第二話 早くも婚約へ
エルダー卿は、可愛い娘と小さな黒猫が仲良く遊んでいる姿を見ることが好きだった。日常の頭が痛くなる仕事のことも、愛しい娘の姿を見ていると忘れられる。
エルダー卿は、この王国の宰相の地位を頂いている。まだ二十代半ばの彼がこのような王国でも飛び抜けて高位の地位についているのは、エルダー卿の父もまた国王からの信頼の篤い臣下であったからだ。アビントン侯爵家は代々宰相の地位を受け継ぐ家系だった。ティアラという一人娘しかいないエルダー卿には、後妻を迎えるよう周囲の圧力があるが、今のところエルダー卿はそれをはねのけている。
今もまた、屋敷の一室で召使達に囲まれ、大好きな黒猫を抱っこしているティアラがいる。キャッキャッと子供らしい笑い声を耳にしながら、エルダー卿は、主君たる国王から切り出された話を思い出していた。
先日、エルダー卿は、娘ティアラを国王陛下と王妃殿下の御前で披露した。エルダー卿の一人娘ティアラと、初めて会った国王は、可愛らしく利発でいかにも賢し気なティアラを見て一目で気に入っていた。それは彼の王妃もそうだった。
内々に、国王から二番目の王子ローレルの婚約者にどうかという話をされた。奇しくもローレルとティアラは同年なのである。身分も釣り合う。周りの者達も口々にお似合いだと言い出している。
エルダー卿は、ローレル王子が病弱でまた男にしては優し気な性格のことを知っていた。ローレル王子の年の離れた第一王子カールが、頭脳明晰で武勇にも秀でているがゆえに、ローレル王子が兄である第一王子に「いいところすべてを吸い取られた王子」と陰で噂されていることも知っている。だからこそ、一人娘ティアラの嫁ぎ先として、たとえ王家という素晴らしい良縁であろうと、内心は素直に歓迎することは出来なかった。
しかし、国王からの直々の申し入れである。侯爵といえどもエルダー卿がそれを断ることは出来ず、年内にもティアラと第二王子ローレルとの婚約は相整う運びになっている。
気性の穏やかで優しいローレル王子は、ティアラを大切にしてくれるだろう。しかし、体力が無く床についていることも多い王子である。婚姻が整ったとしても、ティアラよりも先に逝ってしまうことだって十分考えられるのである。そうなれば、ティアラは自分の母親も先に亡くし、夫たる王子も先に亡くすという不遇の境遇が続くことになる。
エルダー卿はため息をついた。
まだローレル王子は五歳。これから先、健やかになって頂くしかない。
エルダー卿は、出入りの商人に頼んで、病身に効くという良薬や食品を方々へ探してもらうことにした。そんなことしか出来ない自分が非常に歯がゆかった。
その時も屋敷の部屋で大好きな黒猫と戯れていたティアラは、自分がこの国の王子の婚約者になることなど知る由もなかった。
部屋の長椅子に座ったティアラは、小さな黒猫アレクサンダーと遊んでいた。ティアラの手には、猫と遊ぶための、長めの棒の先に糸で小さな布製の魚を吊り下げた玩具があった。その玩具は、手先の器用なメイドのリルが作ってくれたものだった。
今日のアレクサンダーは、天鵞絨素材の緑色のリボンをつけ、星の形にカッティングした石を首に下げている。ティアラ付きのメイドの女性達も、リルを筆頭に、ティアラに負けず劣らずの猫好きで、アレクサンダーびいきであったから、朝起きると彼女達は「これがいい」「あれがいい」と子猫のアレクサンダーの胸元に付けるリボンの色や形を決める簡単な会議をする。そしてティアラもまたアレクサンダーと同じ色のドレスをまとう。ティアラのドレスの共布でアレクサンダーの襟飾りも作ることもあり、五歳の可愛らしい侯爵令嬢と小さな黒猫が揃いの飾りやドレスを身に付けている様もまた、愛らしくてメイド達はウットリとした様子を見せていた。ちなみに侯爵は、一人娘のティアラを飾り立てることに支出を惜しむことはなかったため、屋敷の一室はティアラの服や靴、帽子で一杯であった。そこにアレクサンダー用の小さな箪笥が加わったことは言うまでもなかった。
ただ子猫のアレクサンダーが、大人しくリボンや襟飾りで飾り立てられることを喜んでいたのかというと微妙で、多くの場合、数分も経たないうちに、首からそのリボンを外して走り出してしまう。逃げ出した小さな猫を、ティアラが懸命に追いかける姿が、この屋敷の中でのよく見られる光景となっていた。




