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プリンとキス  作者: 雲母あお


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8/22

8.始めてのレッスン

「こんばんは。今日からよろしくお願いします。」

授業が始まると、奈良先生が席にやってきた。


「よろしくお願いします。」

立ち上がって挨拶をする。


「どうぞ座って下さい。改めまして、ようこそ我が美術塾へ。今日からよろしくお願いいたします。」

俺を椅子に座るように促しながら、丁寧に挨拶をしてくれた。促されるまま椅子に座り、奈良先生を見る。


「早速ですが、見学の時にお話しました通り、今日からデッサンを始めます。道具は購入されましたね。」

「はい。受付で、斉藤さんにお願いしてデッサン一式を購入しました。」

「そうでしたか。」

そう言いながら、机の上に置いてある購入したばかりのデッサン一式にさっと目をやり、確認してくれた。


「最初はこれで十分です。それでは、始めましょうか。」

「はい。よろしくお願いいたします。」


「今日はこの資料の内容をご説明します。資料はお渡ししますので、家で復習する際などにお使いください。」

「はい、分かりました。」


「まずは鉛筆を削るところから始めましょう。」

「えっ?」


鉛筆を削るところから始める?

鉛筆削りで削るんじゃないのか?


驚いた俺に、優しくもう一度言ってくれる。


「はい。まずはデッサンのための鉛筆を削りましょう。資料の1ページ目を開いて下さい。」

「はい。」

返事をしながら、デッサンのための鉛筆削り???心の中は疑問でいっぱいだ。


不思議に思いながら、手渡されたばかりの資料を開く。

するとそこには、みたこともない鉛筆の姿の写真があった。

「え!?」

驚く俺をみて、優しく笑った。

「不思議でしょう?」

「はい。」

素直にうなづく。


だってこれはどういうことだ?


異様に芯が長く削られている。

確かに鉛筆削りには不可能だな。

そうだけど…


「一本削ってみますから、みていて下さい。」

そういうと、近くの棚からカッターを手に取り戻ってきた。


松本さんが後ろを振り返り、俺の机の上に、紙でおられた小さなゴミ箱を置いた。


「奈良先生、よかったらこれ使ってください。」

「ありがとうございます。」

先生がそれを受け取ると、机の上に置いてある、まだ削られていない新しい鉛筆を1本手に取った。

「では鉛筆を削っていきましょうか。」


奈良先生は、魔法のように綺麗に鉛筆を削っていく。

そして、綺麗に小さなゴミ箱に削りかすが入っていく。


夢中になって見ていると、

「鉛筆を削る用の、小刀もあるんですよ。」

「え!?専用の!?」

「はい。それだけ大事な作業でもあるということです。」

そんな話をしながらも、鉛筆を削る動作は、とてもスムーズで、とても簡単そうに見えた。


「それでは、やってみましょうか。」

「はい。」


削られていない鉛筆は、あと5本ある。


「お渡しした資料にも、削り方が載っていますので、一読してから、鉛筆削りに挑戦して見て下さい。分からないところがありましたら、声をかけて下さい。手元には注意してくださいね。」


「はい。分かりました。やってみます。」

俺の返事を聞いて、にこっと嬉しそうに笑うと、また後で見にきますね、といって、他の生徒さんのところへと歩いて行った。


よし!やるぞ!


言われたとおり、資料に目を通してから、先生の見本をみながら、鉛筆を削り始めた。


なぜだ…

なかなか思うようにいかない。

カッターと鉛筆。

使い慣れたものなのに、どうしてこれがなかなか思うようにすっと削れない。


奈良先生が削った鉛筆と見比べる。

すっと綺麗に先までなだらかな傾斜の木の部分から芯が5センチくらいスラッと綺麗な三角形を描くように、先端に向かって細く尖っている。

芯の先端に触れるとチクッと痛みがあるくらいの尖りようだ。


それに比べて俺のは……

削った木の部分のみならず、芯の部分も途中引っかかったりして、ボコボコだ。


シンプルなのに難しいな。


もう一度資料を読み、奈良先生が削っていたのを思い出しながら2本目にとりかかる。


この向きで刃を当てると良さそうだ

先生はこんな感じで削っていたな。


夢中になって鉛筆を削っていた。

3本目を削り終わって、ふぅと息を吐いたら、

トントンと肩を叩かれた。


「!?」

驚いてビクッと少し肩が動いた。

奈良先生だった。


「すみません。お声がけしたのですが、集中されていたようだったので、カッターを置いたのをみて、肩を叩かせていただきました。」


全然気づかなかった。


「だいぶ集中されていたようですね。」

「はい。」

自分でも驚いた。

周りの音が聞こえないほど集中したことがあっただろうか。


「頑張りましたね。残り一本は次回かおうちで削りましょう。」


それから、鉛筆の濃さの種類や、メーカーで色が違うこと、スケッチブックのことなどを順番に教えてくれて、


「できるところまででいいですよ。また次回続きをやればいいですから。慌てずじっくりと見て、描いてみてください。」


今日のデッサンのモチーフとしてレンガを一つ机に置くと席を立ち、他の生徒さんのところへ行ってしまった。


教えてもらった通り大きさを見たりしながら、途中分からないことを聞きつつ、気づけば、あっという間に終わりの時間になっていた。


奈良先生が見に来て、形の歪んだところや影の描き方などを教えてくれる。

すると、さっきまで自分だけでは気が付かなかった絵の歪みや修正した方がいい箇所が少しずつ見えてくる。

不思議だ。


「次回続きをやりましょう。初めてで疲れたのではないですか?今日はゆっくり休んでください。また次回楽しみにしています。」


「ありございました。またよろしくお願いします。」


習うっていうことは、いろいろ自分に気づかせてくれるものなんだなと実感していた。

それに、初めて描くのに、自分なりに満足できるレベルの絵が描けていた。描いたものはレンガ一つだけど、とても嬉しい。


何とも言えない達成感があった。


不安と緊張と、俺なんかにできるのか?という思いしか思い浮かばなかったのに、やってみたら夢中になっていて、『楽しい!』と思っている自分に驚いていた。


「なんか楽しいな。」


前の席を見ると、かのこさんは、もういなかった。

いつの間にか帰ってしまっていたようだ。



本当に変な人だな。

心の中で可笑しくて笑った。


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