第5話 特別な存在
休日に結衣と出かけてから数日。
悠真は自分でも分かるくらい浮かれていた。
朝起きると、学校へ行くのが楽しみになる。
教室へ入ると、まず結衣の姿を探してしまう。
そして目が合うと――。
「おはよう、神崎くん!」
その笑顔だけで一日頑張れる気がした。
「お前分かりやすいな」
昼休み。
翔太が呆れたように言った。
「何がだよ」
「白石さんのこと好きだろ」
悠真は飲んでいたお茶を吹き出しかけた。
「なっ!?」
「図星か」
「違う!」
「いや絶対好きだろ」
翔太はニヤニヤしている。
「最近のお前、完全に恋する男子高校生だぞ」
「うるさい」
否定したい。
だが否定できない。
休日に一緒に過ごした時間を思い出す。
カフェで笑う結衣。
ゲームセンターではしゃぐ結衣。
夕焼けの中で微笑む結衣。
気づけば彼女のことばかり考えている。
「まぁ頑張れ」
「何をだよ」
「告白」
「早すぎるだろ!」
教室中に聞こえる声量で叫んでしまった。
その瞬間。
「告白?」
結衣の声が聞こえた。
悠真は固まる。
翔太は吹き出している。
「な、何でもない!」
「そう?」
結衣は首を傾げた。
危なかった。
本当に危なかった。
放課後。
校外学習の班ごとに事前打ち合わせが行われていた。
行き先を決めたり。
昼食場所を考えたり。
自由行動の予定を組んだり。
教室はお祭り前のような賑やかさだった。
「ここ行きたい!」
結衣が観光パンフレットを広げる。
「展望台?」
「景色綺麗らしいよ」
目を輝かせる姿に思わず笑ってしまう。
「じゃあ行こうか」
「やった!」
班のみんなも賛成した。
その時。
結衣が急に咳き込んだ。
「ごほっ……!」
小さな咳。
だが悠真はすぐに気づく。
「大丈夫か?」
「うん」
結衣は笑う。
しかし顔色が少し悪い。
「最近よく咳してるよな」
「季節の変わり目だからかな」
そう言って誤魔化す。
だが悠真の胸には不安が残った。
翌日。
体育の授業だった。
男子はグラウンドでサッカー。
女子は別メニューだ。
試合中。
悠真は何気なく校舎の方を見た。
保健室の窓。
そこに見覚えのある姿があった。
結衣だった。
ベッドに座り、外を眺めている。
「白石さん……?」
授業中だったため近づけない。
だが気になって仕方なかった。
放課後。
悠真は保健室へ向かった。
コンコン。
扉をノックする。
「失礼します」
中に入ると保健室の先生だけがいた。
「あら神崎くん」
「白石さん来てませんでした?」
先生は少し驚いた顔をする。
「来てたけど、もう帰ったわよ」
「そうですか」
「心配なの?」
「え?」
先生は微笑む。
「優しいのね」
悠真は少し照れた。
保健室を出ようとした時だった。
机の上に見慣れたハンカチが置かれていた。
白いハンカチ。
端に小さな桜の刺繍。
結衣が使っているものだった。
忘れ物だ。
「届けます」
先生に伝え、悠真は学校を出た。
駅へ向かう途中。
前方に結衣の姿を見つけた。
「白石さん!」
呼びかける。
しかし。
結衣はその場でふらついた。
「っ……」
足元が崩れる。
「危ない!」
悠真はとっさに駆け寄った。
倒れかけた結衣を支える。
「大丈夫!?」
結衣の体は驚くほど軽かった。
そして。
少し震えていた。
「ごめん……」
「ごめんじゃない」
悠真は真剣な表情になる。
「最近ずっと無理してるだろ」
「……」
「何かあるなら言えよ」
結衣は俯く。
長い沈黙。
やがて小さく笑った。
「本当に優しいね」
「答えになってない」
「ごめん」
また謝る。
だがそれ以上は何も言わなかった。
言えないようにも見えた。
悠真はそれ以上聞けなかった。
近くの公園。
二人はベンチに座っていた。
結衣の顔色は少し戻っている。
「はい」
悠真は自動販売機で買ったスポーツドリンクを渡した。
「ありがとう」
「ちゃんと飲めよ」
「うん」
結衣は少しずつ飲む。
そして空を見上げた。
夕方の空。
オレンジ色に染まっている。
「神崎くん」
「ん?」
「私ね」
結衣は静かに言った。
「今まで転校ばかりだったんだ」
「そうなのか」
「だから友達もあまりできなくて」
少し寂しそうな笑顔。
「でも、この学校に来て良かった」
「どうして?」
「だって――」
結衣は悠真を見る。
その瞳は優しかった。
「神崎くんに会えたから」
悠真の心臓が大きく跳ねた。
「え……」
「ふふっ」
結衣は照れたように笑う。
「もちろんみんなにも会えたけどね」
冗談っぽく付け足す。
しかし悠真の胸は高鳴ったままだった。
その一言が嬉しかった。
どうしようもなく。
帰り道。
二人は並んで歩いた。
以前より距離が近い気がする。
会話がなくても気まずくない。
そんな関係になっていた。
駅に着く直前。
結衣が立ち止まる。
「今日ありがとう」
「気にするな」
「でも助けてもらったから」
結衣は少し考える。
そして。
「お礼したいな」
「別にいいよ」
「ダメ」
即答だった。
「今度、お弁当作ってくる」
「え?」
「約束ね」
そう言って笑う。
悠真は顔が熱くなるのを感じた。
手作り弁当。
その言葉の破壊力は高校生男子には強すぎた。
「楽しみにしてる」
そう答えるのが精一杯だった。
その夜。
結衣は病院にいた。
静かな診察室。
担当医が難しい顔をしている。
「無理はしていませんか?」
「大丈夫です」
「白石さん」
医師の声は優しかった。
しかしその表情は厳しい。
「数値は少し悪化しています」
結衣の指先が震える。
「……そうですか」
「学校生活は大切ですが、体を最優先にしてください」
診察室を出た後。
結衣は一人で夜空を見上げた。
「まだ……」
呟く。
「まだ終わりたくないよ」
脳裏に浮かぶのは悠真の顔だった。
優しい笑顔。
心配そうな表情。
自分を支えてくれた温かい腕。
もっと一緒にいたい。
もっと笑っていたい。
もっと――。
だが現実は残酷だった。
それでも結衣は涙を拭き、前を向く。
「あと少しだけ」
そう呟きながら。
夜風の中で、小さく微笑んだ。




