第一話 公爵令嬢が迎えた小さな黒猫
執事のウィルキンソンが飼っている雌猫が出産した。
前々から、娘ティアラから猫が欲しいとおねだりされていたので、父親であるエルダー卿はティアラを連れてウィルキンソンの家を訪ねた。ウィルキンソンの飼っていた雌猫は茶色の猫で、今は古びた藤で編んだ籠の中で、子猫達と一緒に横になっている。ペロペロと母猫が小さな子猫達の頭を舐めている姿を、ティアラは感激したように、その籠の前にしゃがみこんで飽きることなく眺めていた。
「お嬢様、どの猫がよろしいでしょうか」
ウィルキンソンの妻が、ティアラに声をかける。
ティアラは、すぐさま手を伸ばして、一匹の黒猫を指さした。即断だった。
「この仔がいいわ」
「黒猫ですよ」
「黒猫だからいいのよ」
他の猫達が全て茶色の毛並みを持つ中、その猫だけが闇のように真っ黒い毛並みだった。
ウィルキンソンの妻は、なにか言いたげな様子を見せたが、それを口に出すことなく承諾して頷いていた。
黒猫は不吉の象徴とされる。好んで黒猫を家に迎え入れる者はいない。
それを知らぬティアラは純粋に、自身の好みで黒猫を迎え入れるという。
「黒い色が好きなのか」
「ええ。ハッキリした色で綺麗でしょう」
そう言うティアラの髪は、窓からの日差しを受けてキラキラと黄金色に輝いている。今は亡きエルダー卿の妻譲りの、たっぷりとした豪奢な黄金の髪に、強い意思を感じさせる大きな空色の瞳。今年五歳になったばかりのティアラは、すでに小さな貴婦人のようだった。将来は、母親譲りの美貌でもって社交界を騒がせることは間違いないだろう。
ウィルキンソンの妻は、黒猫を入れる手提げの籠を用意してくれた。黒猫は温かな寝床と母親の乳から離されて、ミーミーと最初は不満そうに鳴いていたが、ティアラが撫でているうちに眠りについている。
召使が猫の入っている籠を持つと言ったが、ティアラは頑として、自分が持つと言って聞かなかった。
それからティアラは、屋敷に迎えた小さな黒猫に夢中になった。
執事のウィルキンソンやメイド頭のマリアの教えを受けながら、おぼつかない手で黒猫にミルクを温め与える。寒くないように寝床を整え、常に自分のそばに置いていた。夜には寝台の枕元に籠を置いて何度も猫の安否を確かめる。猫もまたミーミーとだけ鳴いていた存在であったのが、立ち上がり、駆け出し、ティアラに飛びついていく。一人と一匹は誰の目から見ても仲良しだった。
ティアラは、王国西部に広大な領土を抱えるアビントン侯爵家当主エルダーの一人娘だった。エルダー卿は妻の忘れ形見であるティアラを、それこそ目の中に入れても痛くないほど可愛がっていた。王国の宰相の地位にあるエルダー卿は、執務においては厳しく、王宮においては官僚達から恐れられる存在であったが、娘の話題になると、冷徹な彼の表情も和らぐという。アビントン侯爵家には、その一人娘ティアラのための専用の部屋が幾つも用意されている。ティアラはそのうちの一つを、新たに家族として迎えた小さな黒猫のために使用することにした。
小さな黒猫のために、天鵞絨や繊細なレースの綺麗なリボンを用意し、首元には小さな飾りの宝石もつける。真っ黒い猫の瞳は、それこそ宝石のように輝く緑色の瞳をしており、宝石やリボンをつけた猫の愛らしさに、ティアラもまた満面の笑顔を向けて、小さな猫を抱きしめるのだった。
その猫は、アレクサンダーという大層な名前を付けられていた。




