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プリンとキス  作者: 雲母あお


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5.松本さん

俺は・・・


今、門の前に立っている。

「うぅ……」

どうしたんだ俺!?

足が動かないぞ!?




ーとうとうこの日がやって来たー


スケッチブックと鉛筆を買うお金は持ってきた。

入会金と今月の月謝も、大学から帰る途中に銀行で下ろしてきた。

それから…。

他に用意するものなかったよな…?


そんなことを考えながら、電車を降り、駅を背にして歩き、先週松本さんが曲がった細い路地に入った。

やっぱりこの道、薄暗くて気味が悪くてちょっと怖い。

俺に霊感があったら、なんかたくさん『この世のものではない何か』が見えそうな気がする。

及び腰で歩く。

ちょっと格好悪い。

でも仕方がない。怖いものは怖い。


そして、やっと目的地である『武蔵丘森美術塾』の門の前にたどり着いたのであった。



それからかれこれ・・・

うーん・・・

かれこれ、どのくらいこうしているんだ?


門の前に立ったまま、足が動かない。



目の前には林と言っても過言ではないくらい木々が広がり、そのど真ん中に白い洋館とも言える素敵な建物が建っている。その白い壁には、蔦が絡まり、なんとも言えない雰囲気を醸し出している。


生まれて初めての習い事が絵画教室で、しかも“近所のおばさんち”みたいなところではなくて、白い大きな建物と広い敷地の“学校”と呼べる規模のところなのだ。

緊張もするよな。


それにしても・・・


もう一度目の前の建物を見る。


この敷地に一歩でも足を踏み入れたら、不法侵入で通報されたりしないよな?

いや、それより『この世のものではない何か』に何かされるかも?


ふと、先週の出来事を思い出す。


あたたかい時間だったなぁ。

夢のような時間だったな。

こんな絵に興味もなく描いたこともなくて、東京にも大学にも馴染めないダメなやつなのに、そんな俺に『歓迎します』って言ってくれたんだよな。

あんまり辛いから願望が夢になったのかな。

いやもしかしたら、本当に、先週の出来事は夢だったのかも。


そうか!じゃあ、これは金縛りだ!

それで、動けるようになったら目がさめるんだ!


と、変な納得の仕方をしていたところに、聞き覚えのある声が・・・



「あれ?戸ノ岡さん?」


振り返ると、そこには…

「松本さん…。」


小さいふんわりした松本さんがこちらに向かって歩いてくるところだった。

彼女をみたら一気にほっとして、強張っていた体から力がすっと抜けていくのを感じた。


「こんなところで何しているんですか?」

松本さんが、ゆっくりと近づいてきて、俺の前で止まった。


「えっと……」

何しているんですか?ってなんて答えたらいい?

緊張して、先週の出来事が夢だったんじゃないか?とか変なこといっぱい考えてしまったりしていて・・・


何かを言おうとしてるけれど、言葉が出てこない俺をみて、松本さんはとっても嬉しそうに笑った。


「……!?」

なんで?嬉しそうなんだ?

そう思った瞬間、


パチンッ


という音に我に返った。


それは、とっても嬉しそうに俺をみる松本さんが、まるで拍手をするように手を叩いた音で、それから怒涛のおしゃべりが始まったのだ。


「あー!分かった!!あまりに素敵な建物だからみとれていたんでしょ?」


「へ?」

予想もしない言葉に、変な声が喉からこぼれた。


そんな様子なんかちっとも気にしていない松本さんは、

「そうだよね!やっぱり素敵だよね!ここに住みたいよね!分かるよ~みとれちゃうの。うんうん分かる分かる。」

松本さんの顔を見ると、顔全面が夢見心地でどっか違う世界にいってしまっているかのように、うっとりとした表情で建物や敷地をみている。


「あの…。」

声を掛けても聞こえていないようだ。


「うんうんそうだよね。分かるよ。分かる!だってこんなに素敵だもん。いつまでも見てられるよね!っていうか見てたいよね!白い壁に蔦が絡まり、窓も・・・。」

と、何度も頷きながら自分の世界へ入ってしまっている。


放っておくと、このままずっとこうしていそうだ。


「あっ、あの!」

そんな松本さんに向かって、なんとか現実世界に引き戻そうと声を掛けたら、思ったよりも大きな声が出てしまい、自分でも驚いてしまった。


「あっ、はい!!」

俺の声は、松本さんを驚かせてしまったようだ。


「あっ、す、すみません。驚かせてしまって・・・」

申し訳なさそうにいうと、

「ご、ごめんなさい!!私、好きなものの話をしだすと、止まらなくて。」

松本さんが、思いっきり頭を下げた。

「い、いえ。こちらこそ。大きな声を出してしまってすみません。驚かせてしまってすみませんでした。」

俺も思い切り頭を下げて謝罪した。


すると、

「うふふ、あははは。」

松本さんが、笑い出した。

びっくりして顔を上げると、

「あ、ごめん驚かせちゃった?ならおあいこだね!あははは。」

「おあいこって・・・」

変な優しい理屈をこねる松本さんは、まだ笑っている。


「何かおかしかったですか?」

やば、また女性にこんな威圧的な言い方をしてしまった。

嫌な気持ちになったかな?

昔から顔の表情が乏しい俺は、心とは裏腹に、無愛想な感じになってしまう。


「ん?うん!面白かったです!」

そんな俺のことを気した様子もなく、満面の笑みを浮かべてそう答えた松本さんに、

「はい?」

訳がわからず、間抜けな声を出してしまった。


面白かった??

何が?

どこが?


「だって、たわいもないおしゃべりをしていただけなのに、私たち真剣に謝りあっているんだもの!『あの!』って大きな声で声を掛けられた時、好きな話をすると止まらない私のことを怒ったり呆れたりしてしまったのかなと、私が謝ろうとしたの。それなのに、逆に驚かしてごめんなさいって先に謝られてしまって。それがなんだか可笑しくて。」

うふふ。

思い出してまた笑っている。

「・・・」

何か言おうと思って口を開こうとしたら、松本さんが真面目な顔で俺を見たので、んぐっっと言葉を飲み込んだ。


「初めてだったの。私のおしゃべりに付き合ってくれた人。怒ったり呆れたりしないで聞いてくれて、私とっても嬉しかったの!ありがとう!」


「えっと、いえ……」


「だから、嬉しくて、楽しくて、つい笑い出しちゃったのね。きっと、私。悪気はないの。突然笑い出して不快に思ってしまったらごめんなさい。そうじゃなくて、嬉し笑いだったというか…」と、その後もずっと話している。

そんな松本さんの隣にいて、


ああ、そうか。そうなのか。


気づいてしまった。


そうだ……

初めて会った時も、同じだったな。

方言について、息をするのも忘れて一生懸命話していたっけ……


俺だけじゃないんだ。

そうだよな。

松本さんは、とても明るくて、初めて出会った時だって俺の前をどんどん先に歩いていく様は、とても不安とかを持っているなんて感じなかった。

でも、違うよな。

誰だって、不安や自信が持てないことあるよな。



まだ、何かを一生懸命話し続けている松本さんは、きっと、好きなものを好きと言って、自分らしく表現してしまったことで、思ってもいないことを言われたり、さっき言っていたように、怒られたり呆れられたりして来たんだ。だから、今、きっと喋り続けていることは、『いいわけ』のようなものなのだろう。


怒らないで呆れないで、

私はそんなに変じゃないし、どういうつもりでこう言ったか説明するから・・・

誤解しないで。悪い意味じゃないの。

そんなこと考えてないの。

ただ、嬉しかったの・・・


俺にはそんなふうに聞こえていた。


松本さんは、自分の気持ちを言葉にして、一生懸命相手に伝えようと頑張っているんだ。


誤解をされても、誤解を解こうと一生懸命で・・・


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