第2話 少しずつ縮まる距離
転校生・白石結衣がやって来てから数日が経った。
教室の空気は以前と少し変わっていた。
結衣は誰にでも優しく接し、男女問わず人気者になっていた。
朝は「おはよう」と笑顔で挨拶し、授業では真面目にノートを取り、休み時間には誰かの相談に乗る。
まるで最初からこのクラスにいたかのように自然に溶け込んでいた。
「すごいよなぁ」
昼休み。
悠真は窓際の席でパンを食べながら呟いた。
「何が?」
後ろから翔太が顔を出す。
「白石さんだよ」
「あー、確かに。あんなに早く馴染むとは思わなかった」
翔太はちらりと結衣を見る。
今も女子グループに囲まれて楽しそうに話していた。
「でも神崎」
「ん?」
「お前、最近白石さんばっか見てるな」
「ぶっ!」
悠真は危うくパンを吹き出しそうになった。
「な、何言ってんだよ!」
「図星か?」
「違う!」
翔太はケラケラ笑う。
「まぁ気持ちは分かるけどな」
「だから違うって」
そう言いながらも否定しきれない自分がいた。
気づけば視線が向いてしまう。
結衣の笑顔を見ると、なぜか少し嬉しくなる。
そんな自分に戸惑っていた。
その時。
「神崎くん」
聞き慣れた声。
振り向くと結衣が立っていた。
「今日も一緒に食べてもいい?」
「え?」
教室がざわつく。
男子たちの視線が痛い。
「もちろん」
「やった」
結衣は嬉しそうに笑い、悠真の隣の席に腰掛けた。
翔太が小声で囁く。
「爆発しろ」
「うるさい」
結衣はくすっと笑った。
「仲良いんだね」
「幼なじみなんだ」
「へぇ」
会話は自然と弾んだ。
好きな食べ物。
好きな音楽。
休日の過ごし方。
話してみると意外と共通点が多かった。
「私もその映画好き!」
「本当に?」
「最後のシーン泣かなかった?」
「泣いた」
「だよね!」
結衣は楽しそうだった。
悠真も自然と笑顔になる。
こんなに誰かと話すのが楽しいと思ったのは久しぶりだった。
放課後。
部活に入っていない悠真は帰り支度をしていた。
すると。
「神崎くん」
また結衣だった。
「どうしたの?」
「駅まで一緒に帰らない?」
「え?」
「嫌だった?」
少し不安そうな表情。
「嫌じゃないよ」
「よかった」
二人は並んで校門を出た。
夕暮れの街。
オレンジ色の光が道路を照らしている。
他愛もない会話をしながら歩く。
それだけなのに楽しかった。
「神崎くんって優しいね」
突然言われる。
「そうかな」
「うん」
結衣は微笑む。
「学校案内もしてくれたし、困ってたら助けてくれるし」
「普通だよ」
「普通じゃないよ」
その言葉に少し照れる。
結衣は空を見上げた。
「こういう時間好きだな」
「帰り道?」
「うん」
優しい風が吹く。
結衣の髪が揺れた。
その横顔を見た瞬間。
悠真の胸が少しだけ高鳴った。
駅に着くと結衣が言った。
「また明日ね」
「うん」
電車に乗り込む結衣。
ドアが閉まる直前。
彼女は窓越しに大きく手を振った。
悠真も思わず手を振り返す。
電車が去ったあとも、しばらくその場に立ち尽くしていた。
家に帰っても落ち着かなかった。
ベッドに寝転がる。
頭に浮かぶのは結衣の笑顔ばかり。
「何やってるんだ俺……」
天井を見上げる。
だが答えは分かっていた。
少しずつ。
本当に少しずつ。
自分は結衣に惹かれ始めていた。
翌日。
朝のホームルーム前。
教室に入った悠真は違和感を覚えた。
結衣の席が空いている。
まだ来ていないのだ。
いつもならもっと早く来ている。
「珍しいな」
そう思った時。
教室のドアが開く。
結衣だった。
しかし様子がおかしい。
顔色が悪い。
足取りも少しふらついている。
悠真は思わず立ち上がった。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫」
そう言うものの、明らかに無理をしている。
「顔色悪いぞ」
「ちょっと寝不足なだけ」
結衣は笑った。
だがその笑顔はいつもより弱々しかった。
授業中も何度か苦しそうな表情を見せる。
悠真は気になって仕方なかった。
昼休み。
結衣は屋上へ行ってしまった。
なんとなく気になり、悠真も後を追う。
屋上には誰もいなかった。
フェンスの近くに結衣が立っている。
風に吹かれながら空を見上げていた。
「白石さん」
振り返る。
少し驚いた顔。
「神崎くん」
「体調悪いんじゃないの?」
結衣は苦笑する。
「心配しすぎ」
「心配するだろ」
しばらく沈黙。
そして結衣がぽつりと呟いた。
「私ね」
「うん」
「毎日が大切なんだ」
「え?」
結衣は空を見たまま続ける。
「当たり前の毎日って、実はすごく幸せなんだと思う」
風が吹く。
桜の花びらが舞った。
「だから後悔しないように生きたいの」
悠真はその言葉の意味を理解できなかった。
でも。
なぜか胸がざわついた。
結衣はすぐに笑顔に戻る。
「変な話しちゃったね」
「いや」
「教室戻ろう」
そう言って歩き出す。
いつもの笑顔。
だけど悠真は気づいてしまった。
その笑顔の奥に。
少しだけ寂しさが隠れていることに。
そしてその日の帰り道。
二人が別れる直前。
結衣は小さく言った。
「神崎くん」
「ん?」
「友達になってくれてありがとう」
悠真は笑った。
「今さら?」
「ふふっ」
結衣も笑う。
夕日に照らされたその笑顔は、とても綺麗だった。
そして悠真はまだ知らない。
この言葉が。
結衣にとって、誰よりも大切な意味を持っていたことを——。
第2話 終




