幼な妻、妊婦の敵をいてこます①
「妊娠など病気でもないのに、少々過保護が過ぎませんかな?」
第二王子エクイタの立太子を祝うガーデンパーティーで、あまりにも常識のない言葉を吐いた男が居た。
それまで楽しく歓談していた参加者が、全員動きを止めて耳を澄ます。
「そのようなことだから、女が増長するんだ」
吐き捨てるように言った男の名はポルコ・ジェロジーア公爵。
見た目は、丸々太った豚で、ブヒブヒと鳴くのがお似合いな悪党だ。
ドルチェの実父ピッカンテに怪しげな秘密クラブを教えたのも彼なら、実母スペツィアートに偽の絵画を掴ませたのも彼だ。
国王がこんな奴を長年野放しにしていたのは、彼が王妃の甥にあたるからだった。
この会場において、次の世代の地盤が盤石となったことで、元王太子派閥の者達は相当肩身が狭い。
ポルコも、現在は要職から閑職へ追いやられ、日々鬱々とした生活を強いられている。
叔母である王妃に『どうにかしてもらえませんか?』と口利きを頼んでも、『今の私に、その力はないわ』と断られた。
彼女も、息子が居なければ大きな顔は出来ないらしい。
次期王の母として側妃に注目が集まる中、王妃のサロンには殆ど人が集まらなくなったらしい。
実は、元々側妃のキャローレが先に王と婚約していた。
幼馴染であった二人の間に、親の力を使って割って入ったのが王妃なのだ。
それでも王は、王妃を粗略には扱わず、第一子となった息子を王太子にしたのだ。
それなのに、息子を甘やかすだけ甘やかし、自身も横暴の限りを尽くしてきた王妃に同情の余地はない。
今では悲劇の人を気取って離宮に一人籠っているらしいが、どこにも彼女を慰める者は居なかった。
そういった状況もあり、日ごろのうっ憤を晴らそうとポルコは獲物を狙っていたようだ。
彼にとってドルチェは、自分が失墜する切っ掛けとなった婚約破棄の当事者。
あの時ドルチェが元王太子をなだめすかし、平民の恋人を側妃にでも迎え、丸く収めてくれていたらと今でも恨んでいる。
その事を知っているドルチェは、最初から彼が絶対にいちゃもんを付けてくると思っていた。
しかし、ここは第二王子の祝賀会。
下手に騒ぎを大きくすれば、兄に迷惑がかかるかもしれない。
この日、第二王子エクイタの立太子が執り行われた。
そして、その後、王宮の庭を使って祝賀パーティーが開かれている。
聡明で気立ての良いエクイタは、出来るだけ公費を節約した上で、多くの人間に自分の顔を覚えてもらおうと立食のガーデンパーティーを選んだようだ。
そのアイディアを提案したのはドルチェの兄サラートで、彼の心の中には、影ながら頑張ってくれた妹も呼んでやりたいと言うシスコン根性が隠れていた。
だからこそ、疲れたら座れるようにテーブル席がそこかしこに設置されていた。
参加者には高齢の者も居れば、足や腰といった部分に不調を抱えている者も居る。
女性に限らず、いつでも座ることが出来ると言う環境は、それだけで心の負担が軽くなるというものだ。
ドルチェも妊婦ということもあり、早々にフォルテに座るよう強要された。
座っているのが自分だけではないという心強さもあり、今回は言葉に甘えて着席を選んだ。
しかし、そんな穏やかで平和な空気が、ポルコの嫌味で台無しになった。
本当なら一発かまして即退場願いたいところだが、兄の顔が脳内にちらつき、
――ここは、穏便に……。
そう思って口を閉ざした。
だんまりを決め込めば、いつかはどこかへ行くだろう。
そんなドルチェの思いもむなしく、、隣に立っていた夫フォルテが、思わぬ言葉で先制攻撃を食らわせてしまった。
「お久しぶりです、ジェロジーア公爵。そして、これは過保護ではなく、夫として当然の事をしているだけです。まさか、貴方は、奥様が妊娠していた時に何もなさらなかったのですか?」
フォルテは本当に驚いているらしく、目を見開いてポルテを凝視している。
嫌味を言われたのかと思ったポルコは、
「は?それは、どういう意味だ?」
と逆に質問を返した。
しかし、本気で不思議に思っているフォルテは、
「我が家では、父も同じように母を大切にしていました。まさか、ジェロジーア公爵ともあろう方が、全く何もなさらなかったということはありませんでしょう?」
と再度質問をぶっ込んできた。
そう聞かれると、ポルコは答えに窮する。
やっていないと言えば人でなしを証明するようなもの。
しかし、やったと言えば、多分この男は、『では、何をされましたか?』と純粋に聞き返してくるだろう。
「わ、わざわざ口にするほどのことではない」
「ご謙遜を。今後の参考に、是非、お聞かせ願いたい」
ピアニッシモから天性の純真さと鈍感さを受け取ったフォルテは、早々ハイブリッドなリーサルウェポンだ。
赤子のように真っすぐな眼差しで、ポルコを追い込んでくる。
しかも、彼の体は見上げるほど大きく、幅では後れを取らないポルコも、その威圧感に腰が引けるというものだ。
ついジリジリと後退すると、周りからクスクスと笑い声が聞こえた。
「ひ、人を笑うなど、なんと性悪な女達だ」
扇で口元を隠して笑いを必死に抑える女性陣を、ポルコは怒鳴りつけた。
フォルテから逃げるために、別に標的を変えたと言って良いだろう。
ただ、その逃げた先がいけなかった。
完全に周りの目が集まってしまった事で目立たないことを諦めてしまったドルチェが、
「あら、今、どこに笑う要素がございましたでしょうか?笑い声など滅相もございません。それとも、空耳でしょうか?はたまた幽霊の囁き?どちらにせよ、一度耳をお医者様に見て頂いた方がよろしいのではないでしょうか?」
と、ゴン詰めしてくる。
「い、いや、しかし、確かに今笑い声が聞こえたではないか!おい、お前達も聞こえただろ!」
同意を求めるようにポルコは顔見知りの男性陣に助けを求めたが、皆視線を逸らして彼を見ようともしない。
「くそっ」
これ以上ここに居ては、自分の方が分が悪いと気づいたポルコは、
「もう、煩い。この話は終わりだ!」
と叫び、威嚇するように、
ガシャン!
と、手に持っていたグラスを地面にたたきつけた。
あまりの横暴さに、ドルチェの目が座る。
――この男、今までもこうやって相手を黙らせてきたのね。
先に怒鳴れば相手が大人しくなる。
そんな最低な手法で、彼は家族すら虐げてきたのだろう。
腹に据えかねたドルチェは、わざと明るい声で、
「夫は、先達たるジェロジーア公爵様に教えを乞うただけ。それなのに、もったいぶって教えて下さらないのは公爵様の方ではございませんか?皆様のお聞きになりたいのではありませんですか?我が国でも名門とうたわれるジェロジーア公爵家の子育てについて」
と、煽りに煽った。
ドルチェの微笑みが、ポルコには悪魔のように見える。
笑っているのに、目の奥が笑っていない。
しかも、ドルチェの言葉に呼応するように、パチパチパチと控えめな拍手が聞こえた。
どうやら、普段抑圧されている奥方達がドルチェの側に回った様だ。
彼女達の隣に座る老齢な男性陣は気まずそうな顔をしている。
「き、きさまら……」
思わずギョロリと周りを睨みつけたポルコだが、どうやら彼の味方になってくれる者はいないようだ。
最近では金回りが悪くなり、あちこちに借金を頼み込みに回っているような男だ。
誰も関わり合いになりたくないのだろう。
孤軍奮闘と言いたいところだが、既に背水の陣。
昔の仲間も、遠くから息をひそめて見ているだけだ。
そこで再び彼は、標的をドルチェからフォルテに変えた。
「はっ、全く、こともあろうか、そんな小娘にいいように調教されるとは、なんとも嘆かわしいことだ」
ここで、初めてフォルテの片方の眉がクイッと上がった。
目の前の男がほざいている言葉が、イマイチ理解できなかったらしい。
「調教とは、サーカス団のクマやライオンに施す訓練の事ですか?妻には無理だと思いますし、残念ながら、うちにはせいぜい馬しかおりません」
まさか自分が調教される側などとは思いもよらないフォルテは、言葉通りに受け取り、そのまま疑問を投げ返した。
「そ、そういう意味じゃ!」
「では、どういう意味ですか?」
本当に訳が分からないと言ったように首を傾げるフォルテは、図体の大きさの割に可愛らしく見える。
愛する夫のレアな行動を、ドルチェは目に焼き付けようと凝視していた。
「つ、妻の言いなりになって、恥ずかしくないのかと言っているんだ!」
「言いなり?ドルチェは何も言っていません。私が好きでやっているだけです」
「昔の男は、どっしり構えて……」
「どっしり構えていては、身重の妻を思いやってやれません」
ポルコの目を見て、フォルテはハッキリと言った。
そして、申し訳なさそうに、
「どっしり構えていても、妻を大切にできる方法があるのであればお教え願いたい」
と、本気で聞いていた。
これは、決して売り言葉に買い言葉ではない。単なる純粋な疑問なのだ。
「そんな方法あるわけないだろう!」
「え?しかし、今、ジェロジーア公爵家は、どっしり構えてと……」
「だから、男はどっしり構えて、女は言う事を聞けばいいんだ」
「まさか、貴方は、奥様を大事にすることすら出来ないとおっしゃられていらっしゃるのですか?」
どうしてもフォルテには分からない。
妻が困っているときに、何故夫が助けてはいけないのかが。
「そんなことで、国が守れると?」
「そ、それとこれとは」
「いえ、一緒だと思います。家族を守れない者に、国は守れません」
「き、貴様、若造の癖に」
「年齢も関係ないと思います」
淡々と言い返すフォルテに、ポルコは気圧され始める。
「年長者に向かって、なんという不敬な口の利き方だ」
「確かに貴方は年長者ですし、無論、私は敬意を払っているつもりです。ただ、考えが違うということなのでしょう」
やっと相手の言いたいことを理解して、自分なりの見解を述べたフォルテは、もうポルコに興味はないようだ。
「ドルチェ、あちらにチョコレートケーキとマロンケーキがあったのだけれども、どちらが食べたい?」
そうほほ笑むフォルテを、ドルチェは世界一格好いいと思った。
「そうですわね。両方と言ってもいいかしら?」
「お安い御用だよ」
そう言って、フォルテはケーキを取りに去っていった。
ポルコのような男が傍に居ると言うのに、妻を置いて行って大丈夫なのかと人は思うだろう。
しかし、その心配は要らなさそうだ。
フォルテとすれ違い際に視線を合わせた女性が、大きな声でドルチェに声を掛けた。
「ドルチェさん、お花がとっても綺麗でしたわよ」
それは、友人達をゾロゾロと連れて歩く義母のピアニッシモだった。
コバンザメのようにドルチェに張り付いていたフォルテが離れたことで、やっと自分の番が来たとウキウキしているようだ。
「お義母様、皆さま、座ったままで申し訳ありません」
「いいのよ。私達も今から座りますから」
そう言って、ピアニッシモは友人達とドルチェを取り囲んでしまった。
横に立つポルコの事など気にも留めていない。
しかも、ピアニッシモの隣には、何故か側妃のキャローレまでいた。
実はキャローレの母は、ピアニッシモと同窓生だ。
長年付き合いがあり、今回もキャローレは自身の母の友達を楽しませようと、美しく花が咲き誇る庭園に誘ったようだ。
「キャローレ様は、お花の名前を本当によくご存じで、私達に一つ一つ説明してくださったの。貴重な体験をありがとうございました」
「こちらこそ、皆様から沢山お話が聞けて嬉しかったです。また、是非、茶会にも来てくださいませ」
王妃との格の違いを見せつける側妃に、ここに集まっている女性陣から感嘆のため息が漏れる。
自分を一番にしないと癇癪を起していた女とは大違いだ。
今までなら王妃の甥ということで大体の人間には横柄でいられたポルコだが、流石にキャローレには『女如きが』などとは言えない。
それこそ不敬罪で首が飛ぶからだ。
「し、しつれいします」
ポルコは誰も聞いていないのに、一言断りを入れて、その場を去った。
その後姿は、なんとも無様だった。




