幼な妻、我が子の出産にきばる①
日に日に大きくなっていくドルチェのお腹は、初産ということを抜きにしても怖くなるほどデカくなっている。
検診に来た産婆も、
「やはり、双子の可能性がございます」
と言った。
前々から指摘はされていたが、ここにきて現実味を帯びてきたことで、ヴィットーリア侯爵家の中は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなる。
「う、産着を倍にしなければ」
「乳母も、もう一人探します」
「ベビーベッドは、一つを大きくした方が良いのでしょうか?それとも、小さいのを二個にした方が良いのでしょうか?」
「そんなの、私が知るわけないでしょう!そして、皆、並びなさい!」
メイド長カルダが叫ぶと、右往左往していた面々が止まる。
そして、いそいそと一列に並ぶと、全員がドルチェに向かって深々と頭を下げた。
「「「「奥様、おめでとうございます」」」」
「ありがとう。そして、これから大変になると思うけど、よろしく頼むわね」
敬愛するドルチェからの温かな言葉に、涙ぐむ者まで居る。
幼な妻は、完全にヴィットーリア侯爵家を手中に収めていた。
――でも、確かに、大変なことになってしまったわ。
子供を一人生むだけでも命懸けだと言うのに、二人となるとドルチェの体力も心配になる。
妊娠してから日課にしていた素振りも取り上げられ、走るなんて以ての外。
――お義母様に相談しなければいけないわね。
ドルチェにとって、唯一相談できる相手はピアニッシモしかいない。
「お義母様の所へ行きます」
そう言って立ち上がろうとした所に、
トントントン
とドアを叩く音が聞こえた。
「ドルチェさん、少し宜しいかしら?」
それは、今会いに行こうとしたピアニッシモの声だった。
「はい。こちらから行こうと思っていたところです」
「だと思って来ました」
数名のメイドを引き連れて入って来たピアニッシモは、ドルチェの傍まで来ると、彼女のお腹を気遣いながら優しく抱きしめてくれた。
「話は聞きました。大丈夫。私達が付いていますからね」
ピアニッシモが連れてきたのは、古参のメイド達。
どうやら、双子の時を想定して、既に集めていたらしい。
多くの子供を育ててきたエキスパートでもあり、中でも双子を産んだことがあるジェメッリは最高の戦力となるだろう。
「まずは、落ち着くことが大事です。ほら、泣かないで」
ドルチェは知らぬ間に泣いていたようだ。
ピアニッシモの登場に、安心してしまったのだろう。
普通の出産すら危険なのに、双子となれば、その危険度は恐ろしく上がる。
死すら覚悟しなければいけない状況に、流石のドルチェも動揺していたようだ。
「お義母様、あ、ありがとうございます」
「いいえ。私こそ、可愛い天使を一度に二人も得られる機会をくれて感謝しなければいけないわ」
ヴィットーリア侯爵家には、フォルテしか子供が居ない。
何故なら、超巨大児が生まれたことでピアニッシモが生死の境を彷徨ったからだ。
「皆で力を合わせれば、乗り越えられない壁はないはず。貴女達も頼みましたよ」
ピアニッシモが古参メイドを見ると、皆、並々ならぬ決意をした表情だった。
「お任せくださいませ、大奥様、奥様。我らが、必ずや母子共にお守りいたします」
こうして、ドルチェの出産への準備は、侯爵家の精鋭部隊を総動員して始まった。
こういう時、男はあまり役に立たない。
夫のフォルテも、義父のクレッシェンドも、廊下から中の様子を窺いつつ、殺気立つメイド達の邪魔にならないようにしていた。
「我が息子よ」
「なんでしょうか、父上」
「こういう時は、逆らうな」
「はっ。肝に銘じておきます」
深刻な顔をしながら、喜劇のようなやり取りをしている男二人は、やはり、なんの役にも立ちそうにはなかった。
「ねぇ、ジェメッリ。貴女の時は、どうだったのかしら?」
この場で唯一双子を産んだ恰幅の良いメイドに、ドルチェは声を掛けた。
「私の時は、出産のときに双子だと分かり、訳も分からず産んだしだいでして」
「え?そんな事があるの?」
「はい。私は体が大きいので、」
どうやら、元々体の大きなジェメッリは、妊婦のわりに腹が出てこなく、妊娠に気付くのすら遅かったらしい。
そして、一人目を産んだ後、状況が一変した。
出血が止まらない上に、まだ、腹の中で蠢いている者がいる。
「もぉ、本当に驚いてしまい、訳も分からぬまま二度目の出産に突入いたしました」
やっと終わったと思った激痛が再び訪れたことに、ジェメッリは無性に夫への怒りが湧いた。
「ですので、叫んだのです。『アンタ!わたしが痛いのに、笑ってんじゃないわよ!』」
「まぁ」
子供が欲しくてたまらなかった夫が、一気に二人出来る事に満面の笑みになっていた。
しかも、危険を伴う妻への心配が見て取れない。
ジェメッリは近くに居た夫の頭を掴み、髪の毛をむしり取らんばかりの勢いで引っ張った。
「それで、こうやってグイグイと引っ張り、『アンタのせいよ!なんで、わたしばっかり、痛い目にあうのよ!』と反対の手でどつき」
「えぇ!」
「今でも思い出したら、殴りたくなってしまいます」
「まぁ。ふふふふふ」
ドルチェは、ジェメッリを自分に置き換えて想像してみた。
フォルテを殴りながら叫ぶ自分は、なんだか、とっても強そうに思えた。
「奥様、女は度胸。母親は、腕力と気力です」
産んだ後も、戦いは続く。
ドルチェの場合は乳母が付くが、それでも自身も乳をやり、世話をする。それが二人分。
代わり交代に起きては、ぐずるのだ。
寝る間もなければ、遊ぶ暇などもっとない。
なんだか悪い事ばかりのようだが、さにあらずとジェメッリは言う。
「双子を育てると良いこともあるのです。ほら」
ジェメッリは身長も高い上に横幅も大きいが、さらに目立つのは二の腕の太さだ。
両腕の筋肉を見せつけるようにポーズを取るジェメッリに、ドルチェは涙目になるまで笑い続けた。
「そうです。奥様笑って。お腹の子には、全部気持ちが伝わっていますから」
「そうね。貴女のお陰で元気が出てきたわ」
ハンカチで涙を拭きながら、ドルチェは自分のお腹を撫でた。
「あなた達、もしお父様がお母様を蔑ろにするようなことがあったら、一緒にポコポコお父様を叩くのよ」
腹の中から母親側に付くように教育するところ、流石、ドルチェと言うところか。
こうして、徐々に元気を取り戻していった彼女は、今まで以上に周りの人々に感謝するようになっていった。
「なんですと!ヴィットーリア侯爵夫人が、双子の出産に挑むと言うのですか!」
侯爵家からの連絡により、その情報を知った司祭サチェルドーテは真っ青な顔になった。
無事に生まれた際には、出生三日後に洗礼を行うことになっている。
元々、新生児の生存率は高いとは言えない。
故に、一日でも早く洗礼を受け、神の子となる必要があるのだ。
「分かりました。洗礼の日は通常通り生まれて三日後としましょう。ただし、状況によっては、こちらからお屋敷に向かわせていただきます」
本来は、赤子を教会まで連れてきて洗礼を受けさせなければならない。
そこに立会人として代理父、代理母が立ち会う。
彼らは生涯にわたり子供達の援助者となり、迷った時は導き、相談に乗って良き道へと進ませる役割を果たすのだ。
選定は既にヴィットーリア侯爵家にて行われているだろうが、どうしても間に合わなければ自分が代理父になろうとサチェルドーテは心に決めた。
長年教会に勤める彼は、今までにも何人もの妊婦が辛い目にあって来たのを知っている。
ヴィットーリア侯爵家は万全の準備を整えて挑むらしいが、全ての不安が払拭されたわけではない。
「ヴィットーリア侯爵家には、我が国は並々ならぬ御恩がある。何か出来ることは無いだろうか?」
戦場の英雄とフォルテが呼ばれるのは、実際に戦場に立ち長い戦争に終止符を打つ活躍をしたからだ。
父クレッシェンドは軍司令部に在籍し、次々に敵を打破する息子の活躍に喜びながらも、ずっと不安だった。
何故なら、ヴィットーリア侯爵家にとってはフォルテは唯一人の子供。
その子が、戦場に出て戦い続ける間、ピアニッシモは毎日教会に祈りを上げに来ていた。
その姿を見続けてきた教会の者達は、全員が悲痛な顔をしている。
「……祈りましょう。ヴィットーリア侯爵家に生まれる新たな命が、無事にこの世に出て来られるように。全ての教会に伝令を」
自分達に出来るのは、祈る事のみ。
そう悟ったサチェルドーテは、胸元の十字架を握りしめて言った。
こうして、大規模な祈祷が始まった。
教会の緊迫した状況から異変を感じた民衆にも、双子出産の噂が流れ始める。
特に動揺したのは、ドルチェが王太子の婚約者時代に通った孤児院だ。
自ら子供達に文字を教え、教育の大切さを説いたドルチェは、婚約破棄後も彼らの支援を続けていた。
「なんてこと。ドルチェ様が……おいたわしい」
「しかし、これは喜ぶべきことでもあるはずよ。出産の危険ばかりを心配して、お子様の誕生を喜べなくなっては本末転倒じゃない!」
様々な意見が出たが、皆が心からドルチェとその子供を愛していることには変わりない。
「皆、ドルチェ様に手紙を書きましょう。出来るだけ楽しいお話を書いて差し上げて」
ベッドの上で不安と戦っているであろうドルチェを思い、子供達は思い思いに絵を描いたり押し花を貼ったりと工夫した手紙を作った。
それはベッドで横になるドルチェの元へ届き、彼女を励ました。
「こんなに応援してもらっているのに、私が頑張らなければいけないわね」
ついつい弱気になってしまう自分を奮い立たせ、ドルチェは、自分にも出来る何かを探すことにした。
「紙とペンをお願いできるかしら?」
ドルチェがメイドに頼むと、直ぐに用意された。
「まずは……」
ドルチェは、大切な人に手紙を書くことにした。
どれほど相手を大切に思っているか、そして、これからも愛していると伝えたかった。
まるで先に逝く者のような行動を、ピアニッシモは叱った。
「ドルチェさん、貴女には言える口があるのですから、そのような物は書く必要はありません。今後も、ちゃんと口で言葉にして伝えて下さい」
「お義母様、分かっております。ただ、その……面と向かっては恥ずかしくて言えない言葉もあるのです」
ドルチェは、この状況を悲観して書こうとしているのではない。
心に溢れる思いを全て伝えようと思ったら、羞恥を捨てなくてはならなくなる。
「ふふふふふ、そう言う事でしたら、仕方ありませんね」
動くことも許されず、ずっとベッドで横たわる事しかできないドルチェにとって、手紙を書くと言う行為は唯一許された娯楽のようなものなのかもしれない。
特に滅多に会えない兄にしたためた手紙は、思い出話から始まり、一冊の本のようになっていた。
「少し、トルタ公爵が羨ましいよ」
自分宛ての手紙がない事に落ち込むフォルテは、妻のベッドの横でしょぼくれている。
「だって、毎日ここに来てくれる貴方には、全て言葉で伝えているでしょう?愛しているわ、フォルテ」
普段なら旦那様と呼ぶところを、急に呼び捨てにされるとドキリと胸が高鳴る。
「もう一度、呼んでくれるかい?」
「えぇ、何度でも呼ぶわ。フォルテ」
甘い空気が流れる寝室で、メイド達は自分は空気だと言い聞かせる。
物音ひとつ立てずに仕事をこなす彼女達は、もう匠と言ってもよいかもしれない。




