31.東京の夏が
「いくぞー!」
俺は、朝から倉島とキャッチボールをしていた。
「暑いなぁ。」
まだ朝7時だというのに、やはり7月下旬の暑さは厳しい。
セミの合唱が、地元の夏の風景を呼び戻す。
ずっと帰ってないな。
チクンッと胸に小さな痛みを覚えた。
1匹のセミがジーと音を出すと、また1匹そしてまた・・・
ああ、セミが鳴いている。
俺の実家の近くではこんなものではない・・・
今日は、倉島が所属している野球サークルの試合が、近隣で行われるから来いと、昨日の夜中突然メッセージが届いて、河川敷に呼び出されたのである。
あと数分寝るのが早ければ、今頃アパートの一室で、のんびり朝ごはんを食べていたことだろう。
「戸ノ岡!お前、本当に野球やってたんだな!」
ボールをキャッチすると素早く投げ返す。
「お前もな。」
そんな軽口を叩きながらも、久しぶりで結構楽しい。
「さらせ!いやしかし、2年余りアパートに引きこもっていたやつとは思えんな。」
倉島、いい肩してるなと思いながら、少し後ろに下がってボールを受けた。
「現役選手にお褒めいただき光栄です。」
シュッと、倉島が構えるグラブに向かってボールを投げる。
ただ、ボールが行き来するだけなのに、ずっとやっていられるから不思議だ。
楽しいな。
「試合何時からなんだ?」
「言ってなかったっけ?」
「ああ。6時半にここに来いって書いてあっただけだ。」
そう言い返すと、思いきり笑って、
「お前、よくそんなメッセージを見て、ここに来たよな!!」
そのメッセージを送った張本人が、大笑いしながらそんなことを言っている。
はあ。まったくだ。
ため息をつきながらそう思った。
「試合は8時開始だから、もう少ししたら1塁側のベンチに移動する。」
「そうか。」
「試合見ていくだろ?」
「ああ。見させてもらうよ。」
最後に、力一杯ボールを投げた。
バシンッ
と、倉島のグラブからいい音が響く。
倉島は、キャッチするのも上手だ。
案外運動できるんだな。
昼練していた時は、もっと動けたんじゃないか?
毎日頑張っていたのに、試合に負けたら続けないなんて勿体無いと思いつつも、もう高校の部活ではないのだと、そう思ってふと力が抜けた。
そうだな。
今は、楽しいからやってる。倉島はそんな感じだ。
野球サークルに入ったのも、きっと自分なりに野球を楽しみたいからなんだろう。
勝手にそんなことを思いつつ、グラブを倉島に返した。
「これサンキュ。」
「いや、俺のほうこそ、キャッチボールの相手してくれてサンキュ!久々やってどうだった?」
「楽しかった。」
素直に言葉が出た。
俺の言葉に、倉島は嬉しそうにニカっと笑って、
「それはよかった!ぜひ我がサークルに!」
前に聞かれたときは、もう野球やるなんて無理だって思っていたのに。
久々にやって楽しかったからから、倉島だから楽しいのか。
朝早く起きて、体動かして汗流すの気持ちいいなと、思ったのもあるのか。
「ありがとう。考えておくよ。」
どうせ、バイトとか言ってあっさり断るだろうと思っていた倉島は、目をまん丸にして驚いた顔をした。
それから、思いっきり嬉しそうに笑った。
「おう!!考えておいてくれ!助っ人でもOKだぞ!」
そう言うと、「じゃあ試合頑張ってくるぜ!スーパースター倉島の活躍をとくとご覧あれ!」と言って、ベンチに向かって歩き出した。
その背中を見送ると、俺も、途中自動販売機で飲み物を買うと、観客がいて良さそうな場所へと向かった。
犬の散歩中の人も立ち止まって観戦している。
セミが鳴いている。
日差しが暑い。
いい天気だ。
夏の雲が向こうに黙々と湧いて、どかっと空に居座っている。
倉島がバッターボックスに立ったのが見えた。
一球目、大ぶりの空振り!
倉島らしい!
「ふふ、空振りかよー!おいおい!倉島ー!どうしたー!一発頼むぞー!!」
俺の声が届いたのか、こっちを見て、任せろ!って、太陽に向かって親指をまっすぐ立てた。
俺に向けられた倉島のグッドサインは、太陽と重なり眩しく光っていた。
あはは。
俺は、笑っていた。
久しぶりに、人に向かって大声を出した。
自分でも驚いている。
体が高揚している。
真夏の暑さのせいでは説明できない。
東京に出てきて、
初めて東京での夏が、
動き出したのを感じていた。




