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もうヒルクライフ国に入ってしばらくたっている。
あと少しで王都らしい。
途中何度も具合が悪くなったので休憩を多めにとってもらったけれど、王妃の手配した馬車なので正直王都までの移動はしんどかった。
やっと到着だとほっとする。
「あと少しで王都かあ。今回は元気だから人生楽しむぞー!部屋に閉じこもる生活じゃないだけで嬉しい。楽しみー!」
国王の言葉を信じるならば、ひどい扱いは多分されないだろうと一応楽観視している。
もしひどい扱いをされても王城よりはマシな気もするので、やはりルクレッツィは不安を抱えてはいなかった。
「美食と花の国なんて素敵よね」
国王がそっと渡してくれた本によれば、ルクレッツィの国よりもかなり豊らしい。
ますますそんな国にルクレッツィを押しつけていいのだろうか。
結局、本を貰ったけれど必要ないと王妃に取られてしまったので、さわりの部分しか読んでいない。
王女たちが言うにはよけいな知恵をつけて行ったら、おもしろくないそうだ。
ルクレッツィがヒルクライフに到着して以降のことを知ることもないのに、性格が悪い。
「でも花っていいわよね。病室は花は禁止だったから、ほとんど見たことなかったもの。『メアリー・ジーンの優雅なお仕事』は花屋が舞台でかわいかったな」
こじんまりとした、パステルな花屋に色とりどりの花がたくさんで憧れたものだ。
姉が言うには映画だからけっこう盛っていると言われた。
夢を壊さないでほしい。
「気軽に花をおくる文化があるって書いてあったわよね。婚約者の人に一回くらい貰えたら嬉しいな」
貰えなくても自分で買ったり出来るといい。
荷物はあまり持たせてもらえなかったというか、服などは地味でサイズが大きなものばかりだけれど、財産として国王がなんとか金銭は準備してくれた。
王太后の目があっただろうに、頑張ってくれたのだろう。
ちなみに王妃いわく嫁ぐのは侯爵家の次男だし、こんなのを押しつけられるくらいだから問題があるに決まっていると言われた。
だからこんな荷物なのだ。
会ってもいないのに、とても失礼である。
そこまで考えたところで、こほりと咳が出た。
そのまま堰を切ったようにコホコホと咳を出す。
ぜえぜえと息があがって呼吸がしにくくなり、苦しい。
体の魔力が抜けていく感覚に眩暈がした。
ルクレッツィには持病がある。
魔力放出病だ。
咳とともに魔力が抜けていき、人によっては魔力が枯渇して死んでしまう。
あ、やばい、と思ってルクレッツィは慌てて薬を取り出した。
黒く小さな丸薬を口に入れてなんとか飲み込む。
いつも医者から渡される薬だけれど、あまり効いたことはない。
貰うのはこの薬だけなので、あまり流通する薬がないのかもしれない。
「そ、そうだ、祝福……!」
ハッと思い出す。
魔法とは別に、人には祝福というものがある。
持っていたり持っていなかったりするけれど、ルクレッツィは持っている。
痛みをとる祝福だ。
以前のルクレッツィは使ったことがない。
なんなら火傷のときも使わなかった。
いや使おうよ。
激痛だったでしょと今のルクレッツィは思う。
使い方は一応わかるので、使ってみた。
咳による胸やら肺やらの痛みをどうにかしたい。
使った瞬間に、くらくらと眩暈がする。
ルクレッツィはこんなところも貧弱なようだ。
よく考えたら魔力が抜けているのに魔法を使ったらこうなるに決まっている。
そして。
「自分は除外かい」
おもわずツッコんでしまった。
まったく痛みが変わっていない。
ちょっと痛みがとれたような感覚もない。
完全にきいていないのだ。
「宝の持ち腐れ……」
一番必要としているのが使い手のルクレッツィなのに。
そんなわけでルクレッツィは本日何度目かの休憩を申し出た。
予定がどんどん遅れていくのは申し訳ない。
□ □ □ □
王宮でルクレッツィは婚約者だという男性と対面した。
顔がいい。
怜悧な美貌は無表情のせいか、少し冷たく感じる。
しかし美しいので目が潰れそうだ。
十九歳というからもっと学生っぽいのかと思っていたけれど、そんなことはない。
まあルクレッツィの学生のイメージは創作物しかないので、本物がどんなものなのかは知らないけれど。
髪は尾羽のように襟足が長く、艶やかな黒髪。
瞳は猛禽類を思わせる金。
そして世界最速の鳥を思わせる、白地に黒褐色の模様が入った立派な羽を持つ先祖返りだった。
(恰好いい! 飛べるのかしら、頼んだら一緒に飛んでくれるかしら)
ふんふんと内心興奮しながらも、ルクレッツィはなんとか表面上は落ち着いた姫君の振りをした。
興奮するのは体によくない。
初対面で倒れるわけにはいかないのだ。
「私の友人で、とても誠実な人間だよ」
立ち合いの王太子だという人間がにこりと品よく笑う。
仲がいいらしい。
少なくとも婚約者に対しての悪意は感じない。
隠していたらルクレッツィにはわからないけれど。
「先祖返りのことは聞いているかな?」
「はい、国王陛下から少しだけ」
なるほどと王太子が頷く。
そのあいだ婚約者は何故かじっとルクレッツィを見ていた。
やはりこんなちびっこはお断りだと怒っているのだろうか。
好意的に引き受けてくれたのか若干不安になる説明だったもんなと、国王との会話を思い出す。
「彼は見てのとおりに鳥の先祖返りだ。平民には一握り程度いるけれど、今のところ王都の貴族では彼一人だね。先祖返りは尊ばれるものなんだ」
「お聞きしています」
こくりと王太子に頷くと、ルクレッツィは婚約者を見上げた。
やはり顔が美しい。
そんなことを思いながらも、ここは気合いを入れて印象よくしようとにっこり笑う。
「はじめまして、ルクレッツィ・ファーレンと申します。六歳になったばかりです」
六歳という単語に、婚約者の眉がぴくりと動いた。
やはり十九歳に六歳児はないだろうと国王に叫んでしまう。
向こうだって本当にこんなのが来たら動揺しかないに決まっている。
「ベスレイヤ侯爵家の次男になります、ティクルス・ベスレイヤです。はじめまして」
声は滑らかで耳障りのいいものだった。
低すぎず高すぎず、聞き取りやすい。
ティクルス様かあと名前を復唱していると、何故か王太子が含み笑いでティクルスを見ていた。
何故そんな面白いものを見る目をしているのか。
今、面白い要素はあっただろうか。
「そっちでいくのか」
「小さな姫君にはこちらの方がいいかと」
にやにやとする王太子に、しかしティクルスはどこ吹く風だ。
ちらりとそちらを見ただけだった。
「それもそうか」
何だか納得したらしい王太子とは裏腹に、ルクレッツィはさきほどからティクルスにじーっと見られている。
何故。
「少し左目を見てもよろしいでしょうか?」
突然の申し出だった。
現在ルクレッツィの左目は髪で隠れている。
もともとあまり整えてもらえなかったうえに、はっきり言えば陰鬱なルクレッツィは王妃たちから隠れるように前髪を伸ばしていたのだ。
邪魔だから切るか何かしたかったけれど、侍女に頼んでも髪を切ってもらえなかったのでこのままである。
まあ初対面で火傷痕を堂々と見せるのも、相手に気をつかわせるかなと髪を下ろしっぱなしできたのだ。
「あー……えっと……」
「おい」
歯切れの悪いルクレッツィに対して、王太子が咎めるような声をかけるけれど、挨拶のために立って対峙していたティクルスはさっさと距離をつめて、膝をついた。
近くなった美貌がまぶしい。
おもわず目を細めそうになってしまった。
「触りますよ」
一応断りを入れると、ティクルスの長い指がルクレッツィの髪を、そっとかきわけた。
美しい顔立ちに黒真珠のような瞳。
その左目まわりが赤く皮膚の色を変えている。
ルクレッツィの顔の惨状にティクルスがわずかに眉間に皺を寄せたので、そっと目線を足元に落とした。
「見苦しい……ですよね」
ルクレッツィはまったく気にしていないけれど、これから一緒の生活をする婚約者に嫌悪されるのは正直嫌だ。
近づくなと言われれば、まあ仕方ないかと思うけれどせっかくなら仲良くしたい。
ルクレッツィはティクルスの屋敷に住むことになっているので、ほぼ家族同然になるのだ。
今生の家族は最悪だったので、新しい家族とは親しくしたい。
婚約者というより兄妹でも全然かまわないので。
ティクルスはじっとルクレッツィの顔を見たあとで立ち上がった。
「今日先生は王宮にいらっしゃいますか?」
「残念ながら王都を離れているよ、しばらく帰らない。他の人間ならいるけれど」
「……先生が戻ってから頼みます」
何の話だろうと思っていると、いきなりルクレッツィは抱き上げられた。
足が地面から離れて、思わず固まってしまう。
「帰ります」
「え!? ええ!?」
「一応このあとはお茶会の準備をしているんだがな」
「中止でお願いします」
ルクレッツィのとまどいなど、なんのその。
二人の会話は進んでいっている。
(どういうこと? まさかもういらないとかじゃないよね? 来て早々放り出されるのはさすがに悲しいわよ)
身じろぐとしっかり抱えなおされてしまうので、下手に動けない。
「申し訳ありません」
「まあ、そうだろうな」
王太子にチラリと一瞥された。
これは王太子も納得の行動らしい。
当人と仲介者の二人がいらないというのなら、ルクレッツィには選択肢はないも同然だ。
(気に入らなかったんだわ)
おチビで、陰気な顔に火傷痕。
せめて年頃がつりあっていれば友人候補くらいにはなれたかもしれないのに。
正直へこむ。
ティクルスは王太子に礼をすると、さっさと部屋を出てしまった。
抱き上げられているので、ティクルスの羽が間近に見える。
鳥の羽は触ったことがないけれど、柔らかそうではなかった。
漫画やアニメで見た天使や悪魔の絵とはなんだか違う。
正直とても触ってみたかった。
(にしても抱っこ……抱っことかはじめてされた)
前世は幼いころに抱っこを何回かされたけれど、嬉しさで興奮しすぎるからよくないと控えられたのだ。
今生はされた記憶が一切ない。
してくれるとしたら国王だけれど。
(あれは無理よ)
鉄壁に囲まれていて、とてもルクレッツィを抱っこできるような環境ではなかった。
だからこんなふうにしっかり抱っこされるのは、ほぼはじめてだ。
新鮮すぎる。
あとティクルスは背丈があるので目線が高くて面白い。
迷いなく歩く足取りも早いので、おそるおそる肩に手を添えたらチラリと金目がルクレッツィを見た。
「しっかり掴まっていてください。首に手をまわしてかまわないので」
掴まっていいらしい。
しかも首に。
お言葉に甘えてそろりと首に腕をまわすと体が安定した。
そしてそのことに対して、嫌がるそぶりは欠片もない。
おやおやと疑問が浮かぶ。
(もしかして、思ったより嫌がられてないかも?)
おもわずまじまじと美しい顔を見ると「何か?」と負の感情がまったくない様子で問いかけられてしまった。
間近で火傷痕を晒しているのに。
とまどっていると、前方から早歩きで一人の青年がやってきた。
「連絡が来ましたけど、もう帰られるんですか? お茶会があるはずですけど」
小首を傾げたのはティクルスと同じくらいの年の青年だった。
金髪の癖毛に、優し気で甘やかな雰囲気だ。
おっとりとした表情は人当たりよく見えた。
「お茶より優先することがある」
「あー……」
ハッキリ言ったティクルスに、金髪の彼はルクレッツィを見て眉を下げた。
さきほどティクルスに前髪をよけられたので、火傷痕が丸見えなのだ。
それでこの反応かと思う。
ティクルスの身内っぽいけれど、やはり受け入れがたいのだろう。
「ティクルス様にとっては、そうですね」
お茶会で親睦を深めることは優先されないのだろうか。
仮にも結婚する相手との初対面なので、コミュニケーションは大事じゃなかろうか。
もしかしてひと目でアウトだったのか。
(この火傷そんなに駄目だったの? 基本は美少女なのに。やっぱり王族でも傷物は駄目かあ)
はふうとついついため息をこぼす。
でもじゃあ何で運ばれているのだ。
疑問しかない。
そんなあいだにもティクルスはさっさと馬車に乗り込んでしまったのだった。
※映画『メアリー・ジーンの優雅なお仕事』
こじんまりとしたパステルな花屋が舞台で、色とりどりの花がたくさんのハートフルな作品。映像の可愛らしさが話題だった。




