第1章 「始まりの春 」第1話 君との出会い
春。
桜の花びらが風に舞い、通学路を淡いピンク色に染めていた。
高校二年生になった神崎悠真は、新しいクラスの名簿を見ながらため息をつく。
「また同じような一年になるのかな……」
特別目立つわけでもなく、友達はいるが親友と呼べるほどではない。
勉強も運動も平均的。
そんな自分に少し物足りなさを感じながら教室へ向かった。
教室はすでに賑わっていた。
「悠真!」
声をかけてきたのは幼なじみの高橋翔太だった。
「同じクラスだな!」
「また一年よろしく」
「その反応薄くない?」
「朝から元気すぎるんだよ」
翔太は豪快に笑った。
そんな何気ないやり取りをしていると、担任が教室へ入ってくる。
「席につけー」
ざわついていた教室が静かになる。
新学期最初のホームルームが始まった。
自己紹介や連絡事項が続く中、担任がふと思い出したように言った。
「そうだ。今日から転校生が来る」
教室が一気にざわつく。
「転校生!?」
「男子?女子?」
「可愛い子だといいな」
みんなが期待の視線を向ける。
担任は苦笑しながらドアを開けた。
「入ってこい」
静かに教室へ入ってきたのは、一人の少女だった。
長い黒髪。
透き通るような白い肌。
そして、優しい笑顔。
「はじめまして。白石結衣です」
その瞬間。
教室中が静まり返った。
誰もが見とれていた。
結衣は少し照れたように笑う。
「引っ越してきたばかりなので分からないことも多いですけど、仲良くしてくれると嬉しいです」
拍手が起こる。
男子たちは明らかに浮き足立っていた。
女子たちも「可愛い」と囁き合っている。
悠真も思わず見入っていた。
だが、それ以上に印象に残ったのは——。
彼女の笑顔だった。
まるで春の日差しのような、温かい笑顔。
なぜか胸の奥が少しだけ熱くなる。
「じゃあ白石の席は……神崎の隣だな」
「え?」
悠真は思わず声を上げた。
結衣も驚いたように目を丸くする。
「よろしくね」
彼女は笑顔でそう言った。
「よ、よろしく」
まともに目を見られない。
翔太が後ろからニヤニヤしているのが分かる。
「おい悠真、ラッキーじゃん」
「うるさい」
授業が始まっても悠真は少し落ち着かなかった。
隣からふわりとシャンプーの香りがする。
ノートを取る姿も真面目だった。
昼休みになると、結衣の周りにはあっという間に人だかりができた。
質問攻めだ。
「どこから来たの?」
「趣味は?」
「彼氏いる?」
最後の質問に教室が盛り上がる。
結衣は困ったように笑った。
「いないよ」
男子たちが小さくガッツポーズする。
悠真は苦笑した。
その時だった。
「神崎くん」
突然名前を呼ばれる。
「え?」
「学校案内してくれないかな?」
教室が静まり返る。
全員の視線が悠真に集中した。
「お、おれ?」
「うん。隣の席だし」
結衣は微笑んだ。
その笑顔に断れるはずがない。
「分かった」
「ありがとう!」
昼休み。
二人は校内を歩いていた。
図書室。
体育館。
中庭。
結衣は何を見るにも楽しそうだった。
「この学校、素敵だね」
「そうかな?」
「うん」
結衣は空を見上げる。
青空の向こうで桜が揺れていた。
「ここでたくさん思い出作りたいな」
その言葉が妙に心に残った。
思い出。
まるで限られた時間を大切にするような言い方だったから。
しかし、その時の悠真は気づいていなかった。
彼女の言葉に隠された本当の意味を——。
そして。
この出会いが、自分の人生を大きく変えることになることを。
春風が吹く。
舞い上がった桜の花びらが二人の間を通り過ぎた。
まだ誰も知らない。
この恋が、涙の物語になることを。
第1話 終




