、内心思う存分に大地の女神ウルスィーを罵倒していた。
(あの馬鹿女神、先にあの神官に知らせておけよ。俺のことを怪異だと思って馬鹿神官が攻撃魔法を繰り出してきたんだぞ!! 信じらんねぇ。こんな、こんな可愛い黒猫の俺に!! 攻撃魔法だぞ!!)
それも、神聖魔法の上級攻撃魔法“光の槍”を唱えていた。元勇者の自分だから避けられたのだが、アレが当たったら、猫の身体が蒸発していたんじゃないか。神官長の癖に殺意が高すぎる。
しばらくの間、ムカムカしたアレクサンダーは、怒りのため眠りにつくことが出来なかった。
とりあえず、神には仕事を頼まれていたが、ムカっ腹が立ったアレクサンダーはその依頼を無視することにした。
翌日目を覚ましたアレクサンダーはずっと不機嫌で、ティアラや召使達がどんなに機嫌をとっても喉を鳴らして喜ぶ姿を見せず、ティアラ達を不思議がらせたのだった。




