幼な妻、我が子の出産にきばる②
こうして穏やかな時間が過ぎていったが、ある日、ドルチェが破水した。
「まだ、出産予定日には、間があるだろう!」
予定外の状況に取り乱してしまったフォルテだが、ピアニッシモ達女性陣は冷静だった。
「落ち着きなさい、フォルテ。双子と言うのは、早産になる確率が早いの」
「どういうことですか?」
「ドルチェさんのお腹の中の容量に比べて、赤子二人の体が大きいからよ」
育ちきれないまま外の世界へ飛び出そうとしている子供達。
そして、一度に二人を産まなければいけないドルチェ。
そんな三人を守ろうと、熟練の産婆だけでなく腕が良いと噂の医師達も集められた。
その中に、王族に仕える宮廷医まで交じっているのは、王太子エクイタにドルチェの兄サラートが頼み込んだことで実現した奇跡と言って良い。
「私も微力ながら、お手伝いさせていただきます」
そう頭を下げたのは、医局長であるメディコだ。
知らせを受けて一人馬に乗って駆け付けた彼は、軍医としても活躍した人物。
フォルテとは共に戦場を駆け抜けたこともあり、何を置いても奥方を助けようと並々ならぬ熱意を見せてくれていた。
「それでは、役に立たない者達は外へ出よう」
義父のクレッシェンドは、息子のフォルテに声を掛けた。
しかし、彼の手は、ドルチェによって強く握られている。
「父上、申し訳ございませんが、私はここに残らせていただきます」
「しかし……」
ここからは、技術を持った者達しか立ち入れない世界。
無駄に巨体の息子が居ても邪魔になる未来しか見えない。
やはり無理やりにでも連れ出そうと思ったクレッシェンドの手を、ピアニッシモが掴んだ。
「あなた……行きましょう」
ピアニッシモは、思ったのだ。究極の状態に置かれた時、最後にすがるのは愛なのだと。
「分かった。フォルテ、くれぐれも皆さんの言う事には従うように」
「はい。父上」
そこからは、戦場並みの緊張感が室内に走った。
メイド達はお湯を運び込み、産婆がドルチェの足の間に陣取る。
医師達は役割分担を決め、止血や縫合といった外科的分野を受け持つ者と、子供の体調に異変がないか調べる内科的部分を担う者が二つに分かれて出産の状況を見守った。
「はい、いきんで!」
産婆とその助手達がドルチェに力を入れるタイミングで声を掛ける。
フォルテは、左手でドルチェの手を握ってやり、右腕で彼女の背中を支えた。
「ふ~~~~~っ、ふ~~~~~っ」
長く息を吐きながら、ドルチェは下腹に力を入れる。
本当なら泣きながら暴れたいほどの痛み。
それに耐えながら、必死に息をした。
「いいですよ。頭が見えてきました」
一人目の子供は素直なようで、ゆっくりではあったが着実に外に出ようと産道を通ってくれる。
「ふんぎゃぁ」
小さな声ではあったが、確かに泣き声が聞こえる。
「お嬢様です!お嬢様の誕生です!」
その知らせに、ドルチェとフォルテは視線を合わせた。
「ドルチェ、ありがとう」
「まだ、お礼を言うのは早そうです」
続いて来た波は、先程以上の激痛でドルチェの顔が歪んだ。
「どうして……」
もう一人の胎児が、まるで出るのを嫌がるように中に留まっている。
「奥様、もう一度、いきんで!」
産婆の指示に必死に応えようとするドルチェだが、あまりの痛さに息が出来ない。
「だめ……どうしたらいいの……」
絶望に意識を手放しそうになるドルチェの腹の上に、フォルテの大きな手が置かれた。
「ダメだろう?お母様が苦しんでいるぞ。それに、お前に会いたいと、ずっと皆待っている」
子供の頭を撫でるように、上から下へと動かした手に合わせ、グニグニと胎児が体を捩らせている。
「いい子だ。ほら、出ておいで」
ほんの少し、フォルテは強めに撫でてやった。
すると、まるでさっきまで駄々っ子のように出ることを拒否していた赤子が、徐々に下へと降りていく。
「奥様、今です!はい、息を吸って、吐いて!」
「ふ~~~~~っ、ふ~~~~~っ」
「おんぎゃ~~~~~~~~」
力を入れた途端、スルリと出てきた赤子は、耳を押さえたくなるほど大きな声で泣いた。
「お坊ちゃまでございます!ヴィットーリア侯爵家の跡取りの誕生でございます!」
病室に歓声が湧いた。
ただ、その一方で、医師団の方があわただしく動き出す。
「後は、我々にお任せを」
宮廷医のメディコが先陣を切って、ドルチェの止血と縫合へ動く。
子供達もそれぞれの医師が担当に付き、完璧なケアを行っていった。
産婆は額に流れる汗を拭い、助手達に支えられながら満足げな笑みを浮かべて出てく。
そして、フォルテは、大きな体をこれ以上ないくらい縮こまらせながらドルチェの傍に寄り添っていた。
全ての処置が終わり、赤子は乳母の元へ連れていかれ、部屋に二人きりになった時、フォルテは頑張った妻をねぎらった。
「ドルチェ、よく頑張ってくれた。ありがとう」
フォルテがっドルチェの頭を撫でてやると、小さな顔が子猫のように擦り寄って来た。そして、目を閉じたまま幼な妻は、
「フォルテ……ごめんなさい、少し眠らせてね」
と、目を閉じた。
どうやら、意識を失ったようだ。
夫の腕の中で力をだらりと力を抜いた彼女は、ほんのりと口元が笑っていた。
「あぁ、今は、ゆっくりとお休み」
こうして、母子共に過酷な出産を乗り越え、ヴィットーリア侯爵家には女児と男児の赤子が誕生することとなった。
眠りに落ちたドルチェが次に目を開けると、そこは真っ暗闇で何もない空間だった。
そして、自分の首元に大きな鎌がピタリと当てられている。
――夢の中?それとも、私、死んでしまったの?
痛みも苦しみもない状態は、とても楽に思えた。
このまま目を閉じれば、楽になれる。
そんな誘惑に瞼が重くなっていく。
しかし、遠くから声が聞こえた。
『ドルチェ、起きなさい』
それは、兄サラートに似ているが、もっと歳を取っていた。
――誰?
『こちらに来るのは、早すぎる。さぁ、皆の元へお帰り』
暗闇から現れた紳士は、素手で鎌の刃を握ると力技でドルチェから引き離す。
驚くドルチェの耳に、
「ドルチェ!目を開けて!目を開けてくれ!」
「ドルチェさん、この子達を置いて逝くことは許しませんよ」
「ドルチェさん、君がこのままいけば、息子と妻はどうなってしまうかわからないよ?」
フォルテ、ピアニッシモ、クレッシェンドが必死に叫ぶ声が届いた。
どうやら、今自分は死の淵というものに立っているのだとドルチェは気づいた。
目の前の銀色に光る鎌は、祖父の力を押し返し、再びドルチェの方へと向かってきている。
――だめ。こんな所に居られない。早く、赤ちゃんたちにお乳をあげなければ。
初乳は母のものと決まっている。
生まれたばかりでお腹が空いている我が子に、一刻でも早く会わなければならない。
ガシッ
ドルチェは、自分の両手で鎌の刃を掴んだ。血がしたたり落ち、激痛が走ったが、そんなこと知ったこっちゃない。
「邪魔しないで!私は、帰るのよ!」
そう叫んだ瞬間、ドルチェはベッドの上で目覚めた。
「あぁ……ドルチェ」
フォルテが、思い切り抱きしめたいのを我慢して、震える手でドルチェの頬に振れた。
「頼むから、私を置いて逝かないでくれ」
自分よりもずっと年若い妻が、先に死ぬなどとは思っていなかったフォルテは、今回の件で、それがいつ起きてもおかしくない事なのだと知った。
震えているのは、何もフォルテだけではない。
隣に立つ義母も義父も顔面蒼白だ。
ピアニッシモはドルチェの手を握って、
「よく頑張りました。私は、貴女を誇りに思います」
と言った。
「フォルテ、お義母様、お義父様、只今帰りました」
あの世とこの世の境界線から戻ったドルチェは、三人の顔を見て現世に戻って来た確信をし、やっと胸を撫で下ろすことが出来た。
「いやいやいやいやいや、待ってください。ドルチェの子供の代理父は、絶対に私でしょう」
王太子の執務室で騒いでいるのは、ドルチェの兄サラートだ。
二日前に生まれた双子が明日洗礼を受ける。
その際に立ち会う代理父に、自分が含まれていないことに腹を立てているのだ。
しかも、何故か王太子エクイタまでが立候補していると言う。
流石に次期国王がしゃしゃり出てきては自分の出番を取られてしまうと、必死に止めに入っていた。
「だがしかし、王太子が代理父だと箔が付くと思うのだが?」
「ダメです。エクイタ殿下は、まだ、成人しておりません」
確かにドルチェよりも年下なのだから、父親と言うより年の離れた従兄くらいの年齢差だ。
流石に、赤子達を導く大役は務まらない。
「そうか、それは残念だ」
笑うエクイタは、本当はなれるなどとは思っていなかった。
ただ、あまりにサラートが必死だったから、揶揄っただけの事だった。
「それで、赤子の名は決まったのか?」
「はい、女児がフェルマータ。男児がアレグロです」
「いい名前だ」
エクイタには、異母兄弟しかいない。
父が同じでも、母が違うと考え方も変わる。
仲良くしたいと思っても、なかなか上手くはいかない。
「きっと愛らしいのだろうな」
「はい。私もまだ見ていませんが、絶対可愛いはずです」
「仲の良い兄弟になってくれると嬉しいな……」
そう言うエクイタの横顔は、少し寂しそうだった。
その顔を見ながら、サラートは胸ポケットの辺りを押さえた。
そこには、ドルチェがエクイタに宛てた手紙が入っている。
ある日屋敷に届けられたドルチェの手紙は、一冊の本のように分厚かった。
その間に別の手紙をいくつか忍ばせていたことを知るのは、手紙を貰ったサラート
だけだっただろう。
ただ、それは自分が死ぬようなことがあった時だけ渡して欲しいと但し書きがされてあった。
故に、ドルチェが無事双子を出産したことで、二度と宛名人の元へ届けられることのない手紙となった。
生きながらえたなら、封を開けずに燃やしてくれと妹には頼まれている。
だが、ふと、エクイタに残した手紙の内容が気になった。
――きっと、ドルチェの事だ。この国の行く末を心配して、色々アドバイスでも書いてあるのかもしれないな。
それならば、焼く前に読もうか?とも思ったが、流石に妹の願いを無下にする兄ではなかった。
「さぁ、お乳の時間よ」
ドルチェの産んだ二人の子供は、性格が正反対だった。
大人しい女の子と、泣くと火のように激しい男の子。
足して二で割れば丁度良いのではと思うほど違う二人は、何故か仲が良く並べて寝かすと良く手を握っていた。
今ドルチェが乳をやろうとしているのは、この家の跡継ぎとなったアレグロ。
父に似た凛々しい顔立ちの幼児は、難しい顔でムニュムニュ口を動かしている。
「何を考えているのかしら?」
哲学者のような息子の眉間には、縦皴が寄っている。
「そんなにしかめづらでは、癖になってしまいますよ」
笑うドルチェは、その後、この子が世紀の大天才と呼ばれるようになることを知らない。
そして、一見大人しく見目麗しい娘が、父を追って戦場を駆け抜ける戦姫となると知ったら卒倒したことだろう。
やっと満足するまで乳を飲んだアレグロをゲップさせて乳母に手渡す。
今から、子供達はフォルテと一緒に教会に行って洗礼を受けるのだ。
まだ動けないドルチェはお留守番だが、ピアニッシモ、クレッシェンドが付いていく。
「安心して。私が、ちゃんと守りますからね」
まだ首の据わらない乳幼児を外に出すのは危険を伴う。
乳母達も付き添ってはくれるが、武骨な男達が不用意に抱っこしないよう見張ってくれるらしい。
「ありがとうございます、お義母様」
「えぇ、任せなさい」
こうして、赤子とヴィットーリア侯爵家の面々は、紋章の付いた豪華な馬車で教会へとやって来た。
「お待ちしておりました」
建物の外まで来て待っていた司祭のサチェルドーテは、もろ手を挙げて迎え入れた。
中には、この教会に居る全ての人間が左右に分かれて立っている。
その真ん中に開いた道は、聖母像へと続いている。
そして、その像の前では、既にドルチェの兄サラートが待ち構えていた。
エクイタが王太子となり、国王が元王太子派を一掃したことで、兄妹の『不仲』という演技は必要なくなった。
今そこに立っているのは、初めて見る甥っ子姪っ子にデレデレのサラートだ。
ここに来る前に、ドルチェから預かった自分宛て以外の手紙は全て焼いた。
――ドルチェ、もう二度とあんな手紙を預かるのはこりごりだからな。
こうして、無事とは言い難い状態での出産ではあったが、ドルチェがきばったお陰で、ヴィットーリア侯爵家の平和は保たれた。
先程、新しいお話『聖女と魔王の異世界世直し旅』を二話投稿しました。
そちらも読んでいただけると嬉しいです。




