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プリンとキス  作者: 雲母あお


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32/43

32.聞こえる

今まで全然気づかなかった。



レポートを書くために、大学の図書館に向かっているところだ。


校門をくぐり、構内を歩くと、キャンパス中にセミの声が響いていた。


自然と、校内の中央にある中庭へと足が向かっていた。

木々が青々と繁り、たくさんのセミが鳴いている。


木陰に入ると少しだけ風が涼しかった。


中庭の木陰のベンチに座った。

涼しい風が、駆け抜けていく。


気持ちいいな。


暗い暗い2年間。

東京に、大学に、馴染めず、自分は受け入れられてないのではないか、と思っていた。


居場所がない。

苦しい。

苦しくて、辛くて、どうしていいかわからなくて…


何を見ても、白黒に見えて、音も聞こえない。新聞紙の中に住んでいるみたいな感覚で、毎日がただただ過ぎていた。

何とか大学には通っていたが、だんだんだんだんそれも苦痛になってきていた。



さぁっと涼しい風が、俺の髪を優しく揺らす。



そうだ。

かのこさんに初めて出会ったあの時…

水溜まりに浮かぶ桜の花びらが、目に入ったんだ。

水溜まりに映る雨上がりの水色の空色に、薄いピンク色の花びらが浮かんでいた。


白黒だった俺の世界に、色がさした瞬間だった。


そうだ。

あの空色に浮かぶ桜の花びらは、儚く綺麗で…


東京での春が動き出した瞬間だったのかもしれない。


ずっと白黒だった俺の世界に、かのこさんとともに、色づく季節が訪れた最初の瞬間だったかもしれない。


そしてこの間、倉島の野球の試合を見に行ったとき、東京にセミがいることに気がついた。

東京での夏が動き出した瞬間だったと思う。

東京に出て初めて夏を感じた瞬間だったと思う。


そして、小さな胸の痛みとともに、地元が懐かしいと感じた。



そっと目を閉じ、耳を傾ける。



セミの大合唱と、グランドで活動している運動部の学生たちの掛け声が、風に乗って、不思議なハーモニーを奏でている。



ああ……俺の世界にも、こんなに音があったんだな……



こんなに…


俺は、自ら、身近な場所の景色さえ、遮断していたのかもしれない……




 

セ ミ の 鳴 き 声 が

 

                   聞 こ え る


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