幼な妻、実の両親をだまくらかす②
「こ、こんなことが許されるわけ……」
ピッカンテは、書類をビリビリに破きながら震える声で文句を言ったが、ドルチェは冷静に返事をする。
「あなた方が、お祖母様にされたことと同じことですが?」
祖父が亡くなった直後、ピッカンテは当主になったことで浮かれ、次々に高級品を買い漁っていた。
それに苦言を呈した実の母を、なんと身分はく奪の上、領地の片隅に閉じ込めたのだ。
息子可愛さで甘やかして育てた彼女にも、問題はあっただろう。
しかし、こんな形で恩をあだで返されては、ショックのあまり寝込んでしまっても仕方なかった。
一人床に臥せりながら細々と暮らした彼女は、その後直ぐに、夫を追うようにして亡くなってしまう。
「お祖母様は、葬儀すらあげてもらえず、この世を去りました。あなた方も、同じ道を歩むことになるでしょう」
「そ、そんな!私達は、公爵だぞ」
「いえ、既に、お兄様が役所に書類を提出されております」
サラートは、ドルチェから両親が侯爵家に来たという抗議文を受けた直後に、それと一緒に今まで用意していた大量の申請書を提出しに役所に走った。
その中には、ピッカンテ達を公爵家の戸籍から抜くこと以外に、彼らの持つ個人資産の凍結、今まで流用した金の返還請求、国外逃亡できないように旅券の停止など、二人を囲い込むためのあらゆる手段が含まれていた。
「血の繋がった親に、なんていうことをするの。貴女達、それでも人間なの?私なら、絶対こんなことしないわ!」
ヒステリックに叫ぶ母親に、ドルチェは冷え冷えとした視線を向ける。
「そんなに血の繋がりを叫ばれるのであれば、貴女も、御実家を頼られればよいのではございませんか?きっと、優しいご両親が、なんとかしてくださるのではないでしょうか?」
ドルチェの言葉に、スペツィアートの顔は引きつる。
何故なら、彼女こそ、自身の親を捨てたからだ。
伯爵とは名ばかりの貧乏貴族だった実家は、スペツィアートが嫁いだ後、益々傾いていった。
その時、借り入れを願い出る両親を突っぱね、路頭に迷わせたのはスペツィアートである。
「そ、それとこれは……」
「違うとは言わせません。『私は、もう公爵夫人なのですから頼られても困ります』」
これは、スペツィアートが両親に言ったとされる言葉の真似だ。
実際には、『私は、もう公爵夫人なのですから頼られても困ります』だった。
嫁いだからには、実家は関係ない。
そう言い切ったスペツィアートが、ドルチェに救いを求めるのは大間違いと言える。
「でも、でも、でも……」
駄々っ子ように首を左右に振り続けるスペツィアートだが、四十路の小太りがやっても可愛いわけがない。
未だに、自分を可憐な乙女と思い込んでいるふしがあるが、ここまでくると哀れにも見える。
「お二方が、お帰りだそうです。そろそろ迎えの馬車が来ると思いますので、そちらの案内してあげて」
ドルチェの命令に、待っていましたとばかりに、メイドと護衛達が嬉々として飛び出してくる。
ニヤニヤと笑いながら近づいてくる人の波に、ピッカンテもスペツィアートの抗いようがない。
「いや、いや、いや」
「やめてくれ!ドルチェ!助けてくれ!」
護衛達に担ぎ上げられ、手足をジタバタさせながら両親が応接室から連れ出されると、やっと静けさが戻って来た。
長年悩まされてきた両親をいてこましたドルチェは、やっと安堵の溜息をつく。
「ふぅ……長かったわ……。後は、お兄様、お願いいたしますわね」
ソファーに深く沈み込んだドルチェは、急に眠気に襲われた。
余程、緊張していたのだろう。
それに、妊娠してからというもの、こうして眠気に襲われることが幾度となくあった。
母体は、胎児を守ろうと必死なのだろう。ソファーに横になると、ドルチェは、目を閉じて眠りの中に落ちていった。
ドルチェは、久しぶりに夢を見た。
それは、幼かった時の断片的な記憶。
「ドルチェ、私の名前が言えるかな?」
「さ~さ~さ~」
「そうそう、上手だぞ」
「さら~さら~さら~」
「そうだ、サラートだ。良く言えたね」
ドルチェは、兄が褒めてくれるのが何よりも嬉しかった。
そして、サラートは、妹が笑うのが何よりも愛おしかった。
二歳のドルチェに、八歳のサラートは夢中だった。
夜会に夢中の親とは、天と地の差だ。
広い屋敷に残された幼い兄妹は、常にくっついて離れなかった。
いや、サラートが離さなかったと言って良い。
妹が寂しくないように声を掛け続け、そして、己の寂しさも埋めていた。
ドルチェが幼い頃から博識だったのも、全ては兄のお陰だった。
ドレスを買うのに忙しく、絵本すら買ってくれない母に代わり、学校で使う教科書を音読して聞かせてくれたのはサラートだ。
だからなのか、次に浮かんできた夢は、兄がドルチェに、おかしな寸劇を見せてくれている所だった。
「今日は、歴史だぞ。とっても、面白いから見てて」
サラートは、ある戦いで国が大勝した時の話を、身振り手振りを交え舞台俳優のように語ってくれた。
ドルチェがキャッキャと声を上げて喜ぶのが嬉しかったからだ。
「お馬さんは、こうやって啼くんだぞ。ヒヒ~ン」
戦シーンを再現する時は、騎士が乗る馬まで演じた。
ギャロップも上手く、クルクルと何回もドルチェの周りを走ってくれた。
夜遅くまで社交界を楽しんだ両親の朝は遅い。
朝食も、昼食も、夕食も、幼いドルチェの口元に食事を運んでくれたのもサラートだった。
「はい、あ~ん」
「パクッ」
「おぉ、ドルチェは、好き嫌いがなくて良い子だ」
「うまっうまっ」
「美味しかったのか?じゃぁ、次は、これだ」
幼い二人が、広い食卓で食事をする傍には、彼らを憐れむ使用人達の姿があった。
せめて雰囲気を明るくしようと、テーブルに庭に咲く花を飾ったりしてくれた。
だから、両親が居なくとも、兄妹は常に幸せだった。
――あぁ、サラートお兄様。貴方が居なければ、私の幼少期はどうなっていたのでしょう?
眠っているはずのドルチェの目から、涙が零れた。
そして、最後に胸に浮かんだのは、サラートが何度も何度もドルチェに向かって言った言葉だった。
「ドルチェは、きっと素敵な男性に出会って、素晴らしい人生を歩むはずだ」
予言者のように毎日言ってくる兄に、意味が分からないドルチェは、いつもキョトンと目を丸めていた。
彼は、妹の美しさが、両親にとって金の生る木にしか見えていないことを感じ取っていたのだろう。
そんな人生を歩ませてはならないと言う思いが、つい口から出てしまっていたのかもしれない。
しかし、不思議なもので、運はドルチェに味方をし、そして最愛の人を運んできた。
あの婚約破棄のあった夜会で、フォルテが勲章を受章していなければ、きっとこんな結末にはなっていなかっただろう。
言葉には言霊という力があると言う。
兄が本気で信じて繰り返した言葉は、ドルチェから不幸を遠ざけてくれた。
――お兄様、ありがとう。
いつか直接伝えたい思いが、胸の中から溢れてくる。
この幸せな夢は、帰宅したフォルテがドルチェを寝室に運んだため、覚めることなく続いていった。
使用人達の手によって馬車に押し込まれたドルチェの両親は、そのまま公爵家の領地にあるあばら家へと直送された。
互いに罵り合い、掴み合いの喧嘩をした二人は、結局怪我をしただけで何も良いことは起きなかった。
暫くすると、腹が減ったことに気付いた。
家の中を漁ると、最低限の野菜や穀物が台所の隅に置かれていた。
ただ、料理等産まれて一度もしたことのないスペツィアートが食事を作れるはずもなく、無論、ピッカンテに至っては、調理器具すら見るのが始めてた。
「どうすればいいんだ!」
「知らないわよ!」
叫んだ二人の耳に、
トントントン
と、扉をたたく音が聞こえた。
「だ、誰かが助けに来てくれたのかもしれないわ」
ありもしない願望でドアを開けると、そこには、なんとフォルテが立っていた。
「あぁ、やはりドルチェは私達を助けてくれるのね。ヴィットーリア侯爵、早く私達をあの子の元へ連れて行ってください」
歓喜に頬を赤らめるスペツィアートに対し、ピッカンテはジリジリと後退し、少しでもフォルテと距離を取ろうとしている。
何故なら、戦場の英雄と呼ばれた男の目が、完全に戦闘モードだからだ。
「いえ、妻には私がおりますので、貴方達は必要ありません。ただ、このままでは生活するのもままらないでしょ。ですので、家事のエキスパートを教師代わりに連れてきました」
「え?」
フォルテが何を言っているか分からないスペツィアートだったが、その背後から現れた三人のメイドを見てカタカタと震え始めた。
それは、自分達をヴィットーリア侯爵家から追い出した使用人達の中でも特に攻撃的だった面子だった。
彼女達は、隙あらばスペツィアートのふくよかな体の一番柔らかい部分を叩き、ピッカンテの心もとない前髪を引き抜こうとした。
「いやですわ、何の冗談を……」
「冗談で、わざわざ時間を割いて、こんな僻地にまで来ませんよ」
フォルテは、ピアニッシモに育てられただけあって、普段は心穏やかな人物だ。
しかし、再三の忠告を無視し、妊婦であるドルチェに接触した挙句、金の無心までした毒親を許しては置けない。
――ドルチェが、どれだけ傷ついたか、想像するだけで心臓が潰れそうだ。
屈強な戦士は、嫁の事となると蚤の心臓になる。
いくらドルチェ本人が平気だと言っても、心配で心配で、全ての元凶を捻り潰したくなる。
「では、お前達、一週間後に迎えに来る。それまでに、ちゃんと生活できるよう躾てやってくれ」
「「「はい、かしこまりました」」」
メイド達は、スペツィアート達を見て口角を上げた。
微笑みなのに、殺伐とした雰囲気が辺りに広がる。
ポキポキポキ。
無駄に指の骨を鳴らさないで欲しい。
そう思うのは、誰も同じことだろう。
「い、いや……。ヴィットーリア侯爵、お許しを……」
今頃になって、ピッカンテ達は土下座した。
悪い事をしたと思ってるわけではなく、ここまですれば許してもらえるのではないだろうかと言う期待が見えた。
正直、何が悪かったのか、未だに分かっていないのだろう。
「その言葉、時すでに遅しだ」
フォルテは、それだけ言うと外に出た。
彼女達が乗って来た馬車とは別に、侯爵家一番の早馬を用意したのは、一刻も早く妻の元へ帰る為だった。
「お帰りなさいませ、旦那様」
「あぁ、ただいま、ドルチェ」
フォルテは、玄関先まで迎えに出てきたドルチェを抱きしめた。
そして、自分が夜風に吹かれて体が冷たくなっていたことを思い出し、直ぐに離れる。
いつもなら、それで終わりだったはずだ。
しかし、今日のドルチェは、甘えたのようだ。
自分から両手をフォルテに回すと、彼のお腹の当たりに顔を埋める。
「ど、どうしたんだい?ドルチェ」
「旦那様……大好きです。そして……ありがとうございます」
ドルチェは、気づいていたのだ。
普段屋敷にいるはずのメイドが三人居なくなっていることに。
彼女達は、特に女主人への忠誠心が厚く、そして技術も高い。
生活力など爪先ほども持っていない両親は、きっと物を与えられても、どう使うかすら分からないはず。
そのまま放置すれば、餓死することもあるだろう。
だが、ドルチェも、彼らが死ぬことを望んでいるわけではない。
どんなに嫌っても、親なのだ。
本当は改心して欲しいが、それは不可能だろう。
それならば、どれだけ苦しくても寿命を全うして欲しい。
その為には、彼らに生きる術を教える者が必要になる。
「あの子達には、特別手当を上げなくては」
「それよりも、君が直接褒めてあげた方が喜ぶと思うよ」
フォルテの言葉は正しい。
彼女達は、自ら志願して、あの何もない場所に出向いたのだ。
ただ、ドルチェへの仕打ちに対する報復をする為ではなかった。
教育的指導の中で、少々手荒になることはあるだろう。
それが、意図的であったとしても、死なぬよう手ほどきをしてくれるのだから感謝しなければならない。
「そうだ、ドルチェ、今度トルタ公爵に会うか?」
「え?お兄様にですか?」
「君が望むなら、私は何でも叶える魔法使いになれるんだよ」
そう言って笑うフォルテに、ドルチェの涙腺は簡単に崩壊した。
その後、フォルテは約束を果たし、四年ぶりに兄と妹は、秘密裏にヴィットーリア侯爵の応接間で再会を果たすことになる。
「ドルチェ、約束を果たさせてもらうよ」
そう言って、サラートはドルチェを抱きしめた。
「あの時よりも、ずっと大きくなったな」
「お兄様、私、もう直ぐ母になります。その時は、是非、我が子も抱きしめてやってください」
親には恵まれなかったが、サラートにはドルチェが、ドルチェにはサラートが居た。
これから先も、実の親を見事にだまくらかした二人の絆は、永遠に続くことだろう。
完
まさか、皆様が幼な妻ドルチェをここまで愛してくださるとは思っておらず、アクセス分析のPVを見てビビり散らかしております。
本当に、ありがとうございます。
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