幼な妻と双子
「アレグロ、手を開きなさい」
母となったドルチェは、頑固者の息子に今日も手を焼いている。彼が握りしめているのは、双子のフェルマータのスカートだ。
三歳になった彼らは、常に行動を共にしており一時も離れようとしない。
しかし、フェルマータは今から、義母のピアニッシモと一緒にピアノの先生のお屋敷に行く予定なのだ。
いつものレッスンは屋敷に来てもってやっているのだが、今日は同じような年ごろの少女を集めて演奏会のようなものをするらしい。
ピアノを習っていないアレグロが参加できるはずもなく、大好きな母ドルチェとお留守番をすることで昨夜話がついていたはずだった。
だから、今朝からフェルマータは細くて絡みやすい髪の毛を何度も櫛で梳かし、綺麗に編み込みをしてもらってドレスも一番のお気に入りを着込んでいた。
練習はそこそこしかしていないのに、大した気合の入れようだった。
どうやら、演奏会の後で振る舞われるケーキを楽しみにしているらしい。
祖母、母に似て、大食漢な幼児なのだ。
こうして、やる気満々でフェルマータが馬車に乗ろうとした所、下からアレグロがスカートを掴んで離さなくなった。
ドルチェが間に立って一生懸命説得をしているのだが、アレグロは、しかめっ面のまま首を振るだけだ。
すると、フェルマータが馬車から地面へピョンと飛び降りた。
顔はドルチェそっくりの愛らしい天使のようだが、意外と行動が荒っぽい。
「アレグロ」
フェルマータが両手を広げると、アレグロも両手を広げ二人はぎゅ~っと抱きしめあった。
「フェルマータ。仲が良いのはいい事だけれど、このままじゃ遅刻してしまいますよ」
馬車に乗ったままピアニッシモが孫のフェルマータに声を掛けた。
優しい祖母が大好きな彼女は、アレグロの背中をトントンと二回叩いて離れるように促した。
しかし、アレグロは、益々強く抱きつき、
「やだやだやだやだやだ」
と駄々をこね始めた。
こうなると、母のドルチェでも泣き止ますのに一苦労する。
こだわりが強いだけに、納得いく答えが得られるまでに時間がかかるのだ。
そんな双子の片割れに、フェルマータは頭を後ろへと振った。
そして、思い切り前へ振り戻すと、
ゴン
と、頭突きをした。
自分だって痛いだろうに、涙目になって我慢している。
やられたアレグロの方は、地面に膝をついていた。
「アレグロ、しちゅこいでしゅわ」
大好きな祖母のように上品に話そうと思っても、舌っ足らずなのはどうしようもない。
自分のおでこを撫でながら、フェルマータは馬車に乗り込んだ。
「だから、言ったでしょう。あの子は口より先に頭が出るんだから」
こんなことは、一度や二度ではない。
常にフェルマータと一緒じゃないと癇癪を起すアレグロは、最終的にはフェルマータの頭突きで黙らされている。
「また、やっていたのか」
執務室から出てきたフォルテが、笑いながらアレグロを抱き上げた。
父の太い首に抱きつき、グズグズと何かを言っている。
「どうしぇ、へたくしょなくせに」
どうやら、フェルマータのピアノの腕前をディスっているようだ。
大好きだからこそ拒否られたショックが大きいらしい。
「仕方ない。今から、国立図書館へ行こう」
「やった!」
さっきまで泣いていたアレグロは、ニパ~~~ッと笑顔になると両手足をバタバタさせてフォルテの腕の中から逃れて床に降りた。
そして自分の部屋へ走っていくと、前回借りた大量の本を大きな袋に入れていく。
自分で持つのは不可能だから、後でフォルテに持ってもらうのだ。
「本当に、あの子は本の虫ね」
彼が大好きなものランキングをつけるとするならば、一位母、二位フェルマータ、三位本だ。
その後祖母、父、祖父と続く。
最下位の祖父が毎回悲しそうな顔なのは、そういった理由からだろう。
「おとしゃま(お父様)、はやく」
その場で足踏みをして今直ぐ連れて行けと催促する息子を、フォルテは右手で抱え上げ、左手にはズシリと重い本が入った頑丈な袋を持った。
「それでは、少し出かけてくる。ドルチェ、折角の休息時間だ。ゆっくり休んで」
「ありがとう、あなた」
ドルチェは、夫と息子に行ってらっしゃいのキスをした。
そして送り出した後は、やり残した仕事へと戻っていった。
結局、母として妻として、そして侯爵夫人として休む間のないドルチェだった。
20,000ptを超えたお礼に、双子の物語を書いてみました。
需要があるようでしたら、不定期で更新しようかと思っています。
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