はじめに
むかしむかし、あるところに一人の勇者がおりました。
これまで、神は多くの勇者を異世界へと送り出してきましたが、その勇者は“特別”でした。
まさに“勇者の中の勇者”であるといえました。
剣をふるえば轟々と大地が割れ、魔法を使えばピカリと雷が空を裂き、悪魔も竜もたちどころ倒される、そんな力を持った勇者でありました。
そうした勇者でありましたから、神にとっては極めて最上の、使い勝手の良い“駒”でもありました。
神は、その勇者を使いに使って使い倒しました。
最初の頃は、勇者もまた自身の素晴らしい能力に酔ったかのようになり、喜び勇んでその凄まじい能力を使って荒廃した世界を救ってきました。悪魔や悪竜に襲われ危機に瀕した王国は勇者の活躍で救われました。人々は勇者の働きに拍手喝采しました。常に称賛の嵐でありました。栄えある地位や名誉、きらきらしい宝物や、麗しの美女や美少年が、彼には差し出されました。勇者もまた人々の称賛を素直に受け止めてきました。
しかし、五度、六度と異世界への“派遣”が続いた時(通常はせいぜい一度や二度で止められるはずなのに、この最強勇者は繰り返し“派遣”されていました)、さすがの勇者も神に向かってこう述べました。
「もう疲れたので、休ませてほしい」
「いい加減、“勇者業”ではない他の職業に転職したい。勇者じゃない転生をしたい」
「連続して勇者なんて、働かせ過ぎだろう!!」
という勇者の言葉に、神も「少し働かせすぎたか」と反省したのか、勇者の七度目の転生の際には、勇者の希望を聞くことにしました。
勇者はこう希望を述べました。
「猫になりたい」
「働かず、日がな陽なたぼっこができる猫になりたい」
「どうせなら可愛い女の子に可愛がられる猫になりたい」
そんな勇者の願いごとに、神も少しばかり呆れましたが、これまでの功績を鑑み、勇者の望みの全てを叶えることにしました。
というわけで、この物語は六度目まで獅子奮迅の働きをして世界の困難、苦境を救い続けた勤労勇者が、ようやく安寧の時を迎え、一匹の小さな黒猫に転生した物語であります。




