第46話:母の店
翌る朝から、私は段を登ることにした。
登って母の家の戸を叩いて、竈の脇に立つ。何をしに、と聞かれれば答えは用意していなかった。用意していなかったが母も聞かなかった。戸を開けて幅を作って、竈の火を見せた。火はもう起きていた。起きている火の前に、椀が二つ伏せてあった。二つ。私が来ることをこの人は昨夜のうちに決めていたらしい。
母の家は、谷の茶房だった。
客は来る。来る客は谷の人で、戸を叩かずに入ってきて椀を自分で取って、卓につく。つくと母が葉を量り、ぬるい湯を注ぎ、客の前に置く。客は何も言わずに飲み、飲み終えると何か置いていく。銭のこともあるし、卵のこともあるし、薪のこともある。今朝の最初の客は山芋を一本置いていった。
「お代は、決めていないのですか」
「決めていないの。谷の人は、払える物を払うわ。払えない月は、払わない。その代わり、払える月に多く持ってくる」
「帳面は」
「つけていないわ。……顔で覚えているの」
私は自分の店の帳面を思った。毎日、誰が何を飲んで幾ら払ったかを一行ずつ。この人は七年それをつけなかった。つけないで顔で覚えた。どちらが良いかという話ではないのだと思う。ただ、同じ手の人が帳面をつける側とつけない側に分かれた。分かれ方に七年があった。
二人目の客は、若い母親だった。
背中に赤子を括って、目の下に暗い色を置いて、椀を取る手がゆっくりだった。赤子が夜泣きをするのだと、聞かなくても分かる。口で言われる前に体が言っている。
母が葉を量った。私は横で見ていた。
霧の葉を少なめに、眠りの浅い人の花を一つまみ。それから湯を、二百二十よりさらに長く待った。二百四十。ほとんど白湯に近い薄さで、それでいて香りの底だけが残る量。赤子に乳を含ませる人に出す茶は、葉を薄く、湯をぬるく。母の手は私の手がやることと同じ順で動いた。順だけではない。匙を止める間まで同じだった。
「……」
私は何も言わなかった。母も何も言わなかった。若い母親は飲んで、飲んでいるあいだに背中の赤子が眠って、眠った重みで肩が少し下がった。下がった肩のまま卵を三つ置いて出ていった。悩みごとを言わなかった。母も聞かなかった。ただ、ぬるい茶が出て、収まりのいい茶が出て、それだけだった。
ファルクさんの言ったとおりだった。ぬるくして、何も聞かない。
客が出ていったあと私は竈の脇で椀を洗った。洗いながら聞きたいことが喉の奥で順番を待っているのが分かった。なぜ、消えたのか。なぜ七年手紙の一通も寄越さなかったのか。壁の釘の紙は何なのか。順番は決まっているのに、最初の一つが、どうしても口まで上がってこない。
上がってこないまま、手だけが動いた。
「ねえ」
戸口に立ったニナが、妙な顔をしていた。
「何ですか」
「いま、二人とも、同じとこで手止めた」
「何のことです」
「椀洗うとき。縁を三回、指で撫でるやつ。ユーフェミア様がやるの、あたし毎日見てるから知ってるけど。……同じだった。いま、二人とも、三回」
母が、洗い場の向こうで、手を止めた。止めた手の指が、椀の縁にかかっていた。三回目の途中だった。
「ユーフェミア様と同じ手つき。こわ」
ニナは心底そう思っている顔でそう言って、土間の隅へ逃げた。
三人目は、咳をしながら入ってきた。
北の段で灰の葉を刈っている男の人だった。籠を戸口に下ろして、卓につく前に二度咳をした。深い咳ではない。眠たい咳だ。霧の斜面で聞いたのと同じ咳が、いま目の前の卓で鳴っている。袖口に灰色の粉がついていて、粉の匂いが、戸口からここまで届いた。
母は葉を量る前に、男の人の袖を見た。見てから、棚のいちばん端の包みを取った。実の皮だ。冷えた体を起こす、あの皮。それに霧の葉を合わせて、今度は熱く淹れた。二百。この水で二百というのは、ぬるい。ぬるいのを承知で、母は皮の香りを立てるほうを選んだ。喉に粉が溜まっている人には、香りで喉を開かせる。
「……婆さま。今日も、ぬるいな」
「ぬるいのよ。熱いのは、喉に悪いわ」
「刈り賃が出たら、熱いのを頼む」
「出たら、ね」
男の人は笑って、咳をして、飲んで、今度は咳をしなかった。皮の香りが喉を通ったあとは、しばらく咳が止まる。止まるだけで、治りはしない。治す茶ではない。今日の分を出しているだけだ。母も、私と同じことを言う人なのだと思ったら、言う前に手が同じ皮を取っていたのだから、順番が逆なのだった。
男の人は薪を二本置いて出ていった。戸口で、また咳をした。
「……北の段の人は、みな、あの咳を」
「刈る人はね。刈らない人は、しないわ」
母はそれだけ言って、椀を洗った。
昼前に、レオハルト様が段を登っていらした。
今日の午前はギスベルトさんの帳面の写しの続きだったはずで、写し終えたのか、切り上げたのか。戸口で足を止めて、中を見て、それから少し妙な間を置いた。
「……どうした」
「いえ」
「二人で、同じ角度で振り向かれると、なんというか」
「何でしょう」
「いや。いい。座る」
この方は戸口の近い椅子に座った。私の店の戸口の椅子と同じ位置の椅子だ。昨日もそこに座った。座る場所を決めるのが早い人で、決めた場所を変えない人でもある。
母が葉を量ろうとして、手を止めて、私を見た。
「あなたが、淹れなさい。この方の分は」
「……はい」
私は母の棚から葉を取った。母の葉だ。母の匙で量って、母の竈で沸かした、谷の水の湯を注ぐ。二百二十。それから、いつもの三つを待つ間、私はこの方の喉を見た。
顎は、上がらなかった。
「今日も、出ない」
「はい。谷へ来て、まだ一度も」
「水が変わって、葉が変わって、それでも出ない。……いや、出ないことが分かっただけでも、一つ増えた」
母が、卓の向かいから、その言葉を聞いていた。聞いて、自分の椀を取って、一口飲んだ。それから、私ではなく、レオハルト様に言った。
「湯気の高さは、分かるのね」
「分かる。娘さんのと、あなたのとで、今日は同じ高さだ」
「同じ、と」
「ああ。昨日は、違った。娘さんのほうが、少し低かった」
母は椀を置いた。置いて、私を見た。私は目を逸らさなかったが、逸らしたかった。昨日、私の湯気が低かったのは、手が揺れていたからだ。揺れた手で沸かした湯は、鍋の芯まで熱が入らない。そういうことを、この方は湯気で見抜いて、今日まで言わずにいた。
「……そう」
母は、それだけ言った。
午後の客が途切れたころ、私は棚の札を一枚ずつ読んでいた。
読むふりをして、作業台の壁を見ないようにしていた。釘の紙は、今日もそこにある。縁の焼けた、一辺の毛羽立った紙。読めば分かることが、そこに留めてある。読む前に聞くべきことがあって、聞く前に——
「聞かないの?」
背中で、母の声がした。
振り向くと、母は竈の前で、夕方の葉を量っていた。量る手を止めずに、顔も上げずに、そう言った。
「聞きたいことが、顔に書いてあるわ。今朝からずっと。……椀を洗う手が、三回で止まらなかったもの。四回、撫でていた」
私は自分の手を見た。
「聞かないの?」
母は、もう一度、言った。
お読みくださりありがとうございます。
椀の縁を三回撫でる癖は、教わった覚えのないものです。教わっていないのに同じ回数で止まる手が二組あると、見習いは「こわ」と言います。正しい反応だと思います。
七年ぶりに会った母娘が、最初にやったのは喧嘩でも抱擁でもなく、同じ手順で茶を淹れることでした。
次回、七年前の話が始まります。前半です。




