第十二話 人間誰しも苦手なものがある
お日様が空高く上がる頃になって、黒猫のアレクサンダーは目をぱちりと開けた。
すでに主人であるティアラは部屋を後にしており、召使達も部屋にはいない。
アレクサンダーはふかふかの寝台の上で大きく伸びをして、立ち上がった。
昨夜は遅くまでウルシアン神殿で、神官長と副神官長から話を聞いていたものだから、朝は眠くて起きられなかった。猫のいいところは、朝眠っていても人間達が適当に放置してくれることである。もし自分が人間だったら「早く起きなさい」と寝台から追い立てられていただろう。好きな時間に起きて、好きな時間に眠って、好きな場所に行ける。本当に猫は自由だ。
アレクサンダーは寝台から絨毯の上に下りた。そして部屋の窓辺に近寄る。
外の景色を見ながら、アレクサンダーは昨夜、ウルシアン神殿で副神官長アンネッタから聞いた話を思い出していた。
二月ほど前から、王都東山の古代遺跡の奥に出る幽霊が、遺跡に挑む冒険者達を妨害しているという話だ。神殿の神官達が、幽霊祓いの依頼を受けて遺跡に冒険者達と共に赴くのだが、依頼を受けた神官達は幽霊に出会ったとしてもそれを祓うことも出来ず、むしろ呪いすら受けて戻ってきてしまう。
神聖魔法のエキスパートである神官が、呪いを受けるなんて相当だなと思ったが、それもそのはずで、その幽霊もまた神聖魔法のエキスパートである元神官だという話だ。
「神官VS幽霊神官か。熱い戦いだな」
と黒猫のアレクサンダーが面白がってそう言うと、副神官長のアンネッタはふーとため息をついて額のあたりを押さえた。
「幽霊の神官が、高位の神官であったことは確かなようで、うちの下級神官では歯がたちません。それでうちから上級神官を派遣しようという話になっていますが、上級神官だとしても対抗できるかどうか」
「一番強い神官を出せばいいだろう」
アレクサンダーがそう言うと、アンネッタは隣で神妙な顔をして座る神官長のクリスティアンに視線をやった。
それでアレクサンダーも、目の前の神官長をまじまじと見つめる。
「そうか。こいつが一番強いのか」
「はい。魔力量もウルスィー神殿では最大です。応用力は効かないのですが、暗記力があるもので、ちゃんと退魔の術式も覚えていますし、過去には幽霊祓いも成功させています」
「なら、こいつを遺跡に連れていけばいいだろう」
「クリスティアン神官長は、遺跡のような場所の暗所が苦手なので、遺跡では役に立たないのです」
アレクサンダーは再び目の前の神官長をまじまじと見つめた。
「役に立たないのか」
「そうです。役に立たないのです」
黒猫と副神官長が「役に立たない」と連呼しているのを聞いて、クリスティアン神官長は下唇を噛みしめて、くやしそうな顔をしている。
「人間、誰しも苦手なものがあるでしょう!! だいたい、地下遺跡なんて最悪じゃないですか。出口もはっきりと分からなくて、ずっと暗闇が続いて、空気も薄くて、狭くて黴臭くて天井も落ちてきそうだし、変な声も時々聞こえるし」
「変な声が聞こえるか?」とアレクサンダーが問うと、アンネッタが「クリスティアン神官長は霊感があるので、霊の声が聞こえるのです」と答えた。
確かに、光の差さない暗闇で、霊の変な声が聞こえるとなると、あまり気持ちの良いものじゃないな。きっと過去、トラウマになるようなことが、このクリスティアンにもあったのだろう。ちょっとだけ同情めいた感情をアレクサンダーは抱いた。
「しかし困ったぞ。俺は神聖魔法が使えない」
「御使い様でも神聖魔法はお使いになれないのですね」
「神聖魔法は使えないが、他の魔法は使えるし、暴力は得意だ」
うそぶく黒猫アレクサンダーを、アンネッタは見つめる。
猫がふるう暴力など、たかが知れているだろう(猫パンチ? 爪で引っかく?)。人語が話せるのなら、呪文を唱えられるわけで、魔法が使えることは理解できる。
「やはり、私が赴くしかないか」
どこか悲壮な決意を漲らせて、クリスティアンがそう言う。
「遺跡にいっても役に立たないので、クリスティアン神官長は無理をなさらない方がいいです」
アンネッタがそう言うと、アレクサンダーも「お前は役に立たないなら行っても仕方ないだろう。役に立たないんだから」となおも連呼して、それを聞いたクリスティアンは顔を歪ませている。
アレクサンダーは「なら、神聖魔法を帯びた、破魔の効果がある武器や道具を用意してくれればいい。それをふるって俺が幽霊退治をすればいいだろう」と言った。
アンネッタはアレクサンダーのかわいい猫の手を取って「こんな小さな猫の手で、使える武器は神殿にはないと思います」と答えると、アレクサンダーは「人間に姿を戻して武器や道具を使う」と答えて、クリスティアンとアンネッタを驚かせていた。




