42.またね
「お待たせいたしました。秋から販売を予定しております、秋のタルトです。こちらにはこの紅茶が似合うと厳選してティーセットにしてお出ししております。ご賞味ください。」
明人さんは、ワゴンから丁寧にテーブルに並べていく。
隙がない、滑らかな動作に、思わず見惚れてしまう。
「率直な感想を聞かせていただけると助かります。ごゆっくりお楽しみください。」
そういって、もう一度会釈をすると、厨房へと戻っていった。
「さあ、紅茶が冷めないうちにいただきましょう!」
もう、桜庭さんの目には、目の前に並べられたデザートと紅茶しか映っていないようだ。
「うわぁ!美味しそう!いただきます!」
桜庭さんを見ると、もうフォークを片手に、ほっぺたを赤く染めて、本当に美味しそうにタルトを食べている。
俺のクッキーを、美味しそうに食べてくれるかのこさんの顔が思い浮かんだ。
明人さんも同じ気持ちなのだろうか。
食べてくれてうれしいなって、俺はいつも思っているから。
さて、俺もいただこう。
タルトにフォークを入れた。
いい感触だ。
そっと、口に運ぶ。
うわぁ、おいしい。
これは、本当にうまい。
タルト生地はサクッとしていて、甘さ控えめ、厳選したという紅茶に合う!
ゆっくり味わいたいのに、美味しくて手が進む。
気づけば、あっという間に完食していた。
うわっ、今度はもっと味わって食べよう。
プチ後悔をしていると、
「どうかな?」
明人さんが、テーブルの前に先ほどのウェイターの姿ではなく、おそらく普段着であろう姿で現れた。
着ているものがオシャレすぎて、顔も整っていて、背も高いから、まるで俳優さんみたいだ。
男の俺でも、ドキッとしてしまった。
「仕事あがりなんだ。同席しても?」
さりげない仕草もかっこいい。
「はい。もちろん。」
少し声がうわずってしまった。
恥ずかしいな。
明人さんは、ふっと優しく笑って、
「ありがとう。」
というと、桜庭さんの隣に座った。
俺と真向かいの席だ。
ちょっと緊張する。
でも、彼氏持ちの女の子と二人きりよりも、気持ちはホッとした。
いらぬ誤解は避けたい。
「とても美味しかったです。ご馳走さまでした。でも、本当にいいんですか?ご馳走になってしまって。」
申し訳なさそうにそういうと、
「いいんだ。気持ちを受け取って欲しい。でも、本音を言うと、できれば君が作ったクッキーを食べてみたかったけど。」
と明人さんが残念そうに言う。
「もう!ここまできてもらっただけで、もう十分わがまま聞いてもらったのに、そうなこと言って!」
と、明人さんをたしなめてから、
「ごめんね。お菓子のこととなると遠慮できなくて。」
桜庭さんが彼氏さんの代わりに謝った。
「いや、とんでもない。美味しいデザートが食べられて、来てよかったです。こちらこそありがとうございました。」
お礼と共に頭を下げる。
すると、俺のトートバッグが目に入った。
ハッとした。
そうだ、今日は、かのこさんに渡すクッキーがトートバッグに入っているんだった。
そして、かのこさんがベンチで食べる用と、家で食べる用と二つ持ってきたんだった。
そうだ、かのこさんごめん。
家用は次回にしよう。
「あの。もしよければなんですが、今日のお礼になるかわかりませんが、実は……」
そういいながら、トートバッグから、箱を取り出した。
クッキーが割れないように、ラッピングしてから箱に入れて持ち歩いていた。
箱の蓋を開けて、二つ入っているうちの一つを取り出すと、
「これ、お世話になっている人がクッキーが好きだと聞いて、今日渡そうと思って作ってきたんです。一つ余分に作って持ってきたので、今日のご馳走になったお礼には程遠いかもしれませんが、受け取っていただけますか?」
そう言って、明人さんに手渡した。
明人さんは、しっかりと手中に収めながら、目が、ぱあーと輝いた。
「いいのかい?いただいても?」
「はい。よろしければどうぞ。」
「あのレシピで作ったクッキーかい?」
前のめりの明人さんに、タジタジしながら答える。
「ああ、いえ。もしよければ、また後日作って持ってきます。今日のクッキーは、渡そうと思っているお世話になっている方が、チョコが好きな方なので、少しアレンジして作りました。お口に合えばいいのですが。」
明人さん、ごめんなさい。
期待に添えず…
「こちらこそ、せっかくわけてくれたのに変なことを言ってごめん。これもその人にあげる予定だったんだろう?わけてくれてありがとう。美希が、クッキーを作ってきてくれてから、ずっとレシピをくれた君のお菓子が食べたいと思っていたんだ。夢が叶って嬉しいよ。」
本当に嬉しそうな顔をする人だな。
明人さんは、黙ってると少しクールにみえるけれど、お菓子の話をしている時は、少年みたいに目が輝いていた。
前のめりで、勢いが半端なくて、整った顔と素敵な身のこなしの男性が迫ってくるから、眩しすぎて顔を見ることができない。
イケメンってすごい!
「そんな、夢だなんて。」
ああ、眩しい。
「謙遜しないでくれ。君のお菓子は本当においしい。これ遠慮なくいただくよ。」
明人さんが、とても嬉しそうに、大事そうに受け取ってくれたのが嬉しかった。
「はい、ぜひ。受け取ってもらえて俺も嬉しいです。」
そういうと、トートバッグを肩に下げ、椅子から立ちあがった。
「それでは、僕はこれで。これ以上、デートの邪魔はできませんから。それに、このあと、用事もありますし。」
ちらっと桜庭さんの方見ると、恥ずかしそうに「もう、戸ノ岡君ったら。」
と言いながら、ほんのりほほを赤らめた。
「また、ぜひうちの店に来てくれ。まだ試作品がいくつかあって、君にも意見をもらいたいんだ。」
「俺なんかが意見言っていいんですか?」
「もちろん!今日のデザートはどうだったかな?何かアドバイスあるかい?」
「アドバイスっていうわけではないんですが・・・」
「率直な意見を聞かせてくれ。」
「いや、でも、プロに言うほどのことでもないんです。おこがましいです。すみません。特に何かあるわけじゃないんです。」
困っていると、優しい面持ちで、静かにこう言った。
「じゃあ聞き方変えよう。君だったらどうする?」
「俺だったらですか?」
うーん。
少し考えてから、
「俺だったら、砂糖の種類を変えてみます。」
といってから、思わず偉そうに言ってしまったのではないかと焦り、
「あっ、あの、生意気いってすいません。今、ちょっと試していることがあって。すみません。忘れてください。じゃあ俺、これから用事あるんでここで失礼いたします。」
慌てて座っていた椅子を、テーブルに戻し歩き出した。
「ありがとう。またね。」
にこやかに手を振る2人をもう一度振り返って、会釈をすると、1人店をあとにした。
桜庭さんと明人さん、お似合いのカップルだったな。
そして、明人さんが作ったタルト、おいしかったなぁ。
あのタルトどうやって作るんだろう?
頭の中はお菓子でいっぱいになった。
今度、桜庭さんにお勧めのカフェ教えてもらおうかな。
そんなことを考えながら、絵画教室へと向かうのだった。




