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プリンとキス  作者: 雲母あお


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31/43

31.東京の夏が



「いくぞー!」


俺は、朝から倉島とキャッチボールをしていた。



「暑いなぁ。」


まだ朝7時だというのに、やはり7月下旬の暑さは厳しい。

セミの合唱が、地元の夏の風景を呼び戻す。


ずっと帰ってないな。

チクンッと胸に小さな痛みを覚えた。

1匹のセミがジーと音を出すと、また1匹そしてまた・・・

ああ、セミが鳴いている。

俺の実家の近くではこんなものではない・・・




今日は、倉島が所属している野球サークルの試合が、近隣で行われるから来いと、昨日の夜中突然メッセージが届いて、河川敷に呼び出されたのである。

あと数分寝るのが早ければ、今頃アパートの一室で、のんびり朝ごはんを食べていたことだろう。



「戸ノ岡!お前、本当に野球やってたんだな!」

ボールをキャッチすると素早く投げ返す。


「お前もな。」

そんな軽口を叩きながらも、久しぶりで結構楽しい。



「さらせ!いやしかし、2年余りアパートに引きこもっていたやつとは思えんな。」

倉島、いい肩してるなと思いながら、少し後ろに下がってボールを受けた。



「現役選手にお褒めいただき光栄です。」

シュッと、倉島が構えるグラブに向かってボールを投げる。


ただ、ボールが行き来するだけなのに、ずっとやっていられるから不思議だ。


楽しいな。


「試合何時からなんだ?」

「言ってなかったっけ?」

「ああ。6時半にここに来いって書いてあっただけだ。」

そう言い返すと、思いきり笑って、

「お前、よくそんなメッセージを見て、ここに来たよな!!」

そのメッセージを送った張本人が、大笑いしながらそんなことを言っている。


はあ。まったくだ。

ため息をつきながらそう思った。


「試合は8時開始だから、もう少ししたら1塁側のベンチに移動する。」

「そうか。」

「試合見ていくだろ?」

「ああ。見させてもらうよ。」

最後に、力一杯ボールを投げた。


バシンッ


と、倉島のグラブからいい音が響く。


倉島は、キャッチするのも上手だ。

案外運動できるんだな。

昼練していた時は、もっと動けたんじゃないか?


毎日頑張っていたのに、試合に負けたら続けないなんて勿体無いと思いつつも、もう高校の部活ではないのだと、そう思ってふと力が抜けた。


そうだな。

今は、楽しいからやってる。倉島はそんな感じだ。


野球サークルに入ったのも、きっと自分なりに野球を楽しみたいからなんだろう。

勝手にそんなことを思いつつ、グラブを倉島に返した。


「これサンキュ。」

「いや、俺のほうこそ、キャッチボールの相手してくれてサンキュ!久々やってどうだった?」


「楽しかった。」

素直に言葉が出た。


俺の言葉に、倉島は嬉しそうにニカっと笑って、

「それはよかった!ぜひ我がサークルに!」


前に聞かれたときは、もう野球やるなんて無理だって思っていたのに。

久々にやって楽しかったからから、倉島だから楽しいのか。

朝早く起きて、体動かして汗流すの気持ちいいなと、思ったのもあるのか。



「ありがとう。考えておくよ。」


どうせ、バイトとか言ってあっさり断るだろうと思っていた倉島は、目をまん丸にして驚いた顔をした。

それから、思いっきり嬉しそうに笑った。


「おう!!考えておいてくれ!助っ人でもOKだぞ!」


そう言うと、「じゃあ試合頑張ってくるぜ!スーパースター倉島の活躍をとくとご覧あれ!」と言って、ベンチに向かって歩き出した。


その背中を見送ると、俺も、途中自動販売機で飲み物を買うと、観客がいて良さそうな場所へと向かった。

犬の散歩中の人も立ち止まって観戦している。




セミが鳴いている。

日差しが暑い。

いい天気だ。

夏の雲が向こうに黙々と湧いて、どかっと空に居座っている。


倉島がバッターボックスに立ったのが見えた。

一球目、大ぶりの空振り!

倉島らしい!


「ふふ、空振りかよー!おいおい!倉島ー!どうしたー!一発頼むぞー!!」


俺の声が届いたのか、こっちを見て、任せろ!って、太陽に向かって親指をまっすぐ立てた。

俺に向けられた倉島のグッドサインは、太陽と重なり眩しく光っていた。


あはは。


俺は、笑っていた。

久しぶりに、人に向かって大声を出した。

自分でも驚いている。



体が高揚している。

真夏の暑さのせいでは説明できない。



東京に出てきて、

初めて東京での夏が、

動き出したのを感じていた。

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