幼な妻、義母のフレネミーをどつきまわす①
薄緑のエンパイアドレスを身に纏うピアニッシモに向かって、ある人物が、こう言った。
「まぁ、素敵なドレスですわね。でも、若々し過ぎて、私には無理ですけど」
切り替えが胸元にあり、そこから緩やかなラインでスカートが広がるシルエットは、確かに少々幼さがあるかもしれない。
しかし、ピアニッシモが着るドレスは、抑え目の色合いで、品のある仕上がりになっている。
特に年齢を選ぶ形でもなく、わざわざ口に出していうほどの違和感もない。
それよりも、幼な妻ドルチェの目の前で義母ピアニッシモに対して毒々しい言葉を吐く女は、己の姿を顧みろと怒鳴りつけたくなるような衣装を身に纏っていた。
青空の下には似合わない深紅のドレス。
しかも、夜会でもないのに、ゴージャスな金色のレースなどがあしらわれており、咲き誇る花々の中では逆に浮いて見える。
この場所は、ヴィットーリア侯爵家の庭。
義母が友人を集めてお茶会をしている席でのことだった。
突然の訪問者が現れるまでは、ピアニッシモがロンターノでの思い出話を披露し、楽しい雰囲気に包まれていたのだ。
しかし、呼んでも居ない人物が現れ、勝手に話を中断させたことに、他の来客は皆、気まずそうな顔をしている。
「まぁ、マレフィコ侯爵夫人。お久しぶりでございます」
人の好いピアニッシモは、急な来訪にも特に嫌な顔をせず、
「誰か、マレフィコ侯爵夫人の席を用意して」
と、足りない椅子を持ってくるようにメイドに指示を出した。
ドルチェ一筋のメイド達だが、その義母の言う事には忠実だ。
一人が屋敷へ向かって走り出し、もう一人は、ティーセットの用意を始める。
勝手に来た人間など、本当なら追い返したって構わない。
それなのにピアニッシモは、わざわざ立ち上がって不躾な客を自ら迎え入れる。
ピアニッシモの生まれながらの善人ぶりに、ドルチェは心配になってしまうのだが、これが義母の良さでもあるのだと考え直した。
それよりも、今注目すべきは、この失礼極まりない女の方だ。
「あら、そんな他人行儀に呼ばないで頂ける?私と貴女の仲でしょ?ピアニッシモ」
馴れ馴れしく呼び捨てにする相手にでも、ピアニッシモは礼儀正しい。
「ごめんなさいね。どうしても、呼び捨ては苦手で……」
相手を傷つけないように、やんわりとお断りする姿は、淑女の見本と言うべきだろう。
普通なら、相手にこう言われれば、それ以上話を突っ込む者は居ない。
しかし、この女は、違うらしい。
「本当に生真面目な方ね。なんだか、友として距離を置かれているようで悲しいわ」
さして悲しそうな顔をしているわけでもないのに、相手を非難するような言葉を吐く女の名は、プレダトーレ・マレフィコ。
彼女は夜会などでは情報通として知られ、色々と相談に乗ってくれたりする面倒見の良い人物だとピアニッシモは思っていた。
まさか、その内容を他人に広めているとは考えもしないだろう。
プリマのことも、このプレダトーレの広報活動のお陰で、一時期社交界一ホットな話題になっていた。
断っても、断っても毎日やって来るカボチャ伯爵令嬢の行き遅れを加速させた一端は、この女にもあるかもしれない。
「それにしても、衣装だけでなく雰囲気が変わったのではなくて?髪型も、結い上げずに下ろすだなんて、斬新で、革新的で、まるで寝室にいるようだわ」
褒めているようで全く褒めていないプレダトーレは、そう言いながら賛同を求めるように周りを見回した。
夜会なら、直ぐに皆が手を叩き、そうだそうだと囃し立てるのだ。
しかし、常識ある貴婦人たちは、皆鉄壁の微笑を湛えて何も言わない。
彼女達は、ピアニッシモとの付き合いをとても楽しみにしており、それを壊されてはたまらないと思っているのだ。
そして、言葉の刃をチクチク刺されている当の本人は、にこやかに微笑みながら、
「このドレスも髪型も、嫁が勧めてくれましたの。旅で疲れた体には、かしこまりすぎた格好は窮屈すぎますから」
と微笑んだ。
ある意味、全く攻撃が通用していない。
プリマに毎日突撃されても、『困ったわ』と一言いうだけで怒鳴ることも出来なかったピアニッシモは、逆に攻撃耐性は恐ろしく高いようだ。
それにイラッとしたのか、プレダトーレは、もう少し直接的な言葉を使い始める。
「道理で、いつもの大人しめの色合いばかり選ぶ貴女と違うテイストだと思いましたわ。でも、私達の年代では、ちょっと恥ずかしくて着られない衣装ですわね」
年の変わらないプレダトーレとピアニッシモは、共に五十代。
確かに、ピアニッシモが着る締め付けの緩いワンピースにも近いドレスは、夜会には不向きだろう。
しかし、ここはヴィットーリア侯爵家の庭。
ピアニッシモにとっては自宅であり、唯一自由に過ごして良い場所でもある。
他人にどうこう言われる筋合いはないのだ。
ドルチェなら一発かますところだが、ピアニッシモは人の好さ全開の天然ぶりを遺憾なく発揮する。
「着てみると、とても楽で過ごしやすいのですが……。そうだ!もしよろしければ、マレフィコ侯爵夫人にも一枚贈らせていただきましょうか?」
その言葉に、プレダトーレの眉が器用に片方だけ上がった。
本当は、ちょっと欲しかったのだ。
しかし、それを認めれば、自分が負けたような気になってしまう。
「いいえ、私は結構ですわ。まぁ、若いお嫁さんを貰うと、新しい風が入って良いのではなくて?ただ、気を付けないと、貴女が恥をかくことになりますわよ」
そう言いながら、プレダトーレはピアニッシモが座っていた席に座った。
そこは茶会のホストが座る場所だ。
「マレフィコ侯爵夫人、そこは私の……」
「ピアニッシモ、固い事を言わないで。私達、友達でしょう?私だけお茶会に呼んでいただけなくて、深く傷つきましたのよ」
わざとらしく悲し気な表情を浮かべるプレダトーレに、ピアニッシモは不思議そうな顔をする。
「毎月お誘いしていましたでしょう?でも、毎回来られないから、来たくないのかと思いお誘いしなくなりましたのに」
素直なピアニッシモは、本当に驚いているようだが、同席しているドルチェには分かっていた。
――最近のお茶会に私が参加していると聞きつけて、偵察しに来たというところかしら?
情報通は、最新の情報を集めてこそ価値のある存在。『ここだけの話』が大好きで、ネタを仕入れては、必ず他所で吹聴する。
人の悪意を見抜くのが下手なピアニッシモは、きっと、聞かれるままに話してしまうだろう。
正に友達の皮を被った敵。
フレネミーだ。
「前の話は、なさらないで。これからは、ちゃんと毎回参加させていただきますわ」
扇で顔を半分隠しながら、プレダトーレはジロジロと不躾にドルチェを見てきた。
その値踏みするような視線は、彼女の悪辣な性格を表しているも同然だった。
「このお嬢さんは、年長者に挨拶も出来ないのね」
嫌味ったらしく文句を言ってくるが、鋼の精神を持つドルチェには全く効かない。
こんなレベルは、王宮内には掃いて捨てるほど居たからだ。
「お話を中断してはいけないかと思いまして。お初にお目にかかります。新たにヴィットーリア侯爵家の一員となりましたドルチェと申します」
先ず、ここで下手に謝ったりしない。
申し訳ございませんなどと言おうものなら、鬼の首を取ったように上げ足を取り始めるだろう。
その予想は間違っていなかったようで、プレダトーレは怒鳴りつけようと待ち構えていた口を、ゆっくりと閉じた。
さらに、この言葉には、ドルチェなりの意趣返しが一つ散りばめられている。
「まぁ、初めましてだなんて。今までも、何度もお話をしたでしょう?まさか、このような場所でお会いすることになるとは、あの頃には思ってもいませんでしたが……ふふふふふ」
それは、ドルチェが元王太子の婚約者だった頃の話だ。
権力が大好きなプレダトーレは、未来の王妃であるドルチェに媚を売って来たのだ。
ただ、そんな輩は山ほどいる。
覚えてはいるが、覚えているとは言わない。
相手は、ドルチェが婚約破棄された挙句、王命で年の離れた男と無理やり結婚させられた可哀想な女だと周りに印象付けたいのだ。
「そうでしたでしょうか?記憶の隅々まで探してみましたが、残念ながら、思い当たることが一つもございません」
「まぁ、なんて失礼な」
プレダトーレは、自分は特別な人間だと思っている。
社交界では、皆が彼女に噂の真相を聞きにやってくるのだ。
チヤホヤされて気分良くなることに慣れ切った彼女は、自分の存在価値を全否定された気がして腹が立っているようだ。
「ドルチェさんの脳みそは、見た目よりも少ないのかもしれませんわね」
「そうかもしれません。ですので、不要な情報は、自分から忘れるように心がけております」
暗に不必要な人物と言われたプレダトーレの顔が、怒りで真っ赤に染まった。
一方のドルチェは、平然と紅茶を飲んでいる。
既に、どちらに軍配が上がるかは一目瞭然だ。
プレダトーレの登場に最初は逃げたいと思った来客達は、幼な妻の小気味よいい反撃にニンマリと微笑みを深める。
「ピアニッシモ、貴女、嫁にどういう教育をしているの!この嫁は、お客様をもてなす気持ちも持っていないのね」
「あら?今、ドルチェさんは、何か失礼なことを言ったかしら?」
改めてそう言われると、プレダトーレも言葉が出ない。
詳しく話せば話すほど、『ドルチェは自分を歯牙にもかけていない』ということを言わなくてはいけなくなるからだ。
「もういいわ。それより、私の紅茶はまだかしら?」
ピアニッシモの席に陣取ったプレダトーレの前には、飲みかけのカップしかない。
そして、新たに設置された席の前には、既に新しい紅茶がセッティングされている。
「では、お茶会を再開しましょうか」
そう言いながら、ピアニッシモは、なんの躊躇もなく新たな席に座った。
別に、上座だろうが下座だろうが貴賓席だろうが一般席だろうが、気にも留めていないのだろう。
こういう所は、息子であるフォルテと同じで鈍感だった。
しかし、ギョッとしたのはプレダトーレだ。
このままでは、自分は、ピアニッシモの飲みかけのカップでお茶会に参加し続けなければならない。
人の席を奪った因果が、思わぬ形で返って来たのだ。
「ちょ、ちょっと……」
メイドにカップの交換をさせようと、プレダトーレが手を上げた。
しかし、周りを見回すと、先程まで大勢いたはずのメイド達が何処にもいない。
「え?」
一人キョロキョロ辺りを見回すプレダトーレをよそに、お茶会は、ピアニッシモの旅行の思い出で盛り上がっていく。
「ロンターノの温泉は、質が良くて、お肌がツルツルになりましたの」
そう言うピアニッシモのお肌は、確かに輝くように美しい。
もう五十歳を超えているというのに、少女のような雰囲気すらある。
髪を下ろしている為もあるが、いつも以上に若々しく見えた。
その様子に、一人の女性が口を開いた。
「ロンターノには、温泉以外に、何がございますの?」
「そうですわね。海も近いので海鮮なども美味しいですし、港町ということもあって、海外から様々な商品が運び込まれてきます。とても、活気のある街ですわね」
ピアニッシモの楽し気な表情を見ただけでも、その町が素敵な所だと分かる。
「私も、次の旅行は、ロンターノにいたしましょう。そうそう、私のお勧めは……」
旅行好きには、旅行好きの友が出来るらしい。
集まった女性陣は、自分が行って良かった場所を互いに教え合い始めた。
そんな中、プレダトーレだけが話題に乗れない。
何故なら、彼女の生息地は王都の夜会だけだからだ。
領地に帰るのは、夫と長男夫婦だけ。
彼女は常に王都から離れない。
何故なら、人の噂も七十五日。
新鮮な情報を得るには、現場を離れるわけにはいかないからだ。
当初の思惑は、ドルチェの近況と、妊娠の真偽、そして、義母と不仲だという証拠を手に入れる事だった。
しかし、楽し気に語らう義母を、ドルチェは微笑みながら見守り、要所要所で地理関係などの情報を交えて旅の旅行プランまで提供している。
「お義母様、その町での移動手段は、馬車よりも運河を巡る船を使った方が楽だと思います」
「まぁ、船があるの?」
「はい。一日借り切ることも出来たと思いますので、行かれる際は予約を取らせていただきます」
「えぇ、その時は、是非お願いするわね、ドルチェさん」
燥ぐピアニッシモと、そんな義母を優しく見守るドルチェは、どこをどう見ても、仲の良い義母と嫁だ。
プレダトーレにも、嫁はいる。息子二人が結婚したことで、家族が二人増えたはずだった。
しかし、長男は夫について領地へ行っており、次男は全く屋敷に寄り付かない為、現在大きな屋敷にプレダトーレは使用人と暮らしている状態だ。
――こんなはずじゃ、なかったのに。
悔しくて歯ぎしりするプレダトーレに、突然、ドルチェが話しかけてきた。




