第41話:谷の一杯
鎌を置いた人影は、ファルクさんだった。
段を三つ飛び降りて四つ目で足を滑らせて、滑ったまま道まで下りてきた。息を切らしながら辺境伯に礼をしようとして礼より先に「来た」と言った。来た、と二度言ってから、三度目でようやく「来てくださった」に直った。谷の言葉は飾りが少ないらしい。
「荷馬車は峠の下です。昼に霧が薄くなってから、道なりに下りてきます」
「じゃあ迎えを出します。あの道は、馬が嫌がる角が一つあるんで」
ファルクさんは段の上に向かって谷の言葉で何か叫んだ。叫ぶというより投げる声だった。段々の上のほうで人影が二つ三つ起き上がってこちらを見て、また屈んだ。起き上がり方がのろく、屈み方が速かった。よそ者を見る谷の目は見たことを顔に出さない目だ。
「気にしないでください。谷の者は、峠の向こうから来る人間を、まず荷物だと思って見るんです。人だと分かるのに、三日かかります」
「三日ですか」
「俺も辺境の街で、三日は荷物でした」
言われてみれば、あの日の店でこの人は戸口で雪靴の紐を解くあいだ、誰にも声をかけられなかった。よそ者の三日はどこの土地でも同じ長さをしているのかもしれない。
谷は、底に着いてみると思ったより広かった。
段々畑は谷の両側の斜面を上まで埋めていて、底には細い川が一本石を噛みながら流れている。川沿いに石積みの家が二十ばかり。屋根は板葺きで、どの屋根にも石が載せてあった。風の強い土地の屋根だ。家々の軒先には葉を干す簀子が出ていて、半分は空だった。空の簀子は干す葉が無いということだ。
レオハルト様は谷へ入ってから口数が減った。減ったぶん、目が動いている。段の数、家の数、川の幅、簀子の空き。領主の目は数える目で、その目がいちばん長く止まったのは谷の北の奥——段々畑が途切れた先の、灰色がかった斜面だった。
「あれが、岩場か」
「はい。灰の葉の。……今年、あっち寄りの段を四つ、茶を抜いて植え替えました。来年はもっと増えます」
ファルクさんは、増えます、を吐き捨てなかった。ただ数を言った。数で言うしかない話なのだと思う。
ファルクさんの家は川のいちばん近くにあった。戸口で彼の母親が私たちを見て、荷物を見る目で見て、それから息子の顔を見て人を見る目に切り替えた。切り替わるまでに三日はかからなかった。息子の顔が、三日ぶんの仕事をしたのだ。
「湯を、使わせていただけますか」
私は荷を下ろす前に、それだけを頼んだ。
谷の水は、手に受けた瞬間に分かった。
軽い。冷たいのは当たり前として、軽いのだ。街の井戸水は手のひらに溜めると少し重みを持って沈む。ここの水は沈まない。指のあいだからすぐに逃げていく。飲むと歯の裏が冷えて、冷えたあとに何も残らない。味が無い、のではない。味が居座らない水だった。
この水で、湯を沸かす。
竈は店のものより低くて、火は薪ではなく乾いた茶の枝だった。枝は薪より早く燃えて早く落ちる。鍋を火にかけて私はいつものように二百を数え始めた。百で、湯の表に細かい泡が立つ。百五十で、泡が集まり始める。ここまでは街と同じだった。
二百で、湯は——まだ、届いていなかった。
泡は集まっているのに、立ち上がる湯気が薄い。鍋の縁を指で触れると、八十度の熱さにあと少し足りない。軽い水は温まるのも軽いのだ。熱を受け取っても水の側が持ちこたえない。
私は数え続けた。二百十。二百二十。
そこで、湯気が立った。
「……二百二十」
声に出すと、戸口でファルクさんが笑った。
「でしょう。谷の水は、二百じゃ届かない。婆さまが言ってました。水が軽い土地は、待つぶんを増やせって」
待つぶんを増やせ。その言葉の言い方まで分かる気がした。谷の水で湯を沸かしてみるまで、私は二百二十を谷の我流だとどこかで思っていた。我流ではなかった。水がそう言っているのだ。水の言うことを聞いて、数を一つ足す。それは店で私が毎日やっていることと、寸分違わない。
ニナが鍋を覗き込んで、鼻を一度回した。
「湯の匂いが、薄い。水の匂いがしない湯って、初めて」
「匂いがしない水は、葉の匂いを邪魔しません。谷の葉が霧の葉より澄んでいる理由の、半分はこの水です」
「もう半分は」
「霧が葉を揉む、のほうです」
レオハルト様が、椀を受け取って両手で包んだ。山の持ち方。飲み込んで、三つ待って、顎は上がらない。けれどこの方は、椀を置かずに言った。
「……歯に、冷たさが残る。湯なのに」
「水の癖です。温めても、この水は芯が冷たいままです」
「匂いは出ない。だが、これは分かる。王都の水とも、うちの街の水とも、違う水だ」
匂いでも味でもなく、歯の裏の温度で、この方は谷の水を覚えた。覚え方が一つ増えた。その一つを、私は店の帳面の最後の頁に、帰ったら書き足そうと思った。
午後、最初の客が来た。
客という言い方が正しいかどうか、分からない。戸口から入ってきた小柄な老婆は、断りも言わずに竈の前まで来て、私の手元を覗き込み、鍋と葉と匙を順に見て、それから私の顔を見た。マレーネという、ファルクさんの家の隣の人だった。
「あんたが、峠の向こうの茶屋かい」
「はい。ユーフェミアと申します」
「ふうん」
老婆は勝手に椀を取って、勝手に座った。谷の人が人を見るのに三日かかるというのは、この人には当てはまらないらしい。この人は三日ぶんを、最初の一目で使い切る。
私は谷の葉——ファルクさんが分けてくれた、師匠の手つきの葉——を、二百二十の湯で淹れた。
マレーネさんは、一口飲んで、椀の中を見た。二口目を飲んで、私の手を見た。
「……茶婆の弟子かい」
「違います」
言った声が、自分でも分かるほど速かった。速すぎた。違います、と言い切るには、私はこの葉の淹れ方を知りすぎている。ぬるくして、何も聞かない。それを教わった覚えはないのに、手はそう動く。
老婆はにやりと笑った。笑うと、顔中の皺が一度に動いた。
「違います、って顔じゃないよ。その匙の持ち方。指の三本目が浮いてる。茶婆と同じだ」
私は自分の手を見た。三本目の指が、浮いていた。
「マレーネさん。番小屋の包みの葉を、見ていただけますか」
荷の底から油紙を出して、七年分痩せた葉を卓に広げた。霧の葉に、乾いた花を一つまみ。老婆は鼻を近づけて、それから指で一枚つまんで、潰した。
「これは、うちの谷の葉だ。揉み方が谷のものだよ。花は——茶婆が冬に混ぜるやつだね。眠れん年寄りに出す」
冬の頁の配合。母の帳面の、冬の頁。
「ユーフェミア様」
ニナが小さく呼んだ。呼んだだけで、続きは言わなかった。言わなくても、この子には分かっていたのだと思う。番小屋の葉が母の配合だったことは、峠の上で分かっていた。けれど谷の葉で、谷の揉み方で、谷の婆が冬に混ぜる花だと、谷の人の口から聞くのは、別の重さがあった。
七年前に峠で番人に渡された包みの中身は、この谷の、この水で淹れられるために揉まれた葉だった。母はここで葉を揉んで、ここで花を混ぜて、その一包みを持って——いや、持って帰りに寄るつもりで、峠を越えた。
マレーネさんは椀を空にして、立ち上がった。
「茶婆に、会いに来たんだろ」
「……はい」
「なら、上だよ」
老婆は戸口から、段々畑のずっと上を顎で指した。
「茶婆なら、上の寮にいるよ」
寮、と老婆は言った。
お読みくださりありがとうございます。
軽い水、という言い方は実際にあります。溶けているものが少ない水は、温まり方も冷め方も早く、茶の香りを邪魔しません。谷の二百二十は我流ではなく、水が数えさせている数でした。
三本目の指が浮く匙の持ち方は、教わっていなくても移ります。手から手へ渡るものは、帳面に書いていないものまで渡します。
次回、谷の関へ。そこに、思いがけない顔がいます。口の軽い、あの人です。




