12.飲んだら飲みっぱなしかよ
次の日
午前中の講義を終えて、学食に来た。
お昼を食べ終え、お茶を飲みながら、自分が描いたレンガの絵を携帯で見ていると、突然声をかけられた。
「よう戸ノ岡、ここいいか?」
小教室のクラスメートが向かいに座った。
「…。」
初めてのことで、驚きすぎて無表情で固まった。
「何にやにやとさっきから携帯見つめてるんだよ。彼女でもできたか?」
そんな話をする仲でもないだろう。
「そんなんじゃないよ。」
「そうか。」
学食のやかんで入れてきたお茶を、近くにあったコップに入れて渡した。
「サンキュ!」
ごくごく飲んでる。
「なに?」
なんで俺に声かけてきたんだ。何か用があるんだろう。あるならさっさと言ってくれ。と無言で訴えた。伝わっているか分からんが。
「ああ。別に。用事ない。ただ目に入ったから。」
「そうか。」
どうやら伝わったらしい。
それきり会話もない。何を話していいかも分からない。内心恐ろしいほど緊張していた。たぶん表には出ていないけど。
向かいに座った男は、会話がないのを気にした様子もなく、さっきからお茶をごくごく飲んでいる。
「お前、そんなに一気飲みして大丈夫か?そんなに喉乾いていたのか?」
「ああ。部活の途中だ。」
言われてみれば、運動用の恰好をしていた。
「昼休みも部活あるのか?」
「来月大会だから自主練。」
「部活は?」
「野球。で、走り込みしてた。で、喉乾いて学食きたらお前がいた。」
「そうか。」
また、黙り込む。
「お前ゼミ、神林ゼミだろ?」
「そうだけど。」
「俺も一緒。よろしくな。」
びっくりした。誰が一緒だって同じだから、自分以外の名簿なんか見もしなかったので、こいつが同じゼミだったことも知らなかった。しゃべったこともないのに、よろしくって言っている。この2年間ずっと一人だった俺に。
「よろしく。」
そして、また会話が消えた。なんだか俺を伺うようにみてくる。その視線にだんだん耐えられなくなって声を上げた。
「さっきからなんだよ。」
ちょっと切れ気味な声になってしまった。別にそこまで怒っているとかではないが、どうとっただろうか。内心おろおろしていた。そいつは、ちょっと驚いた顔をしてから、
「ごめん。なんか最近お前、少し雰囲気変わったなと思っていて。」
「は?」
訳が分からない。
「やっぱり、今話していても雰囲気変わったと思う。最近何かあったか?俺、お前のこと一年のときから小クラス一緒でみてたけど、こんなに柔らかい雰囲気を出すことなかったから、てっきり彼女でもできたのかと。」
最近雰囲気が違う?
いつも通り話しているのに雰囲気が柔らかい?
思い当たることは一つしかない。
かのこさんに出会ってからだ。
心の中で、そう思いながら、大学に入学して初めての『友達っぽい会話』に、ドギマギしてそっけない態度になってしまう。
「そうか?残念ながら彼女はいないよ。」
「お前でも残念なんだな。彼女がいないの。」
そんなところつっこまれて笑われている。
「何がおかしいんだよ。」
「いや、お前人に興味ないのかと。違うんだな。」
「俺だって、普通の健康な男子だ!」
俺がそういうと、目を丸くして、それから腹を抱えて笑い出した。
「あははは!今日お前に話しかけてよかったよ。ゼミの連中、お前意外名前も顔も分からなくてちょっと不安だったんだ。お前みたいなやつでもいないよりましだ。じゃあな!」
「それはこっちも同じだよ。部活頑張れよ。」
最後の言葉に、きょとんとした顔をして、それから、にかッと笑って、
「頑張るよ!またな!」
と言って、お茶のコップも片付けず部活へと戻っていった。
「まったく飲んだら飲みっぱなしかよ…。」
言葉とは裏腹に顔の筋肉が少し緩んでいた。




