■ 第31話:歪みの中心
床が波打っていた。
いや、正確には“空間そのもの”が揺れていた。
逸脱者たちの拠点内部――金属で構成された無機質な通路が、まるで熱に炙られた映像のように歪み続けている。
赤い警告灯が断続的に点滅し、耳障りな警報音が空気を裂いていた。
「……カナ!」
レイは崩れかけた隔壁を乗り越え、中央制御区画へ駆け込んだ。
そこにいたカナは、床に膝をつき、苦しそうに肩を震わせていた。
周囲の空間は彼女を中心に捻じ曲がっている。
壁の角度が狂い、遠近感が壊れ、天井があり得ない方向へ伸びていた。
「来ちゃ……だめ……」
掠れた声。
だがその声の奥には、恐怖が滲んでいた。
レイは迷わず彼女の前へ立つ。
「一人にするほうが危険だろ」
「違う……わたし、また壊す……!」
カナの瞳にノイズのような光が走った瞬間、周囲の空間が爆発的に軋む。
壁面に巨大な亀裂が走り、その向こうに“別の景色”が見えた。
星空ではない。
巨大な白い空間。
無数の光柱。
そして――宙に浮かぶ、無数のコロニー。
レイの息が止まった。
「……なんだ、あれ……」
まるで標本棚だった。
人類の街が、巨大な観測装置の中に並べられている。
その異様な光景を見た瞬間、背後でジンが低く呟いた。
「まずいな……接続が深くなりすぎてる」
「接続……?」
「カナの感情暴走で、“観測領域”と直接繋がり始めてるんだ。このままなら、この区画ごと消される」
レイの喉が強く鳴った。
消される。
その言葉は、今までの脅しとは違う現実味を持っていた。
カナは震えていた。
自分自身を押さえ込もうとするように腕を抱いている。
「ごめんなさい……わたしのせいで……」
その姿を見た瞬間、レイの胸の奥で熱が弾けた。
「違うだろ!」
叫び声が響く。
「お前一人のせいにするなよ!」
カナが目を見開く。
レイは拳を握った。
恐怖はある。
だが、それ以上に許せなかった。
管理者も、世界も、全部。
カナだけに罪を背負わせるこの構造そのものが。
その時だった。
歪んだ空間の向こう側――白い観測空間に、“誰か”が現れた。
人影。
長い黒衣。
感情のない視線。
管理者。
その存在は静かにこちらを見つめ、そして初めて、微かに口元を動かした。
『――観測不能値を確認』
冷たい声が、直接脳へ響く。
次の瞬間、空間全体が激しく震動した。
まるで世界そのものが、“何か”を起動し始めたように。




