7話(視点移動有)
投稿し忘れていた7話目を見つけたのできまぐれで投稿。
大分前に書いた奴なので今と文体が結構違うかも。
ある日、ホワンの家に謎の男がやってきた。
筋骨隆々で背の高い、『たくましい』と言う文字を体現化したような男だった。
「魔王討伐……?」
「はい。ぜひあなたにも、ギルドが行う予定の魔王討伐に参加して頂きたいのです」
どうやらその男はギルドとやらのスカウトだったようだ。ホワンのスカウトに来たらしい。
「な、何言ってるんですか。私、ただの主婦ですよ? 戦いなんて無理ですって」
この前あんなに魔物を撥ね飛ばしておいてよくそんなことが言えるな、と突っ込みたいところだができないのでやめておこう。
「ご冗談を。あなたは先日ベビーカーでトーナリ王国付近に住まう魔物を一網打尽にしたそうじゃないですか。十分魔物と戦う力がおありだ」
どうやら先日の魔物大量撥ね飛ばし事件は人間たちの間でも話題になっていたようだ。まぁあれだけものすごい事件なのだから話題になるのも無理はない。
「そんな……。確かについうっかり魔物を轢いてしまう事はありますけど、そんなたいそうなことはしていませんわ」
あんだけ強そうな魔物達ガンガン轢いておいて何が『ついうっかり』だよ、と突っ込みたいところだができないのでやめておこう。
「いいえ、あなたの力は今回の作戦に必須と言っていいほどの物です。報酬は弾みます、どうか参加をお願いいたします!」
「で、でも……」
「魔王のいる部屋まで走っていくだけでいいんです。お願いいたします!」
「……そこまで言うのなら」
結局、ホワンは押し負けてスカウトの誘いに乗ってしまった。それでいいのか、ホワンよ。
さて、魔王討伐に出るとなると耐久性と攻撃力をあげた方がいいだろう。
先日の魔物大量撥ね飛ばし事件のおかげでレベルも大分上がり、APが6ポイントも増えた。これなら3ポイントずつ攻撃力と耐久性に振り分ければ、かなり強いベビーカーになることも可能なはずだ。
あとはホワンが無茶さえしなければ大丈夫だと思うが……。正直少し不安だ。
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ゴブリンはキングオークの死の原因を伝えるため、魔王城のとある一室に来ていた。
「ゴブリンさん、あなたの報告はあまりにもぶっ飛びすぎている。なんですか『ベビーカーが猛スピードでキングオークを弾き飛ばした』って。そんな事あり得ないでしょう」
「いえ、本当なんです! 他の人の証言も聞いてください、きっと同じ証言が聞けるはずです!」
「人間の兵器を見間違えただけでしょう。ベビーカーが空飛んで猛スピードなんてあり得ませんよ」
「絶対あれはベビーカーです! あんな可愛らしいデザインの物が人間の兵器だったら、人間のセンスを疑いますよ!」
ゴブリンは担当の指揮官と口論を起こしていた。原因は『ゴブリンが見たのは本当にベビーカーだったのか』と言う傍から見ればどうでもいい内容だった。
「とにかく、キングオーク殿が人間の手によって倒されたのはこちらにとって大きな痛手です。すぐにその兵器の詳しい素性を知る必要があるでしょう」
指揮官はそう結論付けたその時、ドアから下っ端の魔物が駆け込んできた。
「指揮官殿、申し上げます! 人間達が軍を率いて魔王城へと侵攻を始めました!」
「なんだと。それは本当か」
「はい! 偵察を担当しているデスコンドルからの報告です!」
指揮官は窓の外を眺める。遥か遠くに確かに大軍がこちらへとやってきているのが見える。
「あれが人間の軍か。予想以上に規模が大きいな」
指揮官はそうぽつりと呟いた後、すぐさま下っ端の魔物に事を伝えた。
「ただちに戦闘班へ防衛ラインを組めと伝えろ! また連絡班は遠征に行っている魔物達を呼び戻すのだ! なんとしても人間どもを調子づかせてはならんぞ!」
「か、かしこまりました!」
伝令を聞いた下っ端の魔物は、大急ぎで部屋を出ていった。
「さて、これから忙しくなるぞ。ゴブリン、貴様も戦いに参加してもらうからそのつもりでいろ」
「は、はい。指揮官様」
指揮官はじっと窓の外を見る。遥か遠くに見える人間の軍を見ながら、今後の戦況を考えていた。
「……? なんだあれは」
すると指揮官は、空にある謎の影を見つけた。その影は少しずつこちらへと近づいてきている。
「あれはデスコンドル……? いや、しかし色合いが明るすぎるような……」
指揮官がその影の正体を考察していると、突然ゴブリンも窓へと近づいた。
「あの影……間違いない!」
ゴブリンはマジマジと影を凝視した後、指揮官にこう言い放った。
「指揮官様、あれです! あれが俺たちの見た悪夢のベビーカーですっ!」
空から舞い降りたベビーカーは魔王城の目の前に着地し、そのまままっすぐ魔王城の正門へと走っていく。
「あ、あいつら正門から入っていく気ですよ!?」
「大丈夫だ。正門はゴーレムが守っている。そう簡単には攻め入られない」
正門には確かに巨大なゴーレムがいた。とても屈強で、どう見てもベビーカーと戦って壊れるような代物ではない。
……しかし次の瞬間、ベビーカーにぶつかったゴーレムはあっけなく大破してしまうのであった。
「何ぃいいいいいいいっ!?」
ゴブリンと指揮官は叫んだ。目の前でありえない事が起こってしまったからだ。
ゴーレムを壊したベビーカーは、そのまま門を開けず体当たりで突き破り、城内へと進入していった。
「あ、あいつら城内に入りましたよ!? どうするんです!」
「おおおお、落ち着くのだ。あわあわ、慌てては元も子も無くなるっしゅ」
焦るゴブリンは指揮官に指示を仰ぐが、指揮官はそれ以上に焦っている。
しばらくすると、さきほど部屋を出ていった下っ端の魔物が再び駆け込んできた。
「し、指揮官殿! 一階がベビーカーのせいで大パニックになっています! どうすればよろしいのでしょうか!」
「べ、ベビーカーなんて怖くないだろ! とりあえずどうにかしろ!」
下っ端に指示を仰がれた指揮官は焦りのあまり、適当すぎる指示を言ってしまった。
「で、ですがあのベビーカーとても強いんです! 前線に出る予定だった精鋭達も次々と撥ね飛ばされています!」
「だ、だったら私が直々に止める! 私も昔は『魔界の鬼番長』と恐れられていた精鋭だったんだ!」
指揮官は駆け足で部屋に出ようとする。
「し、指揮官様、危険です! あのベビーカーを甘く見てはいけません!」
ゴブリンは制止するが、指揮官はそれに返答する。
「なぁに、ベビーカーごときどうってことはない! だがもしもの事があったら妻や子供に『愛していた』と伝えてくれ!」
「そ、それ死亡フラグですよ!? そのセリフ言って帰ってくる確率すっごい低いですよ!!」
「うるさい! とにかく出陣してくる! いざっ……!」
「し、指揮官様ーっ!」
そして指揮官は、ベビーカーが暴れ狂う一階へと駆けて行ったのであった。
それ以降指揮官の姿を見たものはいなかった。