第八話 猫に出来る仕事
神官長クリスティアンは、悲鳴を上げた後、目の前にいるのが先日遭遇した怪異、男の声で人語を話す黒猫だと分かると、すぐさま椅子から下りて、床に膝まづき、両手をついてひれ伏していた。
前回同様、神聖魔法の攻撃魔法を繰り出されるのではないかと身構えていた黒猫アレクサンダーは、神官長がぺたりと床に張り付くようにして平伏しているのを見て、エメラルドの大きな瞳をぱちくりとしている。
神官長クリスティアンは、震える声で言った。
「先日は、女神ウルスィー様の御遣い様とは知らず、大変失礼致しました」
アレクサンダーはコテンと首を傾げていると、クリスティアンは言葉を続けた。
「あのあと、私を含め上級神官達が全員啓示を受けました。黒猫を御遣い様として遣わすと女神ウルスィー様が仰せになられたのです」
アレクサンダーは呆れの表情をしながらその言葉を聞いていた。
(そういうことは、俺がこの神殿に来る前にやっておくべきだろう。喋り出す黒猫を怪異として攻撃しないように神官どもをよく指導しとけよウルスィー!!)
神の手回しの悪さにアレクサンダーは内心悪態をつく。
そして神官長クリスティアンはクリスティアンで大変だったのである。神の御遣いとは知らずに、現れた御遣いの黒猫を攻撃し、あまつさえ神殿兵達と追いかけ回したのである。後にそれがウルスィー神の御遣いであると知った時は蒼白となって、卒倒しそうになっていた。
神罰が下されるのではないかとガタガタと震えすらきていた。
黒猫はふーとため息をつくと、男の声で語り始めた。よく聞けば若い男の声である。
「手違いがあったことは理解した。俺のことをウルスィーの遣いだと理解したのならいい。ウルスィーからはどう話を聞いているんだ」
神官長クリスティアンはほっとした表情でうなずくと、神の啓示として自分をはじめとする上級神官達に語られた言葉を教えてくれた。
「女神様の御遣い様が黒猫の姿をしていること。困っていることがあれば御遣い様が助けて下さるということを聞いております」
次元の違う高位の存在である女神の天啓は、基本、人間達は短い語りでしたか受け取ることは出来ない。あまり複雑な言葉を受け取ることは出来ないのである。
御遣いとして黒猫がやってくる。その黒猫が助けてくれる、というその二つが、上級神官達が理解している内容だった。
黒猫アレクサンダーはうなずくと、神官長クリスティアンに言った。
「そうだ。俺がお前達を助けてやろう。何か困っていることはないのか」
そう言われた神官長クリスティアンは、アレクサンダーの黒猫の体を頭のてっぺんから、足先までじっくりと眺めた。アレクサンダーは、艶やかな黒い毛並みを持つ美しい黒猫である。その猫姿を見ながらクリスティアンは言った。
「そうですね。猫であらせられる御遣い様には、神殿に出没するネズミ退治をしていただけると……」
アレクサンダーのエメラルド色の両眼がカッと開かれた。
「はぁぁぁ!? この俺様にネズミ退治だと!!!!」
怒気を孕んだその声に、クリスティアンは青ざめて身を強張らせる。
「お猫様であらせられるのですから、ふさわしいお仕事かと」
実際、神殿にネズミが出没して困っていることは確かなのである。経典や木像などかじられる被害が出ている。ネズミ退治をしてもらえると助かるのだ。そんな仕事をわざわざ女神様が神官達に天啓まで下して指示することは不思議であったが。
アレクサンダーの長い尻尾が、床をビタンビタンと叩く。非常に不機嫌そうに眉間に皺を寄せたアレクサンダーは、ぐるぐると唸るような声を上げた後、言った。
「俺は今は猫の姿をしているが、元は勇者だ。もっと俺様にふさわしい仕事を考えろ!! この馬鹿神官が!!」
そう吐き捨てると、アレクサンダーは神官長の部屋から走り出ていってしまった。
「あああ、御遣い様を怒らせてしまった……」
神官長クリスティアンは呆然とその姿を見送っていた。
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土日はお休みさせて頂き、次回は休み明け掲載予定です。




