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「触るぞ」
「は、はい」
触られるのははじめてだ。
というか、誰かの体温がはじめてだ。
体温高いんだな、なんて思ってしまった。
「だいぶ広範囲だな。痛みは?」
「ない……です」
ひきつれることはあるけれど、あれは痛くはない。
再び首をかしげると、ティクルスが触れていた指を離した。
「質問を変える。火傷していない場所にくらべて違和感はあるか?」
「違和感……引っ張られる感じでしょうか」
「愛用のオイルやクリームは?」
「そんなの使うんですか?」
病気はともかく怪我はちゃんとしたことがないから、わからない。
病室から出なかったので、怪我をするようなことに陥らなかったのだ。
「……ファーレン国で、オイルやクリームを火傷痕に塗ったか?」
「それはしてないです」
ふるふると首をふると、ティクルスのこめかみに血管が浮いた気がした。
眉間に指を当て、まるで落ち着くようにふー、と息を吐く。
その雰囲気はどうみても怒っているとわかるものだった。
(なんか怒ってるけど、怖くはない、かな?)
雰囲気はあきらかに怒気にまみれているけれど、その怒りはルクレッツィに向かっていないのはわかる。
おもわずきょとりと目を丸くすると、控えていたフォックが苦笑した。
「ティクルス様、猫が剥がれていますよ」
「猫……」
フォックの言葉にティクルスを見ると、苦いものを飲んだような顔をしていた。
そしてもう一度大きくため息を吐く。
「もうバレたから言うけどな、これが素だ」
王宮で会ったときの物静かな雰囲気は猫を被っていたらしい。
王太子が笑っていたのは、もしかしてそのせいかと思い出す。
無表情だったのに、今はとても表情豊かだ。
おもに不機嫌な方向にだけれど。
目を丸くしてティクルスを見てしまうと、眉間に皺がよって居心地が悪そうだ。
それを見てフォックがくすくすと笑う。
「小さな姫君を怖がらせないように、対外用でお会いしたんですけどね」
「私のため、ですか?」
ルクレッツィがじっとティクルスを見ると、会ったばかりの婚約者はわずかに頬をそめてぶっきらぼうに口を開いた。
「そんなんじゃない」
「でも、それだと一緒に住むのに私といるとき大変です」
「大変じゃないからしてるんだ」
「早々にバレてしまいましたけどね」
フォックの言葉に、ぎろりとティクルスはそちらを睨みつけた。
けれど本人はにこにこと笑っている。
いい性格をしているようだ。
気を使われたのなんてはじめてだ。
国王も気をつかってはくれたけれど、あちらはすべて不発に終わっているので、あまり実感はない。
(ティクルス様には悪いけど、私はこの人が婚約者で嬉しいかも)
ティクルス側は不本意極まりないだろうが、ルクレッツィとしては今までの一連の流れでティクルスを信頼できるかもという気持ちが生まれている。
チョロイとは言わないでほしい。
それだけ対人経験がないのだ。
反省するようにため息を吐いてから立ち直ったのか、ティクルスがカルテに何やら書き込む。
「オイルとクリームを準備するから、朝晩塗るぞ。肌にあう方を使う」
「二回もですか?」
「風呂上りの乾燥防止と朝の洗顔あとの乾燥防止だ。たりなければ昼も塗る」
「ティクルス様はお医者さんですか?」
「違う。資格はあるし研修もしてるけど医者じゃない」
つまり研修医みたいなものだろうか。
貴族でそれは珍しいのではないのか。
領地経営なんかをするのではと思ったけれど、そういえば兄がいると言っていたなと思う。
それにしても医者の資格があるし研修もしているということは、物凄く勉強などを頑張っているはずだ。
誇っていいと思う。
「凄いです、尊敬します」
「大げさだ」
「大げさじゃないですよ!」
言いながらルクレッツィは身を乗り出した。
そのとき軽く咳が出そうになったけれど、気にせずまくし立てる。
「お医者様は凄いんですよ!痛いのとか苦しいのをやわらげてくれるんです。だから体がすっごく楽になるんです」
今はともかく前世は散々医者にお世話になった。
夜中でも容体によってはすぐに来てくれたし、経過観察のたびに細かに体調を気遣ってくれたものだ。
熱弁するルクレッツィとは反対に、何故かティクルスが目を細めた。
まるで観察するような目だ。
「苦しいことがあるのか?」
「ええと」
どう言えばと思ったとき、けほりと今度こそしっかりと咳が出た。
慌ててむぐと口を手で押さえる。
軽い発作のようだけれど、まだ咳が出そうで体がそのたびにびくりと跳ねる。
どうしようと思っていると、そっとティクルスに手を取られた。
やはり体温が高い。
「そのまま手を離して咳をしろ」
手を外されてしまったら、そのままこんこんと咳が出た。
体から何かが抜けていく感覚が気持ち悪い。
手を取られていた右手を、ティクルスが握りなおす。
「魔力が抜けてる……魔力放出病か!」
魔力が抜けるのわかるんだなとか咳をしながら思った。
やはり軽い発作だったのか、何回かで咳は止まり大きく深呼吸する。
すぐにフォックが水を差しだしてくれたので、両手でグラスを取り口をつけた。
その様子をティクルスが目をすがめて上から下までルクレッツィを観察する。
どう見てもその眼差しは怒りを宿していた。




