13.おかんってなんだよ
アパートに戻ると、ゼミの名簿を見てみた。
総勢11人。男7人、女4人だ。
確かに、今日昼休みに初めて話したクラスメート倉島達也の名前もあった。
「あいつ野球部だったのか。ポジションとか聞けばもう少し話しできたかな。」
名簿の次にあった今後の日程表に目をやる。
「やば、明日ゼミの初顔合わせじゃん。すっかり忘れてた。ゼミって明日からだったんだ…。」
初顔合わせって、何着て行こう。
いや何言ってんだ。普通でいいんだよ、普通で。
大教室や小クラスだって50人は人がいて、先生対大勢の学生という図だけれど、ゼミは少人数制で先生とも一対一に近い。11人、もしくは2~3人のかたまりになって、グループ学習などという苦痛の課題も出るかもしれない。なるようにしかならないし、一人になっても仕方ない。だけれど、考えるだけで苦痛だ…。
だいたい、2で割って1余る人数にするなよな。
2人1組ってなったら、絶対1人になるじゃん。
はあ。
もう一度名簿を見る。倉島達也…。
確かに、知ってる名前が書かれているだけで、少し安心するな。
もう一度、ゼミの予定表を眺めたのだった。
「おーい、戸ノ岡!」
廊下の向こうから、倉島が走ってくる。
はあはあ息を切らして俺の前で止まった。
「戸ノ岡、一緒にゼミ行こうぜ。」
「ああ。」
息を整えながら倉島が先に歩き出した。
「教室304だよな?」
「ああ。しかし、そんなに息を切らしてどこから走ってきたんだよ。」
まだ肩を上げ下げしながら、隣を歩いている。
「部室。」
「部室?どこにあるんだ?」
「校庭の端っこ。」
「アバウトな…。まあ結構遠くから走ってきたんだな。」
「そうだよ!一人で行くの嫌で。」
「そうか。ありがとう。俺も不安だったから。」
倉島の目がびっくりしてそれ以上開かないくらい開いている。
「なんだ?おかしなこと言ったか?」
あれ?なんだかかのこさんと同じようなことを言ってしまった。俺の声に我に返って、
「いや。俺も不安だったから、お前がいてよかったよ。」
そういって、にかっと笑った。
「ここだな。」
倉島が先にドアノブに手をかけ、開いた。教室の中には女子二人と男子三人がいて、お互いに自己紹介をしていた。
「こんにちは。」
俺たちは教室の中に入った。俺が扉を閉める。まったく、倉島は飲んだら飲みっぱなし、開けたら開けっぱなしかよ。
「はじめまして。」
そういって倉島は輪の中に入っていく。俺もそれに続いた。
「あと、4人だね。全員揃ったら自己紹介しよう。何度もめんどいよな?」
先に来ていた男子3人のうちの一人がそういうと、みんながうなずく。先に来ていた5人が一番奥の席にかたまって座っていたので、俺たちは、一番入り口に近い空いている席に並んで座った。5分もしないうちに残りの4人もやってきた。
授業開始のベルが鳴る。
ガラガラと音を立ててドアが開いた。築うん十年の古い建物だから建付けが悪くなっているのだろう。初めて来た教室だが、木製の引き戸というのが、なんともレトロでいい感じだ。教室に入ってきた教授は、部屋の一番奥の席の前に立ち、挨拶を始めた。
「始めまして。神林です。これから君たちと2年間ともに切磋琢磨し、私も含め成長していければと思っています。よろしく。それでは、簡単に自己紹介を。」
先生からみて左側に座っている学生に目をやると、
「君から時計回りにお願いできますか。」
と言った。
君といわれた学生は、椅子から立ちあがると、一礼した。
「初めまして。田中誠一です。新潟からきました。これからよろしくお願いします。」
また一礼して席に着いた。それから順に立ちあがり、挨拶をしていく。
「倉島です。大学のそばに住んでいます。近くにお越しの際はぜひお立ち寄りください。」
小さな笑いがこぼれた。
倉島は、にかっと笑うと、俺を見る。手で背中を軽くポンと叩き、小さくウィンクしてきた。
「…」
何とも言えず、立ちあがると、
「戸ノ岡です。よろしくお願いいたします。」
名前だけいうと、すっと席についた。
俺の左隣の学生が立ちあがる。
「深見です。よろしく。」
それから、先生のところまで、簡単な挨拶に変わった。
気にする俺は、もっと何か言った方がよかったのか?
と小さな悩みを抱えつつ、ゼミが終わった。
はあっとため息をついて机に頭を預けると、
「さすが、戸ノ岡!」
と、肩を叩かれてにかっと笑った倉島をちらっと横目で見て、「なんだよ」と思いつつ、なんだか気が楽になっていくのを感じた。
「倉島がいてよかったよ。ありがとう。」
顔を伏せ椅子に座ったまま、素直にお礼を言う。
まじ疲れた…。
すると、頭をぽんぽんとする大きな手が…。
見上げると、俺の横に立っていた倉島が、
「お前可愛いな。」
といって笑顔を向けた…というかなんだその思い切り可笑しそうに笑う顔は?
「!?」
一瞬、なに気持ち悪いこと言ってるんだ、こいつ!?と思ったが、続きを聞いてガクッとした。
「なんか、親戚の子供みたい。そいつ人見知りで、おばさんとうちにくると、緊張のあまり疲れて寝ちゃうんだよ。その子を見ているみたいだ。大丈夫か?」
親戚の子供…
「その子何歳?」
「ええっと、今年小学生になったって言ってたかな?」
うーんと思い出しながら言った。
「俺、小学一年生と一緒…」
がっくりした俺を見て、
「あはは!まあ、なんだ、そうだな、お前は純粋ってことじゃねえか?」
とか言って、思い切り笑いながら倉島は言った。
それってどういう意味だよ?
褒めているようで褒めていないような…。
ただ、不思議と倉島からは、人を馬鹿にするような雰囲気はなく、純粋に思ったことをいっているように思えて、悪い気はしなかった。
「ありがとう。でも倉島も純粋だよな。」
そういって席を立つと、
「昼食おうぜ。腹減った。」
と、自然と口をついていた。倉島はうれしそうに、
「学食でいいか?」
「ああ。」
学食へ向かって歩き出した。
お前、自分で飲んだ茶くらい片付けろよとか言い合いしながら。
「それよく母さんに言われる。」
「だろうな。」
当然だ。こいつ変な奴なのに、親は普通だ。というか、注意されているなら直せよ。
心の中でつぶやいていると、ふと視線に気づいた。
倉島がまじまじと俺をみている。
「なんだよ?」
「いや、なんかお前、おかんみたいだなあって思って。」
「おかん!?」
内心ショックを受けるのであった。
おかんってなんだよ…。




