第四話 お日様の匂いのする場所
子猫のアレクサンダーが、前世勇者の記憶を取り戻して、変わったことといえば、その遊び方である。今まではティアラがアレクサンダー用のおもちゃをちらりと見せただけで、子猫は目を輝かせて飛びついてきていたのだが、頭を椅子の柱に激突させて以来、アレクサンダーは子猫にしては「クール」になった。
おもちゃを見せても、ただチラリと見るだけで飛び付くことはない。ティアラは「どうして遊ばないの、アレクサンダー」と尋ねると、アレクサンダーは「ニャムムムニャー」と答えるだけだった。でも、まったく遊ばないということではなく、時々ティアラに「付き合って」「遊んでくれる」。
なんだろう。ティアラも側付きの召使達もアレクサンダーが変わったことを感じた。
でもアレクサンダーはティアラのそばにいることは相変わらず好きで、ティアラがアレクサンダーを膝にのせて頭を撫でてくれることには、ゴロゴロと喉を鳴らして喜んでいる。そして日がな、ティアラの膝の上や、ふかふかのクッションの上で丸くなって眠っているのだ。
「頭の打ちどころが悪かったのでしょうかね」
召使のリルがそんなことを言う。
「おもちゃで遊んでくれなくなりましたね」
「猫ですもの、飽きっぽいところがありますよ」
召使のマリーはそう答える。
「じゃあ、別のおもちゃを用意してみましょうか」
「そうですねー」
そんな会話を召使達がのんびり交わしているのを、アレクサンダーは耳にしながら、内心(頭の打ちどころが悪いとはなんだ)と思っている。女達は猫だと思って結構失礼なことを言っている。
柔らかな日差しが窓から差し込んでくる。アレクサンダーは絵本を読むティアラの膝の上で、うとうととしていた。
ここは、食べ物も豊富で、女達も優しくて、日がな寝ていられる最高の場所だった。
神もなかなか良い場所に転生させてくれたものだ。
以前の戦場やダンジョン、モンスターの棲み家を這いずり回り、命の駆け引きばかりで神経を使う、殺伐とした生活とは雲泥の差だった。
ティアラの小さな手がアレクサンダーの頭をよしよしと撫でるので、アレクサンダーはゴロゴロと喉を鳴らす。日差しの温かさでアレクサンダーの黒い毛皮もあったまっている。黒い艶やかな毛並みは、アレクサンダーの自慢だった。
ふいに、召使のマリーが、アレクサンダーの身体に顔を近づけて、ふんすと匂いを嗅いだ。
アレクサンダーは薄目を開いて、マリーを見つめる。
(なんだ、この女は)
マリーはふんふんと匂いを嗅いだあと、ズボッと丸くなっているアレクサンダーの腹めがけて顔をうずめたのだった。
それにはマリー以外の召使や、ティアラも動きを止めて凍りついていた。もちろんアレクサンダーもエメラルド色の瞳を大きく見開いている。
ズボッと顔を子猫の腹から取り出したマリーは興奮したように言った。
「お日様の匂いがしますよ!! ティアラお嬢様」
「本当!?」
「お日様の匂い!?」
すぐさまティアラも膝の上のアレクサンダーを長椅子の上にコロリと転がして、アレクサンダーの腹に顔を埋める。スーハースーハーと匂いを嗅がれる。そして次々と周囲の召使の女性達も長椅子に転がされたアレクサンダーの腹に顔を埋めて、アレクサンダーの腹の匂いを堪能するのだった。
その日、子猫のアレクサンダーは自分の中の何か大切なものを無くしたような気持ちになっていた。




