■ 第33話:監査者
誰も動けなかった。
巨大な“眼”は、ただそこに存在しているだけで空間を書き換えていた。
床の重力が狂う。
音が遠くなる。
呼吸すら不自然に感じる。
レイは奥歯を噛み締めた。
本能が叫んでいる。
逃げろ、と。
だが、カナの手が震えていた。
その小さな温度だけが、レイを現実へ繋ぎ止める。
『逸脱領域確認』
監査者の声は低く、感情がなかった。
『対象群の修正処理を開始』
直後、空間から黒い粒子が降り始める。
触れた壁が消えた。
音もなく。
存在そのものが“削除”されていく。
逸脱者の一人が叫びながら逃げたが、粒子に触れた瞬間、身体の半分が消滅した。
血すら出ない。
最初から存在しなかったように。
「……っ!」
レイの背筋が凍る。
こんなものと戦えるのか。
その時、カナが前へ出た。
「だめ……レイ、下がって」
「何する気だ!」
「わたしなら……干渉できるかもしれない」
だがその声は震えていた。
怖くないはずがない。
それでも彼女は前へ出る。
自分が原因だと思っているから。
その姿を見た瞬間、レイは強く彼女の腕を掴んだ。
「一人で行くな」
カナの瞳が揺れる。
レイは震える呼吸を押し殺しながら言った。
「もう、お前だけに背負わせない」
その言葉に、カナの目尻が微かに潤む。
だが次の瞬間――監査者の眼が赤く発光した。
『高危険度対象を確認』
空間に無数の光線が展開される。
狙われている。
レイたちだ。
ジンが舌打ちした。
「クソ……完全に認識された!」
轟音。
光が放たれる寸前――カナの感情が爆発した。
「やめてぇぇぇぇッ!!」
空間が、裂けた。




